私はこうして世界を理解できるようになった

『FACTFULNESS』著者のハンス・ロスリング氏の自叙伝。

『FACTFULNESS』を図書館予約しようとしたら、凄い予約件数だったもので、こちらを先に読んでみました。

癌を患っていて、自分の人生の時間の都合もあって予定を早めてこれを書いたとあって、ちょっとしんみり気分で読み始めました。病気を無くしたいと頑張る方も、病に倒れる。人生の不条理…

『FACTFULNESS』は整理された内容で、ある目的を順序だてて伝えるための文章になっているだろうと予想されるのですが、

こちらは自叙伝なので、ロスリング氏の人生を時系列的に追いかけることになり、訳文ということもあるから、外国人らしい表現方法なのか、最初は冗長感があって読むのが辛かった~(笑

『FACTFULNESS』は話題図書らしい、ぐらいでロスリング氏の著作を読んでみようという動機だったもので、大人になったロスリング氏の思考について興味はあったが、ロスリング氏の生まれや育ちに興味が無かったから、最初は冗長に感じても仕方ない(笑

 

大学生の辺りから段々と、ロスリング氏の人柄が好きになってきます。
自分の興味や疑問に対して素直だし、簡単に投げ出さないし、ひとつ分かると次を知りたくなる探究心。理性的で、感情と切り分けて考えるべき時にはそうする。

モザンビークでの医療従事で直面する様々な出来事は強烈。
人々の価値観も異なるし、求められる医療とロスリング氏が提供したい医療レベルとの格差もあったろうし、困惑することも多かったろう。

 

スウェーデンでは非常識と思われるやり方でも、ここで出来る最善の方法ならやるべきという判断に至ったり、こんなに簡単に人が死んでしまう土地では、出来るだけたくさんの患者を生かすよう救う事が優先ではないかといった、相対的価値観で医療のあり方を考え始める辺りで何ともやるせない気持ちになりながら、ロスリング氏に共感しました。

ロスリング氏だってその考えを受け入れる事に葛藤したはずで、そこは事細かに描かれていないから見えにくいのだけれど、普通に考えたら違う価値観を受け入れることの難しさは想像に難くない。自分の常識が通用しない事に傷ついたろうし、そんな現実が当たり前の人々を思って切なくなったことだろう。何とかしたいと思えばこそ、自分の無力さに落ち込んだろうなと思うと、淡々とした文章に涙しました。

共著者のファニー・ヘルエスタム氏があとがきを書いているのですが、そこには本文ではあまり見えてこなかったロスリング氏の怒り、悲しみ、みたいな感情もちょっとうかがい知れまして、やっぱりロスリング氏は何度も何度も、恐ろしいほど打ちのめされたし、その際の彼の痛み方が激痛だったと確信が持て、「この不条理を何とかしなくては」と対決しようとする動機にもなったのだろうなと思います。

大学で教えていた頃のエピソード。

途上国、貧困国の医療はきっと○○という思い込みからスタートすると、間違ったルートで間違った答えにたどり着く。個々人の感情が勝ると、数字という事実からも目を背けるようになる。怖いことだけれど、日常茶飯事。特に、私ぐらいの年になると、社会生活の範囲や出会う人に変化が乏しくなりがちで、そうすると新しい事実を知り自分をアップデートする頻度が緩慢になるのでほんと日常茶飯事。

 

ダボス会議、エボラ出血熱のエピソード。

どんな未来を創造したいか、ビジョンの持ち方が大事だなと感じました。事実に基づいて現状把握が出来ないといけないし、そのためには不確定な情報や伝聞に触れるよりは、定量的だったり定性的な情報に触れて考える事が大事(SNS発の情報に振り回されている場合ではない…

 

エボラの現場では、大国の援助は現地が望む援助と不一致な場合もあり、現地の希望へ変更することが難しい、出来ない事も多い。大国といわず、他者が差し伸べる手は、案外そんなものなのかもしれないですね。

私だって思惑があって行動しているから、相手の思惑と対立することもあるだろうし、そういう時に譲歩したり、譲歩を勝ち取るためにも、お互いが思惑を挟む余地のない情報を元に落としどころを話し合うことから調和が始まるはず。

例えば思惑を1割捨てる、または5割捨てることで、

将来何倍ものメリットが得られると分かったら、その場の思惑を捨てられるだろうか。
(そういう視点で目先の損やリスクを取ることをあまりした事がない)

3年後、5年後、10年後、当初思っていた違った結果が好ましいものだと分かったら、思惑を捨てられるだろうか。

 

そもそも、3年後、5年後の変化の速度が加速している世界だから、情報のアップデートが劣ると予測も分析も出来やしない。今の自分は、劣化した情報を元にして思い悩んでいやしないか、そんなことを思いながら読んでいたのですが、

 

私ごときでもそこへ思い至るような世の中にはなってきているのです。

そこへ思いが至りました。

 

あとは、隠蔽、フェイク、切り取りをなくし、

公表される情報があれば、誰もがちゃんと考えて判断できると信じたい。


エピローグ、エチオピアで開催された会議の場で、現地のリーダーから「あなたの見ている未来、ビジョンはまだまだ甘い」的な事を言われて狼狽する場面が書かれていました。

ズレてるよあんた、という話ではなくて、
現地現場の困っている人々は、一番切実ゆえに変化の速度を加速させたいと願い行動しているんだと受け取れば、未来は明るいし、外からの援助に頼り切るより、自分達で考え行動して成果をあげていくことは望ましいと思えました。

ロスリング氏でさえ、完璧ではなく、それを知っていればこそ精進も出来ると、このエピソードはロスリング氏が「生まず弛まず歩みを止めず頑張りましょう」と伝えてくれているようで、読後の余韻が心地よいエピソードでした。

『FACTFULNESS』も読んでみたいと思います。