環便り(ブログ)

竹のお重

11月頃になると、年末年始が頭をかすめ、お重のご注文が増える時期。

 

でも、おせちだけと思うと勿体無いのがお重。

今どきはホームパーティーを気軽にされるご家族も増えましたから、そういう時にも大活躍です、お重。


皆で同じお料理を食べると、何故か心のつながりが結び直されるような気がいたします。お重は、あるだけを目の前に差し出すようなうつわ。皆で分け合う心を、意識せずに共有する食事になっているなと思います。


積層材を使用しているので、丈夫なのに良い風情。
内側が、濃いめの色なので、食べ物の色が美味しそうに映えること間違いなしです。

 

ウレタン塗装仕上げなので、うっかり雑に扱ってもなんとかなりますから、初心者には大安心。

 

中仕切りの十字(組み立て式)を使うと、松花堂弁当に仕立てることも可能です。段数や蓋はご家族の人数に合わせて取寄せもいたしますから、ご相談ください。

 

 

 環では「結婚祝い、」「新築祝い」の贈り物にも、お重をおすすめしております。楽しい集まり=ホームパーティーをするような開放的なお宅なら、こんなお重はあると便利ですからね。人が集う場には、元気や陽気が舞い込みますから、栄えること間違いなしです(信じる者は救われる★


余談ですが、人が集まることを面倒から厭う方もいらっしゃいますが、

面倒な人は呼ばなければいいのです(黒笑)
主催が楽しめる集まりは、楽しい集まりの法則。

 

※お重の通販は【こちら

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納品完了

工芸品は、完成するまでに工数が掛かるものもあれば、

手工業ゆえに数をたくさん作れないものあり、

在庫が無いと4~6ヶ月お待たせするのがざらな商品もございます。

 

鉄瓶や漆器がその筆頭。

印伝製品も、最長4ヶ月お待たせしたことがありますかね。

 

そんな中で、かれこれ1年ほど待ってもらったお客様がいらっしゃいます。

 

1年間、HPに表示され続けていた「未納リマインダー」が消えました。

信じて待ってくださったそのお客様には大感謝。

だって今どき、お店は簡単に無くなるでしょ。

小さな個人商店、潰れず続いていることが奇跡だなーと

自分の店ながら思いますもの。

 

 

HPの表示が消えて、

やっと何かから解放されたような

自由になったような気分を味わい中。

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【予約で割引中】南部鉄器の調理器具

【まだまだ受付中】
予約で10%OFF、南部鉄器の調理具いろいろ

※IHでも使えるものが多いですよ。

 

お支払が現金、または銀行振込の方は、更に5%OFFいたします。

10末締め切り分は11月上旬発送いたします。
11末締め切り分は12月上旬に発送予定。

 

鍋や調理器具は、今すぐ無いと困る!というものではありませんから、この「取寄せ割引サービス」はそう悪い条件では無いはずです(と、店主は目論見中

 

【ご注文方法】

① 商品は「及源オイゲン」のHPで閲覧

 http://oigen.jp/products
※環の店頭では、紙のカタログで見ていただけます。

② 「商品名、または、品番」をメモし、

③ 環のHP「お問合わせフォーム」からご連絡ください。

お客様の送付先情報を一緒に記載くださると助かります。

いつもとステップが異なりますが、ご容赦ください。

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メーカーさんに、商品カタログをHPにUPするのも

結構疲れるもんで、このやり方でやっていいですか?と

ざっくばらんに聞いたところ笑われました。

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鉄鍋や鉄のフライパンは、焦げ付くというイメージがありますが、

あれは鉄鍋より焦げ付きしにくい素材屋さんの売り文句ですから、

手順を踏めば、焦げたりしません。

 

 

●使い始めは、空焚きして、油を薄く塗り、更に加熱。

 2~3分でいいと思います。

 

●洗う時は、洗剤を使わず、たわしやささらで洗い流す。

 ※ちなみに、環で取り扱っている髙田耕造商店の「棕櫚たわし」は、

  洗剤を使わずとも台所の油汚れはスッキリ落ちます。

  100均のパームヤシのたわしだと、油を絞ったあとの繊維で

  たわしを作っているので、自身が油馴染みが良いせいで、

  洗剤を使わないと油汚れが落ちません。

  棕櫚たわし、地味だけど便利ですよ。

 

●使い終わったら水洗いした後、加熱して水気を飛ばす。

 空焚きするから側についている必要がありますが、2~3分のこと。

 

 

薄い金属で作られている鍋やフライパンは、軽さは鋳物より断然便利。

でも、焼いたり煮込んだりと言った「じっくり加熱系のお料理」の場合、

やっぱり鋳物の鉄鍋の方が美味しく仕上がります。

熱の回り方が違うのです。

 

 

鍋と書くと深い形状を想起させちゃいますが、浅いグリルパンなど、

いろんな形状がありまして、グリルで加熱する料理だと、

鉄が熱を貯めて食材を加熱しますから、下火は要らないぐらいです。

 

 

そのまま、卓上に出しても冷めにくいので、

寒い季節はアツアツで召し上がれます。

 

 

だがしかし、ああこれも、使ったことが無い方には分かりにくいお話ですよね。

 

 

「使えば分かる」が環の商品のキーワードなのですが、

そういう商品て、大概ビジュアル地味なせいで、

使うところへ至るまでが遠い、、、
使わないと伝わらないという致命的な弱点を抱えております(苦笑

 

 

ということで、店主に騙されたと思って、

思い切って、秋刀魚とかね、

魚焼きに使える小さいグリルパンからお試しくださいな(強引★

 

 

※ご予約は「お問合わせフォーム」からどうぞ

 

 

 

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雑貨屋を始めたいという方へ

随分話を膨らませて楽しそうに話す方だなと思うと、おもむろに「私も雑貨屋をやりたいと思っていて・・・」と切り出されるパターンが増えております。

 

年の頃で言えば、40代50代。

私の店が、そういう年齢層の店ですと公にうたっているのと、私の年頃がそのぐらいということで、聞きに来る方が多いような気がいたします。

 

私自身、未経験からの起業でしたから、人がする苦労は一から経験してきたかと思いますので、私の経験でいいならば、お話をするのはやぶさかではないな、と思っております。

 

私自身、ある女性経営者と知り合い、事業計画を見てもらい、開業前に調べても分からない内容を教えてもらえて、心強く感じながら開業いたしましたから、情けは人のためならず、私がしてもらったことを誰かに渡していきたいと思っております。

 

だが、しかし。

 

お店を営業している時間は、私の仕事の時間でもありまして、周りに他の人がいないのでこれ幸いと思って切り出されると、今のわたくしとしては、とても困るのです。開業したての頃は、諸々気づいていないせいで、何をやるべきかが見えないおかげの暇だらけでしたが、実店舗と通販の二本立てのひとり個人商店は、結構せわしいものなのです。

 

通販は、宅配便業者さんへの荷渡しの締め切り時間はありますし、店頭にお客様が居なくても、心は時間に追われている日もあります。

 

まあ、そんなことが重なる様になって参りましたので、近々、雑貨屋を始めたい方向けのお話会を開催してもいいなと思い始めております。起業前提、または起業直後ぐらいの方を対象に、開催できたらなと思っております。

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頼ること、任せること

江古田音楽祭の関係者の中で、唯一、一人だけ、気にかかっている方がおります。

音楽祭は、江古田の10商店街の人々が集まって主催。

江古田のまちおこしをメインとしてやるからには、金儲けはそっちのけで頑張って成功させようぜと集まった商店街のメンバー。

その中で、リーダー格のくせに「他人を信じること」「他人に任せること」が出来ない人が1名。

春先、既にその傾向が見受けられ、彼のプロジェクト内でのポジションからして、それでは立ち行かなくなるだろうと思い、つまり、実務被害が私にも及ぶ予感がヒシヒシで、目が離せずにおりました。

