何を迷っているのやら

今日は強風、風が強いだけで人類滅亡率が高まる当店。
そんな訳で、家を出るのも気が乗らず。

夕方から雨が降るとラジオがいうので、じゃあ今日は歩いて出勤する?と思った辺りで、何を迷っているのやら?と自分の迷い方が可笑しいなと思い浮かびました。

自転車で行きたいなら自転車で出勤すればいい。
今、そうしたいなら、選べばいい、決めたらいい。

雨で自転車を乗り捨てて帰った方がいいなら、その時は歩きで帰ってきたらいい。

でも、自転車を置いて帰ると、翌朝の出勤は歩きになる。

歩いて移動するのは嫌いなのかといえば、そんなことはない。

自転車だと荷物が運べるけれど、今日明日、運ばなくてはいけない荷物は無い。自転車の必要性はない。

 

自転車で出勤することと、歩きで出勤することと、どっちが好き?

 

自転車で帰宅することと、歩きで帰宅することと、どっちが好き?

帰りは早く帰りつきたいから自転車が好き。

じゃあ、自転車で出勤して、雨が降ったところで、自転車で帰ってこれそうなら自転車で帰る、それでいいじゃないか。


何でどっちかひとつしか選べないような考え方してるのかな。どっちも叶うかもしれないじゃないか。

 

確実に叶うことだけ選んでたら、決まったものしか手に出来ない。

少なくとも行きの片道は確実に自転車に乗れるのに、後で降る雨を思って、往復とも自転車を止めるのってどうよ。

これはあれだ、徒歩で行けば徒歩で帰る、そのタイミングが今日のいつになるのか、明日のいつになるのか、それだけの違いじゃないか。

そもそもが、そのメリット/デメリットという考え方が間違ってるかもしれない。

春の暖かい雨だったら、濡れて歩くのも楽しいかもしれない。

 

なーんてことを考えながら、自転車で出勤してきました。

遠い先のことは分からないから考えるのは無駄。だけど近い先のことだと、何だか予測しても本当に起こりそうな感じが増すので判断を誤る傾向が自分にはあるなと発見。

失敗するかもしれないから、やらない、に似ている(笑
○○したところで、期待した通りの何かが得られないかもしれないから、○○しない。

つまり、期待が邪魔するのだろうな。
自分にとって都合のいいことを期待しながら、「でも」絶対そうならない可能性を同時に予測している難儀なシステム。叶う訳もない気がします。

 

それが可笑しくて、変な迷い癖を止めたいなと思った次第。

自転車で出勤しましたよ。

もちろん、雨の程度によっては、自転車で帰宅する予定です。