佐藤の黒

店主はFacebookをやっておりまして、

お誕生日の一日は、友人知人から、

たくさんのお祝いメッセージがタイムラインに並び、

ニコニコ動画の弾幕状態(笑

とても嬉しい光景です。

普段会えないそれぞれが、

店主を思って贈ってくれた言葉ですもの。


その中で、たびたび出てくる単語「黒い佐藤」
店主、本音や言いにくい嫌なことを投稿する時は、
苗字が佐藤なのをもじって、
「黒い佐藤」キャラで投稿しております。

誰が読んでも大丈夫な言葉遣いで書いておりますが、
意地悪な気分はそのままで書いているつもり。
アラフィフですから、可愛いくない思考だって
普通にします。それを素で出してる訳です。

そのキャラを友人知人たちは楽しんでおり、
「黒い佐藤需要」があると分かったのでニヤリ。
皆の黒い〇〇に共鳴できているということでしょう?


ここ2ヶ月ほどの読書の結果、

『世の中は、白を目指している灰色がいかに多いか』を

改めて認識しました。

 

例えば「しきい値」

そこを越えるか超えないかで、意味が変わる境界線。

しまJろうの会社で、ある品質管理マニュアルに

関わっていた時に、食品衛生法の検査基準について

ふと疑問がわいたことがありました。

 

「この数値を超えるとNG、超えないギリギリの

ニアリーイコールな数字は、

NGとどのくらい違いがあるんだろう?」

 

(現実的には、そういうギリギリを弾くための、

検査数値の処理法則みたいなものが存在しており、

そもそもの基準値が厳しいことが多いので、

滅多なことはないように、線引として機能しております)

 

法に触れないように抜け道を見つけて、

世の中の役に立つ新規事業。大事なことは

極小文字記載したりする企業活動など。

 

見渡せは、灰色と共存することで人間は経済活動を行い、

生きているんだなと思い至りました。

 

若かりし頃は、白く輝きたくて無駄にもがいて

エネルギー消耗したもんです。

 

あれは、自然体の世の中に逆らう思考と行動だったから、

摩擦すごくてしんどかったんだろうなと、ひとり腑に落ちました。

 

黒い佐藤は、白を装う灰色なわたくし。

(黒を装うんじゃなくて、白の方)

 

たまに限りなく黒になる灰色でも、

皆様がいいね!と言って下さるなら、

このままで。しばし、このままで。

次の一年は「黒に近いグレーをもっと表に出して、
楽になって楽しもう」と思います。

佐藤の黒も、美味しいものね。
黒は、いいもの。