 

少々補足すれば、彼にも信頼出来る友人知人はいるのですが、プロジェクトとなると、プライベートな人間関係以外の関係性の中で進行していきますから、彼にとっては、9割方の登場人物が、気心知れたあうんの呼吸が得られない人々。

 

調和を作り出せない性質のようで、全員居心地が悪い事態が多発しておりますが、マイペースを貫いている彼。

 

うつらうつらしていた時に、「彼のことが気に掛かっているけれど、自分は彼に対して、どうしたいのだろうか?」と自分に問うた時に浮かんできた言葉。



かつての自分を思い出し、つい自分と同じように見ているようだけれども、自分の事ではないので気にせずともよい。彼は彼の魂の修行中なので、手を差し伸べずともよい。彼のたどり着く結果が、必ずしもわたくしがたどり着いた結果と同じとも限らず、ゆえに見守る以外の必要は無し。と言葉が浮かんで参りました。

 

 

なるほど、と納得。


わたくしの「かつて」と似ている彼。

だから気になって仕方なかったようです。

 

わたくし、若い頃は、愛や信頼という言葉に、ものすごい幻想を抱いておりました。

「100%」理解し合える相手。
「100%」受け止め合える相手。

「100%」許容し合える相手。

100%、完璧が欲しくて仕方なかったのです。他者に望む100%は、自分だけが幸せになりたいと願っているも同然。傲慢。そして、愛されているならいざ知らず、普通の関係でそれを望んでも手に入る確率はかなり低い、、、

 

他人に求める100%は、自分だけ幸せになればいいという表れにしか思えません。「私を理解して欲しいだけ」の「自分に都合のいい幻想」お恥ずかしいことです。

 

人に任せる事が出来ない。

大事だと思う友達は数人いたとしても「仲間」を作ることが出来ない質でした。

この場合の仲間とは、

友達は無目的でも付き合える関係、仲間は目的を共有出来る関係。

 

自営業仲間と知り合ったり、商店街に参加したり、その中で、自分の事業の儲けに直接的に関与しないことでも、全体の為に何かを成したい、社会貢献したいという思いを持っている事業主が多いことが分かり、じゃあ1人より2人と思い商店街に参加することになり、江古田音楽祭につながって今に至る訳です。

人と関わる中で、頼めば、任せれば、手を差し出してくれる仲間がいる幸せを知りました。ひとり個人商店は、本当に余裕が無い運営状態が常態。わたくしの場合は、早々に自分だけで抱え込む事が無理と分かり、隙きあらば、やってくれるという人にお任せするしかなく、お客様にさえ「すみません、トイレに行きたいのでお店番してもらっていいですか?」と頼んでしまう始末(苦笑

 

思えば、頼ったり、任せたりということは、「相手の気持ちや時間をもらう」ことに他ならなず、頼む側のわたくしには得しかないなと思います。相手にとっては、損にしかならないのが、頼まれごとなのかもしれません。

 

だけど受けてくれる、やってくれる、ありがとうと私が言いたくて仕方ない存在になってくれる。

 

前述の彼が「他者は100%”思い通り”にやってくれないから不要」と思っているように見えて、痛い人だなと思って見ているところですが、彼の未熟さが、私自身の未熟だった頃を思い出させて「あれはダメだったよね」と復習させてくれるために、私の目の前に現れたのだろうかな、と思えております。

 

彼が、自分の望みは自分にとっての損得で、他者の幸福には一切関係ないことに気付き、何故人が自分の望みどおりに動かないばかりか、次々と自分の周りから居なくなるのか、その道理に気がつくことを願うばかりです。

 

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10/21~29は江古田音楽祭、お待ちしております。

江古田音楽祭 EKO ON!! わたくし達商店街のお仲間は「エコオン」と呼んでおります。


HPは【こちら

公演スケジュール表は【こちら】※パンフPDFがダウンロード出来ます。

 

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白馬毛の歯ブラシ

本日は、熊野筆のメーカーが作る「白馬毛の歯ブラシ」のご紹介。

刷毛や筆と歯ブラシは、作り方が違いますので、熊野筆ではありませんが、天然毛を使った植毛技術はやはり筆の産地、ピカイチです。

動物の毛を使った歯ブラシは数々あれど、柔らかすぎたり、何となく素材の風味を感じたりで、結局、いつも薬局に並んでいるナイロン毛の歯ブラシを使ってきた店主。

初めて、人に勧めたいと思うほどの歯ブラシに出会いました。

ただ、金額的にちょっとお高いので、主婦のお財布感覚だと、オススメしにくいなと悩んでいたところ、

何と!

色柄などの装飾をがっさり外した、廉価版がタイミングよく発売されたので、ようやく店頭にて取り扱いを始めましたのでご紹介。

お客様と雑談していると、ナイロン毛は歯茎への当たりが痛いと感じている方が結構いらっしゃいまして、白馬毛の歯ブラシは、しっかりした固さの毛なのに、歯茎に当たっても痛くないどころか心地よい刺激。


白馬毛は、磨けば自身が摩耗していきます。

身を削りながら、歯の表面に傷をつけることなく磨いてくれます。


ナイロン毛から切り替えた頃に感じたのが、歯の表面が「いつもよりツルツルした仕上がり」になること。


もうひとつ。しばらく使ってからの事。

歯の色が「1段白くなった」と感じております。

毛の密度がある歯ブラシで、ナイロン毛のものより断然広がりにくいので、持ちがいいです。長持ち。


※店頭販売で、お高い方の歯ブラシ、色柄の装飾的なものも取り扱っております。

通販は【こちら

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黄色の5

商店街のイベント、ナイトバザール。

奇数月の第4土曜日に開催され、先回で128回を数える地元の有名イベント。計算すると、20年以上の歴史。

先日は、ご覧のような「手作りあみだくじ」で出店いたしました。

ナイトバザールは、お商売ではなく、地域住民や商店街利用者への還元が目的のイベントで、特に、子どもに喜んでもらうことで、連れて来る親御さん達に「来て良かったな」と思ってもらうのが目標。

 

だから、「楽しんでもえらたら成功」「赤字にならなければOK」と鷹揚な指示が出ているので、店主も楽な気持ちでやれるというもの。

 

わたくしは、どうも、子どもの心がいまだ残っているようで、こういう「しょーもない」企画が温泉の様に湧いて来るのです。下手うまな絵、色使い、そしてあざといぐらいの分かりやすい仕掛けを散りばめた「あみだくじ」は、小学生に大人気でした。

アルバイトでついてくれた、日芸の学生さんが素晴らしく明るい応対をしてくれる女子で、その功績が大きかったかなと思います(ありがとうございました

 

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耳に入って来ない時、目が滑る時

相手の話す言葉が、今日はちっとも頭に入って来ないと感じる時があります。同じように、何度読んでも、文字が頭に入って来ない時があります。

 

若い頃は「今日は何だか調子が悪いなぁ」と思ってやり過ごしたり、もっと頑張らなくちゃと無理をしたものですが、おばちゃんになって、これは体のサインなんだと感じるようになりました。

 

私の体は、私のものと思えば、コントロール出来る気がしておりますが、意志の力ではどうにも出来ないことも多々あります。おばちゃんになって、ああそういうことかな~と思うのが、コントロール可能な範囲は顕在意識の部分で、潜在意識の部分は、アンダーコントロールなんでしょうね。

 

肌で感じるというか。

理屈じゃない、本能が反応するというか。言葉に出来ないけれど、これは大丈夫だの、ここは嫌な感じがするから離れたい、などなど、体から教えられることが増えました。

 

多分、若い時から体のサインは同じように出ていたはずなんですよね。

サインをサインとして「感受することが出来る」ようになったは、理屈じゃ説明出来ないことにたくさん出会って、そういうことがあると信じるようになったせいかもしれません。池波正太郎の剣客商売が大好きで、何度も繰り返し読んでいた時に、秋山小兵衛の言葉にならない直感的な部分を「年の功」設定とみなしていて、分かるけど「都合いいな」なんて思っていたものですが、今は「あるある」と実感を伴って理解出来ます。

 

ところで、この「感受する能力」、私の気分や、外的要因が変わると、同じ事でも受け入れられない時も起こります。

なので、「波長が合う」「チャンネルが合う」イメージがありまして、合わないと受信出来ないから分からない、聞いていても耳に入らない、見ているのにスルーしちゃう、そんな感じ。

 

これ、とっても有益な知識だと思うから、ぜひ勉強したいと思って開く本の内容が、全然頭に入って来ないとしたら、それはチャンネルがまだ合わないので時期が悪いのかもしれないな、と積ん読。そのまま、二度と手に取らないなら、その時にはもう必要がなくなったんだなと、処分する。そんな調子でいいのだなと思います。

この理屈を当てはめると、やる気が起きないのは時期じゃない、と何でも放置しちゃいそうですね(笑

やりたいことは、エンジンがなかなかかからないとしても、最後はやり遂げようとしますから、大丈夫。


全方位的に、頑張ってアンテナ張ろうとしなくても、ちゃんと必要な情報はやってくるし、体が「感受」してくれるから、安心していいと、今の私は思います。

 

体のサインを見誤ったり、見過ごさないように、最終的には体が健康的で、心に余裕がないと、「感受能力」も低下しますから、日々どれだけ自分をいたわり、楽しんで暮らせるかが大事だなと、最近強く思うようになりました。

 

で、目前のあることが、どうにも目に滑る、耳に入らないくて、目下苦戦中です。これは私がやりたいことでは無いことながら、仕事ですから「やらなくてはいけない」もので、放置も出来ず、あっぷあっぷ…

 

江古田音楽祭に来てくださいね!

江古田音楽祭、略してエコオン。

今年初めて開催する街の音楽祭。

HPは【こちら

店主、音楽は好きです。

青森で生まれ、父が津軽民謡歌手・二代目今重造、弟は津軽三味線・佐藤壽治。唄と三味線が常にある環境で育ちましたから、ソウル・ミュージックは津軽民謡。

皆さん、民謡と聞けば、田舎臭い年寄りの音楽というイメージをお持ちの方が多いと思いますが、津軽民謡に関しては違うと断言出来ます。

三味線は、打楽器でもあり、弦楽器でもあり、JAZZやロックに近いと思います。

聞いたことがない人には、どんだけ言葉を尽くしても、伝わらないのが「音」と香り。面白いことに、どちらも、動詞は「聞く」を使います。

でも、聞けば分かるのが「音」
これは好き!何か凄い!と、経験や知識が無くても楽しめるし「分かる」のが音楽の魅力。

音楽は、言葉を越えて分かり合える素敵なもの。
老若男女、どんな方でも、好きな音、好きな音楽が、心の中にちゃんとあるはず。

 

そんな音楽をキーワードに、江古田を舞台に、江古田に縁のあるみんなで作る、江古田音楽祭が10月開催となります。

既にチケット販売開始。
5枚綴りのチケットで、1枚で聞けるライブがあれば、複数枚必要なライブがあったり、遊園地の乗り物券みたいなものを想像して下さい。2000円で2500円分のチケットが買えます。

平たく言えば、江古田音楽祭に参加すると、500円お得。

音楽を聞いて楽しんで、帰りにお茶したりご飯食べたりお酒飲んだりして、江古田で過ごすひと時を楽しんでね!という仕組み。

詳しくは、チラシ画像をダウンロードして読んで下さいね。

 

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ツイートアクティビティ

最近気がついたのですが、ツイッター画面に「ツイートアクティビティ」なる機能が追加され、何人が見たのか、どの時間帯が多いのか、どの内容の反響率が高いのか、細かく見られるようになっておりました。

当店の投稿閲覧数は12~16時が多く、それ以外の時間はガクッと減るという棒グラフが出ていたので「なるほど~!じゃあ、12~16時に集中して情報を拡散すれば儲かるってこと!?ウッシッシ」と黒い笑いを浮かべたものの、はたと気がつきました。

投稿している時間帯は、営業時間。
午前中と夜は投稿していないから、閲覧数はなりで増減しているということ。午前や夜の投稿を増やすというテストはしてみたらいいかもしれませんが、閲覧数が多い投稿の商品に、通販注文が入る訳でもないです。

「分析力が伴わないから、どの数字をどう追いかけたらいいのか分かりません」

 

店主、SNSはお商売の情報拡散のためにやっておりますが、半分は趣味で、楽しんでおります。つまり、あんまり数字を追いかけているでもございません。分からないことに目一杯工数かけるほど、ルーチンが暇でもないもので、身の丈運営。店が暇だと投稿が増えるし、店が忙しいと放置。じゃないと、続けられません。


店には「小規模事業者だからこそ、webを使って効率よく売上げあげたいですよね!?私達ならそれが出来ますからお任せ下さい!」的な営業電話が、頻繁に掛かってきます。

ひとりでやっている個人商店、営業電話に応対する時間は少なければ少ない方がいい「迷惑ごと」あんまりにもこの手の電話が多いもので、この人達、電話なんかしてないで、自分達が得意なweb営業の手法で顧客開拓したらいいのにねぇ、、、と思いつつ、穏やかにお断りし続ける日々です。

つまり、「分からない人が多い分野」だから仕事になっているとも言えますね。最初の頃は、とても専門的で、一般人には出来ないことだから、仕事になってるのだろうと思っていました。分からないと、つい答えを知りたくなりますから、正直、一度試してみようかと揺れたことがあります。検討結果、その経費を「継続的に捻出」出来ないもので、諦めました。

 

そうこうしている内に、1年経って2年経って更新回数と蓄積内容が増え、HPの検索順位が少しずつ上に上るようになり、ある商品やブログ記事は検索1ページ目に表示されるようになりましたから、「時間が解決する宣伝広告もある」と学びました。SEO業者さんは、私が出来る程度のことを、作業代行する仕事というのも分かりました。

 

ちなみに、多分知りたいと思う人がいると思うので書きますが、私を含め、私の知りうる小規模事業者は、月間1万円の広告費がせいぜいで、何もしていない店も多いです。

当店のような、住宅地に立地する小規模事業者は、近隣住民が一番のお客様になりますから、住民のクチコミが一番強いと思います。そして、お客様は普通に安心して買い物や飲食が出来る店を求めているのであって、世界一のクオリティを求めてはおりません。

当店を例にすると、感じいいお店の雰囲気かどうか、清潔感があるかどうか、商品を選びやすいかどうか、支払いからラッピングまでお待たせしないように心掛けてるなど、基本的なところが出来ていたら、お客様は満足して下さいます。

 

基本があって、そこに「プラスα」があれば、好感度が上がって、信頼感が増して、お気に入りにしていただける、そんなイメージ。

「日々の営業を真面目にやることが、一番の宣伝広告になる」

起業6年目の終盤となり、そんな風に確信しております。

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うまくいかない時は「いつも」を疑ってみる

金継ぎ職人のこまやさんと「最近むくみが取れなくてダルい」という、おばちゃんにありがちな「体調ネタ」で雑談。

 

こまやさんは、食べることが好きな方で、体調をみながら日々の食事を工夫されているから、「こういう時は○○を食べる」的な話が楽しいんです。

 

私は、浮腫む時には、冬瓜が一番効き目があります。こまやさんは、きゅうりでもいいと言います。でも私には、冬瓜が一番効く。これは過去実績から言い切れる事実。

 

こういう違いが、からだの神秘。
人のからだは一律ではないのですよね。

目にする情報、耳にする情報は、自分にとって該当する/しないものが混在しているので、鵜呑み厳禁です。

 

店主より上の世代のお姉さま達は、素直な質の方が多いようで、テレビで○○がいいと見ればそれを試すし、お友達がいいみたいと言えば、じゃあ私も試してみるわとやってみる。やって数日で、効果が定かではないが、みんないいというんだし、まだやっていない方を見つけると、私は先にやってるわよという心理が働くのかクチコミしちゃう。

 

この「いいみたい」が伝言ゲーム化されていくのを横目で見ては、ブームってこうやって作られていくのか!とハッとします。うちの店のあること、ないこと「いいことばかり」を、この流れでクチコミしまくってもらえたらな~と妄想しちゃうぐらいです(笑

 

もとい、浮腫。

私が最近気がついたことなのですが、冬瓜を食べてもすぐに効果が現れない時がありまして、そうなると、医者に行くほどでもないけれど、どうすりゃいいの~と微妙な不快感と付き合うことになり、疲れます。医者に行くほどでもない、というところがポイントです。

 

自分がいつも繰り返している中に、因果関係が潜んでいる可能性がありますから、「いつもやっていることを振り返る」のが「私なりの対処法」

 

調子を崩すと、いつもは何でも無いことでも、滞ったりつまづくことがあるんですよね(人生と一緒です

 

私の中では、浮腫は腎臓が困っているイメージ。

おしっこがたくさん出たら浮腫は減ります。腎臓はフィルターのイメージ。浮腫むと、フィルターの目が詰まってきて、処理できる液量が減る、体外への排泄が滞るイメージ。だから腎臓ちゃんを休ませることが先決で、風呂上がりのビールぐびぐびを飲まないで眠るのが一番。ちなみに、今日は改善が見られますから、大当たり。

いつもの量でも、ダメな時はダメになるんです(人生と一緒です

「いつも」という感覚は大事で、危険回避に役立ちますが、うまくいかない時は「いつも」を疑うといいと思います。

※こまやさんの金継ぎしたうつわは【こちら
※こまやさんの拭き漆+螺鈿のうつわは【こちら

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「やらない」という選択

今日、久し振りに3万円を越える通販の注文が入りました。お一人の方が3万円を越える注文をされることは、当店では珍しいこと。

 


注文されている品物は、予約商品のみ。

備考欄に「急いでください」のひと言。

 


9月中旬入荷予定のお品があったので、これを急いで揃えることは無理がありますから、結果は早くお知らせした方が良かろうと思い、注文フォームに記載されていた携帯電話に電話いたしました。

 

 

その品物は、クナプラスのタテプリーツ(エコバッグ)

 

 

メーカーは、私のような小売店をたくさん相手にしている仕事ですから、

うちが注文殺到していたら、メーカーさんなんて、もっと殺到しています。

 

 

店主、最初に入社した会社が、某文具メーカーで、スチール家具を現場納品するための図面を引き、現場施工の管理をするのが仕事でした。私の時代は、まだ都庁を、羽田第2ターミナルなど大規模な公共施設がわさわさ施工されていた時期で、そりゃもう、残業代は貯まりますが、心と体がしんどい現場仕事が多い時代でした。

メーカーって、計画的に生産ラインを動かしていくから、生産効率が上がって、品質の確保も出来て、納期も守れるんだと、反面教師的に学んだものです。

 

 

同期で集まると出る笑い話に、朝までに組み立てなくちゃいけない現場で、夜の荷受け、何故かひとつだけ軽いダンボール、蓋を開けると「がんばったけど、ここまでしか作れませんでした、残りは明日の出荷になります、ごめんなさい」と工場の生産管理の担当氏の肉筆メモ。



職人さんは今夜だけだと思って無理を聞いて来てくれてるのに、明日また来いって、えーー!つか、お客様がそれでいいって言わないよねー、謝ってすまないよねー!私、今夜も現場立ち会いなんですかーーー!?他の仕事もあるんだけど、いつ図面ひけばいいのよー!などなど、走馬灯がグルグルです。

 


この経費は、工場に振ったら、営業と設計の部門は、一見利益が出ますが、工場の経費は膨らみますから、生産を生業としているメーカーとしては、ダメなパターンですよね。

 

 

生産計画を逸脱したら、工場も、物流も、営業も、設計も、施工も、現場も、みんなが無理をするしかない。その結果、納まってくれたらお客様だけは喜んでくれるでしょうけれど、往々にして、お客様もハラハラする納期遅れを引き起こしたり、ダメ工事が残ったりしますから、誰の得にもならないのが、メーカーの無理なんです。



これは、メーカーが特殊なのではなくて、ビジネス全般に言える話だなと思っております。ビジネスでは、しなくていい苦労の代償は、利益増よりも経費増に跳ね返るもの。「無理は、誰も得をしないように出来ているんだな」と、50年生きてきた人生経験上でも、それは普遍性のある内容だなと思っております。

 


戻って、冒頭の通販のお話。

正直、8月は売上げが少ない月。

 

 心のどこかに「9月中まで待つのは多分1色っきりだから、それ以外の色は待ってくれたら売上げ助かるんだけどな~」と思う助平心がありましたが、お客様の要望は全色全数を同じタイミングで「急いで手に入れたい」のだから、そこに添えないなら引くべしと決めて、お客様に電話。

 

 

「今のメーカーの状態だと、A色は9月中旬まで待たないといけないから、他の取扱店に電話して(取扱店は数件しかないので大した労力でもない)、店頭在庫があるかどうかを聞いてみるといいですよ」とお伝えして、キャンセルに応じました。お客様は、よく分からないまま待つというストレスが減りますから、喜んでくださったと思います。

 

 

こんな風に「見切りをつける」ことが出来るようになるまで、何年掛かったことか…ひとりのお客様が満足するために、私に連なるたくさんの方を「急がせる」という無理の連鎖で疲れさせてしまったりもありました。自分も、間に合わせられるかなと、ヒヤヒヤした心持ちで疲れましたしね。

 

 

一見さんでも、常連さんでも、「ここは何とかしてあげるべき」と思える時には頑張りますが、そうでない時には「断る」という選択が、私の大事な施策です。

  

 

「○○をする/出来るようになる」というプラスオンの考え方は、小さい頃からそれがいいことだと教えられ、やらされてきたもので、目標をたてることは出来る人が多いですよね。(達成となると話が別になるんですけど、それは横に置いといて)

 

 

いい加減、いろいろ経験して出来ることや分かる事が増えてきたら、プラスし続けると飽和してきます。そうなったら、逆に「○○をしない/断る」という引き算思考が、人生スッキリ生きる秘訣になるなと感じております。人生の時間は有限なので、その時間で何をするのか、優先順位をつけて注力しないと、時間はいつも足りません。

 

 

何でもやろうとすると、大概、簡単に出来ることに手を掛けてしまうんじゃないでしょうか?達成感が薄い仕事をたくさんしても、慣れで刺激がなさすぎて、後で「私、何やって来たんだっけ?」と全部が薄味の成果に見えてしまい、落ち込むのが目に見えております。私はその傾向が強いので、近々やってくる50代の10年間は、意識して、他者・他社との分業を進めたいなと手帳にメモしているところです。

 

 

50代にもなると、残りの人生の時間を考え始めます。

できるだけ、たくさん、楽しい時間を過ごしたいので、そのためにも、「やらない」選択を意識しないとな~、と思うのです。

 

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「一期一会」「出会ったら買い時」が当店のキャッチフレーズ★

 

あの野郎

本日は、姪っ子が民謡の全国大会出場の日。

お店を休んで、彼女の唄を聞きに大井町へ。

 

いつも父と母が子ども達に付き添って上京していたのですが、今年は弟が付き添いで上京。

 

姪の出番が終わったら、会場を後にして、しばし姉弟の閑談タイム。年の差がある弟ですが、年を取るごとに話が分かる関係になってきておりまして、話していて楽しいなと思いました。

 

で、二人と分かれて最寄り駅までたどり着いたら、暴力的な雷雨、夕立。

 

うちの弟は、雨嵐男。

西へ行っても、東へ行っても、いつも雨、台風、雷を連れて行くのです。

 

一説には、雨男、雨女は龍神様に愛されているから、行く先々で雨に降られるのだとか。

弟が上京する時は、必ず雨になり、それも暴風や雷を伴う過激な空模様になりがちなもので、改札辺りにたむろって雨が上がるのを待っている人達を見渡し、申し訳ない気分。

身内の気軽さから、「全く、いつも、いつも…あの野郎」と弟を思うひと時でした。

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夏の遠足、ひとり旅

散文。

休店日の昨日、国立歴史民俗博物館へ。

 


雨降る空模様を眺めながら、日照時間の減少で、心も経済も閉塞するよねぇ、とひとり言。

 


雨の日の人類が滅亡する店内にいるよりも、休みだと割り切れる方が気持ちが楽なので、休みの日の雨は色んな意味でホッとする恵の雨。

 

 

佐倉までの電車は、京成を使うと早くて安い。

 

そう言えば、中国を行ったり来たりしていた頃は、改修前の日暮里駅で、階段しかないから苦労したなあ。20kg越えのスーツケース、7㎝ヒールで人混みの階段を上る。

 


日暮里乗り換えが懐かしくて、家を出る時に出来心でパスポートを持って行こうと探したところ、普段持ち歩いている一揃えの中に入っていた。

 


一昨日ブログに『店で出会う「人とモノと事」は毎日違うので、感覚的には旅をしているのと同じ』と書いたけれど、符号一致で面白いや。

 

 

京成の車窓から見える景色は緑が多くなっていく。田んぼはまだ青々。日照が足りないと、米だって美味しくならないんだよなあ、とぼんやり思う。

 

京成佐倉の駅からは徒歩。

雨は降る降る、雨は降る。早く展示が見たいので、歩く足取りが軽い。現金なからだ。 

 

「URUSHIふしぎ物語-人と漆の12000年史-」


博物館HPに書かれていましたが、『平成25年度から27年度にかけて行った、美術史学・考古学・文献史学・民俗学・植物学・分析科学など文理融合の共同研究成果を初めて発表』

見つけた時に、この企画展は「私のために神様が用意してくれたに違いない」と思いました。ほんとに、私の知りたい事がたくさん分かる展示で素晴らしかった。

 

一日では足りなくて、また行きたいような。

 

 

学芸員の方に、個別に話を聞いてみたいなと思いながら閉館の音楽に見送られ帰宅の途。

 

 

外に出て、ああそうか、ここは江古田から随分と離れた場所だったと思い出す。帰るのが、めんどくさいなあ、と思い出す。



電車を待つ駅のホームで、足の指先が欠けている尾長を見て「野生の生き物はいじらしい」と話す年上の女性ふたりの話が聞こえてくる。


人間だって、お姉さん達だって、いじらしいですよ。年を取っても、美しい笑顔で、ふたりで並んで座っていられる、それがいいなと思いますよ。

 

 

電車に乗って、空いた席に座り、疲れに任せて居眠り。そうしたいなと思って眠る居眠りは至福。佐倉という距離感がまた、ちょうど良い。

 

 

周りの他人を信じて、平和な社会を信じて身を投げだしているようだな、車中の居眠り。何も盗られず、命の危険もない。幸せだ、毎日。

 

 

最寄り駅で電車を降り、練馬の湿度の高さに嫌気がさす。歩いて帰る道々、帰ったら最初にお風呂に入ろうと思ったり、早く晴れて欲しいなと思ったり。

 

 

帰る場所があるから遠出できるんだな、なんて思ったり。

 


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ひとりの自由

明日は休店日。

江古田から片道2時間ほど離れた千葉県佐倉の「国立歴史民俗博物館」へ遠足の予定。企画展示の「URUSHIふしぎ物語-人と漆の12000年史-」を見てこようと思っております。

 

 

休店日は何かしら予定があり、仕入れか打合せで潰れ続けると、パタリと何もしたくなくなります。動きたくない時は動かない。心の赴くままに過ごせばいいといいながら、「期間限定」のものに関しては、こちらが都合を合わせて行かなくちゃいけないのがこの世のルール。

 

 

でも、大好きな漆の展示です。

しかも、縄文の出土品など、普段見られない「実物」を見られる機会は私にとっては凄い事。文章を読む、画像を見るだけでは分からない存在感が、実物にはありますからね。博物館の展示は、美術品の展示以上に範囲の広い観点での解説が加えられていると思われるので、じっくり眺めて来ようと思っております。

 

 

気が乗らないと言っていても、動き出すと一人勝手にワクワクし始め、結局楽しめるのが私の性癖。

 

 

私は移動するのが好きだと思います。

乗り物に乗っている時間は、他にどうしようも無い時間という分類。

 

 

だから、普段はかまけることがないような、意味なくぼんやり外を見るなど、生産的ではない過ごし方を許されているように感じて、気楽。周りに他の乗客がいてもお構いなしで、私はひとりの世界に没頭し、ひとり勝手に楽しくなっているのです。

 

 

海外で働いていた時期に気付いたのですが、私は、寅さんのように、スーツケース1個あれば、どこへでも行って、そのまま戻らない生活も出来るんだと思います。やりたいと思えば、今このまま、自分のしがらみを全部捨てて、どこへでも行けるんだと気付いた時に、概念的な空間がとめどなく広がっていく感覚を覚えました。急速な拡大を感じるというのが、うまく表現できないのですが、あの時の感覚はちょっと恐かった、、、

 

 

怖いということは、もの凄くいいと思ってもいないんだと分かるのですが、凄くひかれる感覚で、私は安定を求めながら不安定な冒険を好むめんどくさい性質なんだろうなと分析しております。

 

 

あの感覚が、今も心のどこかにあり、私は世の中の人々がマンションを買ったり、家を持つ年頃に、自分を固定する住宅は持たないことに決めました。だからずっと借家住まいです。自由でいるために、持たない選択。もっとも、今は、儲からない個人事業主だから、金銭的に不動産を買えないから買わないのですけどね(苦笑)

 

 

そうして、ひとりでいることが孤独だけではなく、自由で楽しいと思うようになりました。どこへでも行けるし、何にでもなれるし、自由だなと思うようになりました。

 

 

それなのに、何故か始めてしまった小売店!

錨のように、私を江古田に留める存在を、自分から作っちゃったんですよねぇ。

 

 

まあ、場所はひとつですが、ここで出会う「人とモノと事」は毎日違うので、感覚的には旅をしているのと同じ。そう考えたら、私の中では、一本道がつながって今に至る感覚はあります。

 

 

ああ、それでかな。

最近遠出する気が以前より起きなくなっておりまして、今回の佐倉は久々の遠足。久々だから、若干億劫。

今日は雨で人類が滅亡しているので、早じまいして、明日に備える事にいたします。
奇跡的に、売上げゼロは免れておりますので、心置きなく(笑

 

 

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足を止め、ゆっくり休む時間も大切に

radicoで放送大学。

たまに聞くと、「思わぬ」テーマの講義に出会い、それが楽しくて、聞き入ってしまいます。

 

この「いつもと違う」が、生活の刺激になるのですが、お盆の辺りは、毎年「わざと滞ってみる時間」だなと感じております。

 

気候的にもしんどいですから、あまり頑張ると疲れますからね。

若いと気にならないと思われますが、わたくしぐらいの年になると、明らかに疲れます(苦笑

 

お盆の時期、商店街のお店は軒並みお休み。

そのぐらい、連休は行楽地へ人が流れるので、開けてても意味が無いのだろうなと勝手に思っていたところ、自宅兼店舗でお商売している方が多い=皆さん地元民なので、普通にお盆を過ごす感覚でお休みだとか。

 

1年目で、住宅地のお店は、巷が休む時は開けていても

暇なんだなーと分かり、それ以降は、

休んじゃった方がいいかもと悩みつつ、

結局、店を休むことが怖くて、普段通りに営業しております。

 

横道へそれますが、2年目に、どうもお盆は振るわないなと感づいたわたくし。

3年目、隣近所のお店の人に「お盆の営業日や営業時間の予定」を聞いてみたことがあります。

長く営業している人ほど「うちはいつもそうしているから」と

最初のやり方を続けているし、

開業年数が若い店ほど「開けけても来ないから休む」

「暑い最中は来ないだろうから、開店時間を遅らせて、時短営業する」

「休むの怖いから普段通り開ける」とバラバラでした。

 

私はと言えば、

休むのがまだ怖かったので、

時短営業をやってみました。

遅く開けて早く閉める。

 

フルタイムで営業するよりも、

毎日2時間でも時短になると、

主に電気代が削減出来て(その頃はまだLEDではなかった)、

経費削減で利益率を上げることを感覚的に理解できました。

自分の業態では、具体的に何をどう減らすと効果が大きいのかは、

ルーチンでやってると気づきにくいものです。

 

欠かせない要素とそうでない要素、

それぞれに掛かっている費用は、

日々細かく記帳していれば(洗い出しにテマヒマ掛かりますが)

分析出来ます。

私ぐらいの規模の事業だと、会計初心者だし、

そんなに細かく費目を分けることも無かったのですが、

この件で、定点観測したい経費は枝費目を作り、

後で分けて見られるようにし始めました。

例えば、通信費は、

携帯と固定電話+ネット環境と切手代など郵送経費の3つに分け、

通信費の中で、通販発送に使用する切手代は、

荷造運賃に計上するようにしました。

 

後はよく分からないものは雑費多用していたのですが、

それも出来るだけ使わないようになりました。

 

4年目の夏、また周囲にヒアリングしたところ、

開業年数が若い店は「去年は開けてても来なかったから、

思い切って休む」派が急増した印象。

 

若い店はまだ経営基盤が弱く、

事業体力が無いのを自覚しているので、

とにかく失敗したく無いから、

チョロチョロと方針を変えてみる印象があります。

 

1年単位で結果をみて、ああだこうだと言えるのかどうか、

今になるとアレは自分が安心出来る方法を探していただけで、

お客様とは無関係なところで迷っていたように感じます。

私はと言えば、3年目同様に時短営業。

売上は大して無いものの、休みだからと

遠方からやって来るお客様の存在に気付き、

お盆に営業する意義を感じ始めました。

 

5年目になり、だいぶ馴染んできた商店街。
ある日古株のお店から「環さんは店開けるの遅いよね」と言われます。

その方から、お客様が来なくても、

午前中からやっていることから生まれる、

認知の重要さを教えてもらうことになります。

 

そのまま素直に12時開店を11時に前倒し

(遅刻開店しているから怪しいものの)

なるほど言われた意味が分かってきた6年目。

 

世の中が休みモードの時は、営業していても、私もお休みモード。
諸々、ペースダウンして、こんな振り返りをしたり、

先々試したいことの実施案を練ったりしております。


これで、普段と違う部分の頭を使うので、休みになるのです。

体は動かしませんから、体力温存ですし。

近い将来の作戦を練ることは、わくわくするので精神衛生上もいい感じ(笑

 

「あら、あなたいつ休むの?」とお客様から言われますが、

私の場合、普段が目の前の事を右へ左へと

頭の中で考え過ぎになる嫌いがあるので、

振り返りだけで、充分休みになるのです。

先を妄想するだけで、休みになるんです。

だから今、めっちゃ休んでおります。

 


若い時は何処かへ行って、たくさんお金を使うことが

「休むこと」だと思っていたので、

「休めない」と下流サラリーマンっぽくて、

リア充じゃないみたいで、惨めさを感じておりましたが、

あれは何か儲けたい企業や社会の価値観に

踊らされていただけと、今ならはっきり言えます。



都会で過ごそうが、田舎の美しい自然の中で過ごそうが、

自分が心休まらないなら意味がないじゃないですかね。

何かやらなくちゃいけないのが休みではないので、

寝間着のままひたすらダラダラとテレビを見て過ごすでも自由です。

 

 

いつものルーチンの流れを一旦止める、

「いつもを休む」ことが、本来の休暇なんだろうなと思います。

 

 

これ、裏返すと、いつも同じことは「疲れる」ってことです。

だからたまに休めってことです。

 

「いつもと同じ」は、「慣れているだけ」で、

 もしかするとちっとも「楽ではない」可能性があります。

 

 

だから、私は振り返ったりします。

 

 

変化は、特別なこととか、大きな何かが変わるとか

そんなものでもないですよね。

楽へと変わるためのものでもあるかなと思います。

 

 

休むということは、一旦止まって、
変化する次への準備の時間でもあります。

 

 

すごく大事なことをさらっと最後に書きました(笑

 

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倣いたいと思うことに出会う幸せ

先日、取引先のTOMATO畑の田中社長にご協力いただき、新ブランド「横浜ウッド」店頭販売を開催。

田中さんは、私よりうんと若い方なのですが、言葉遣いが丁寧で語り口が熱心。彼の動きを見て、説明を聞いていると、自分とスタイルが違うので、非常に勉強になります。

 

私は、前職では高額商品を売る店舗企画やデザインに関わっておりました。時代の流行もあるかと思いますが、耐久消費財で高額の商品を買ってもらうために、「売らない営業」がもてはやされておりました。

高額商品を扱う業界は、どこもかしこも「敷居を下げること」に一生懸命だった頃。消費者も自分で情報を収集して、比較した結果、自分に合うものを選ぶ気風が強く、ゆえに企業側はいかに情報提供と情報開示を行うかが大事だった頃。

 

 

あれから10年以上も過ぎているというのに、「自分にとって心地よいやり方」という認識があるもので、あの頃から私の中身は変化していない模様。お恥ずかしい。

 

個人商店は、ひとりでやっていたら、出掛ける暇も作れなくなってくる忙しさですし、新しい情報は努めて追いかけないと、入って来にくい環境だと思います。

 

田中社長は目の前で全部見せて下さいますから、私のための研修会のようでした。

以下、私の備忘録も兼ねて、田中社長の接客の凄いところ一覧。

 

●来店した方が、TOMATO畑に興味がある/ないを観察する前に、話し掛ける。

 

●自分の名前を名乗り、何を作る会社かを短く説明

名前を名乗られると、お客様も聞く姿勢を示してくれます。

私はいつも「こんにちは」の挨拶はしますが、興味があるものが何かが分かるまでは、自由に見てもらうフリータイムと思っておりました。挨拶は、その後にしたい話題の端緒にはなりません。「こんにちは、今月の新商品は○○です、ご覧になって下さいね」ってお知らせをひとつ入れるだけで次のことへ移れます。

 

当たり前みたいな話ですが、これを出来るかどうかは別です。

私も知識としては知っていても、それが自分の店に合うのか判断してこれまでのスタイルできたのですが、それもたまには振り返って、継続すべきかどうか、見返しが必要かなと思いました。

 

●「今日は〇〇をお知らせしたくて来たんですけれど、聞いていただけますか?」

実は、田中社長の話したい情報量は、半端ない量なんです。私はそれを、取り引き前の商品説明の日に体験済み。5時間ぐらい喋り続けた田中さん(笑)帰る電車まだありますか?って言いながら別れましたもの。ほんとは全部話したいんだと思うんですが、まずはお客様の興味をひく「入口」を作るイメージ。話を聞いている様子を見ながら、次の話題を出していいのか判断し、「関連話題で知って欲しいことがある」と次の入口を開けていく。

 

この時点で、TOMATO畑に興味がなくても、話に引き込まれてもうちょっと知りたい、聞きたいと、お客様の方が心の準備をしてくれますから、一方的な説明が、だんだん会話になったりもします。

 

●お客様の話もよく聞く

一方的に人の話を聞き続けるのは、興味がある話題でもしんどいものです。これが双方向で意思疎通が出来ると、会話が盛り上がり、興味が次の話題を開いてくれます。お客様の話をよく聞くということは、お客様の興味の方向性や、予備知識のレベルを計る目安になりますから、お客様にもたくさん話してもらいます。

 

●表現のカスタマイズ

人それぞれ、理解しているものの名詞や用語があります。その方が使う言葉を聞いて、その方に分かり易いような言葉を選んだり、説明の順序を変えたりと、同じ情報なのですが、細かくカスタマイズした表現を心掛けているのが田中さんの凄いところ。情報の理解度が低いと、カスタマイズなんて出来ませんからね。

私も、店頭POPやHPの表現を工夫するために、商品にまつわる原材料の勉強をするために本を読んだり、辞書で言葉遣いを確認したり、地味に努力はしておりますが、発信元のメーカーには情報量と情報の精度で負けます(涙)それを専門として常に考えている方には叶いませんが、TOMATO畑は全て教えてくれますから、いい機会なので私もお勉強。

 

●チラシを渡す

話が十分に出来なかったとしても、その紙があれば、思い出してググってくれるかもしれません。その時は余裕がなくてスルーしたとしても、帰って落ち着けば、あれはどんな話だったのかな?とググってくれるかもしれません。そのためにも、HPの情報は充実させておかなくちゃなと思いました。

また、HPへ誘導するために、紙媒体を使うという古典的な手法も、地上から消え去らない間は有効手段と思って、活用する方向で。

 

ひとりでやっていると、自分にとっての当たり前ばかりになり、傍から見たら時代遅れで溺れ掛けてるのにも気付かずに消えてしまいそうですから、たまにこうやって「この人凄い!」「真似したい!」という相手に出会えることは幸運です。自分より先を歩く人が、自分の横に来て話してくれるなんて、私ぐらいの年になると、なかなか無いことなので、有り難いこと。

どこかの催事で、TOMATO畑の田中社長に直接接する機会がありましたら、私の書いたことを味わうべく、ぜひ田中社長の話に聞き入ってみて下さい(笑

 

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完全教祖マニュアル

私は最近、「世界征服する」と言うことを楽しんでおります。

 


聞いた人から「どういう意味?」「具体的に何をしたいの?」と聞かれることが多いのですが、その度に「ああ、今の私やこの店と世界征服が結びつかないから、この質問が繰り返されるのだな」と感じております。

 


私達は、それぞれの身の内に、「自分の世界」を持っていると思います。最初は、自分でもよく分からない時がある自分というものを、知り尽くしたいと思って言い出した言葉。

 

 

相手からの質問に、時々で思い浮かんだまま、適当に答えていたら、全部本当にそうだなと思う言葉がスルリと出てくるもので、これは面白いなと思って「世界征服する」と言うことを楽しんでいるところ。

 

 

先日、洗濯して紙くずと化した本(こちら)に、「口から出任せ」というフレーズが何度も出ておりまして、ウソをつくのではなくて、どこからか降りてくる言葉をそのまま話すことが「口から出任せ」という定義で使用していた模様。話しながら整理するタイプの人は、意味がよく分かるのではないでしょうか。

 

 

昨日の出任せは「〇〇なら環、〇〇ならあの店主という風に、誰かの心の、ある部分の、ある条件を占拠したいんだ」と出てきました。物理的な征服ではない。心を征服する。

 

 

そういうのって、教祖っぽいなと思いまして、「完全教祖マニュアル」なる本を読んでおります。教祖は作つことが出来ると信じさせてくれる内容で、今の私にはドはまりな本でした。

 

自分が神秘的絶対的な存在である必要は無い。

既に大成功している三大宗教を下敷きに焼き直していけば省力出来る。既に、三大宗教内でも、ディテール差別化で細分化された○○派が派生しまくっている。

 

最初から認められることは無い。キリストも、最初は社会からはみ出た言動で常識やぶりな存在だったから非難されまくり。社会弱者に迎合しながら信奉者を増やし、更に社会の主流派と摩擦発生。その内、社会主流派の中にもこちらに寄ってくれる人を狙い、落とし、金を貢がせ、社会影響力を使い、更に拡大。

 

信者の囲い込みをすることで、組織継続の土台を盤石に。

信者への商品売買(書籍や壷w)は分母が少なくても100%以上買ってくれる市場なので収入も増える。など。

 

キリスト教、イスラム教、仏教といった既存大手(成功例)を下敷きに、教祖として尊敬され、人々を幸せにしつつ経済的に成功する方法が面白おかしく解説されております。世界三大宗教が信者を囲い込む時の、大枠の流れがつかめるので、何がそんなによくて宗教はまるのかな?と気になっている「無宗教」な方はその疑問に回答がもらえそうですよ。

 

とにかく、笑いながら読めることが素晴らしい本。

自身を商品としている芸能系、フリーランスの方は、参考になる本だと思います。

 

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まちゼミよりも日々のルーチン頑張ろう

やっている人、参加した人にしか分からないネタ「まちゼミ」

 

 

商店街振興の妙手的な扱いで、全国の商工会議所や各地の商店街連合組合みたいな組織で取り入れられている施策。

 

 

既に成功している「まちゼミ発祥の地 岡崎市」という事例があるので、成功に至る経緯は横に置いておいて、岡崎市で成功してます!と声を上げ始めた当初やっていた方法を、地域特性など差異があるであろうに、まるごとスライド導入~実施しているのが練馬区。

 


やだ、棘がある表現に聞こえたかもしれませんね。わたくしは、商業環境が違うのに「まんま真似てみましょう」という流れに馴染めないのです。

 

 

まちゼミが目指していることは、いいと思います。
お商売の前に、人と人の関係を楽しむこと、交流すること。お客様がお店を知る入口を「買い物」という経験から「学習」「体験」へ移相させ、一旦敷居を下げるのが目的です。

 

 

店の方が自分の事業に関わる専門的な知識(リソース)を使い、個人商店がミニセミナーを開催。知らない人や商品・サービスを買う訳もないので、ミニセミナーという「買い物しなくてよい目的を入口」に、店主の人柄や専門性+扱っている商品やサービスの良さを知ってもらう。

 


売りつけないなら本音もポロリで、お客様もこなれてくれるし、心理的に近くなればいつかニーズがあれば、他の知らない人からではなく、自店から買ってもらえる「かもしれない」

 


短期中期の施策を欲している事業主は多いと思いますが、これはタイムカプセル系施策、中長期施策だと思います。

 

 

当店のテーマは3回ほど変更して、現在は「金継ぎ」に落ち着いております。が、これも良し悪しで、めちゃくちゃ人気があって、毎回人数が集まるのですが、参加者は商圏外からやってくる方が多いのです。初めて江古田に降りたという方も多い。お店にまた来てくれる可能性が薄いまま、「セミナーを楽しみ、帰る」

 

 

「初めてですか?江古田はいい街なんですよ、知ってもらうきっかけになったらいいなと思います。帰り道、ぜひ散策してみて下さい。オススメの店を教えますね」と話す言葉は本心ですが、事業主としては「随分遠回りな話をしているな~」と苦笑もしております。

 

 

売りつけない空気感と共に店側が無料で差し出すサービスを、参加者は受け取るという構造ですから、「喜ばれました」「やってみたら反響がありました」と言われても、当然かなと思います。

 

 

こういうのは、ある程度繰り返さないと何とも言えないと思っていますが、本当にこんな調子でいいのだろうか?と気になるのです。先発隊の岡崎や他の地域が、何に苦労してどう改善したなど、経過情報が手に入ると参考になるんだけどな、と思っていたら見つけたのがこちらの本でした。

 

 

岡崎も、他の地域も、やはり試行錯誤があって「成功」「成長」「目指す目標値」らしきものにたどり着いており、やっぱりPDCAサイクルでした。・・・・やっぱりか。

 

 

 

これ以上やる手が見つからなくて始めた施策だったら、うちなんてまだまだやったことが無い施策が山ほどありますから、まちゼミは、今やらなくてもいいかな~というのが本音です。

 


他の地方の方、これはまた、私の状況や環境とは違うと思いますので、ご自分の判断を信じてどうぞ。

 

 

ところで、当店のご近所に、パンを愛する人達の間ではカリスマ的存在「パーラー江古田」がございます。パーラーさんは、江古田にあって、全国からお客様がやってきて、暑い日も寒い日も行列が出来ているパン屋さん。一度食べてみたい、一回食べたら美味しいからまた食べたいというお客様をひきつけてやまない凄いパン屋さんです。

 

 

パーラーさんが、全国からお客様をひきつけ、江古田まで人々がやって来る姿を見てしまっているので、商品力がある前提で、ちゃんと商品サービスの良さが文章や画像で伝われば、お客様の情動は動くんだなと信じられます。信じております。すごいパン屋さんです。



商店街連合組合の上の方へ

まちゼミよりも、太い情報拡散ルートを複数種類用意してもらって、会員はそこを使って格安で情報を広く拡散出来るようにしてくれると助かります。まずは知ってもらうこと、そこを強化したいという発想は同じです。やってみてくれませんか??

 

 

と、都合よくは行かないので、まずは自分の情報発信をがんばります。結局、やることは変わらないという…商いは飽きないようにって言いますものね。がんばります。

 

 

 

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神に近づくには波長を合わせればいい!

お客様から保江邦夫さんのある著書を紹介され、当時読んだ時には「チンプンカンプン」でした。

いつもの乱読の中で、私が知りたいと感じた事が記載されている可能性を感じて、チンプンカンプンもう一度、と思い図書館から借りた本なのですが、凄い出会いとなりました。

 

ひとつは、あろうことか、本を洗濯物と一緒に洗濯してしまった。初体験、いただきました。本を洗ってバラバラにしたのは始めてです。


何もかもが細かくちぎれ、シーツやタオルケット、バスタオルに満遍なくまぶされて、この紙くずをどうやったら洗濯物から全て取りされるのだろうか、払っても払っても終わりのない感じで、茫然自失でした(大笑

 

実は、洗ってしまった本に書かれていた内容に符号するように感じて、大変でしたが「有り難い気持ち」で後始末。

 

作者の体験談の中に、凄い秘密に気づき、これを世に広めなくてはと知人の出版社へ話に行ったところ、ボヤ騒ぎ。やっと落ち着いたら今度は水漏れ。ここまで邪魔が入るなら黙るべきかと思ったら、「火(か)と水(み)、神(かみ)の後押しです」と言われたという話が入っていました。

 

解釈次第と言われればその通りなのですが、神様のサインは、人間のイメージするような素敵なものばかりじゃないという可能性の話でもありました。

 

だから、この惨状は、惨状と思うと惨事だし、神様が私を応援している印として表したことだと思えば、ここまで分かりやすい印も無い訳です(鰯の頭も信心から!ね!

 

この本を読みたいと思った理由は、「ホ・オポノポノ」や量子論に興味があっていくつか借りて読む内に、web上で見かけたある方が推薦していた書籍の中にこの本がありました。

  

 


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英語を勉強し直そうと思います

たまに、海外のお客様が来店するのですが、挨拶さえままならない自分。

 

だって、その先をあれこれ話し掛けられてもよく分かりませんから、相手に「通じるかも?」なんて期待を持たせるのも悪い気がして、だんまりが常。

 

でも、どこかでちゃんと勉強し直したいなと思っていたんですよね。

 

最近、知人のお店のFB投稿で「教科書を読む会」を見かけました。

 

学生時代は楽しさも分からずテストのために勉強してきた学科を、大人になって改めて学び直したいなという気持ちは、社会に出て仕事も覚えた年頃になると、誰もがうっすら思うことではないかなと思います。

 

仕事に必要があれば、セミナーや研修を受けたり、実用的な勉強を積み重ね、「学生の時に、もっと頑張っておけばよかったのにな~」なんて、仲間と笑い合った人も多いのではないでしょうか?

店主、たまに思い出したように気になるのは「日本史」「世界史」「英語」

日本史は、好きな時代を、好きなテーマから抜き出し的に読み漁るせいで、今のところは、年表的にはつながっていない情報の塊。ただ、知りたいことをストレートに調べるせいで、関連事項に手が出ていくうちに、いつか補完されて、年表がつながるのではないかと期待しております。

 

仕事で必要を感じ、中国語を自習した時に「語学も相性があるな」と気が付きまして、英語は「相性が合わない」と認定。興味も激減。今に至ります。

 

文明の利器の進歩を見ていると、スマホの翻訳アプリがあれば事足りる時代がやってきそうな予感。勉強し直したいなと思う一方で、今更いいかとも思って過ごしておりました。

 

最近、ある目的があって英語を学んでいる方と雑談した時に、翻訳アプリは便利ですが、言葉に込められた「感情や感性までは翻訳し切れないと思う」と言っておりました。

何だか、それを聞いたら、やっぱり「勉強し直したいな」と気持ちが動きました。

 

あの、たまにやって来る見知らぬ外国人の方と、ひと時でも、気持ちが通じ合えたらいいなと思ってしまったのです。

 

中国や韓国で、道を訪ねたら周りの人が次々と寄って来てくれて、親身に教えてくれたのを思い出します。片言でも、そうやってコミュニケーションを取ろうとしてくれたことが、彼の国の一人ひとりは愛すべき隣人と思えたし、国同士が仲が微妙になろうが、個人は仲良くしたらいいと思えました。

 

いつか、江古田に来た旅行者に、「ささやかな交流が出来た記憶」を持ち帰ってもらえるようになりたいものです。

 

近々、教えてもらった初級者用のテキストが配達されるはず。

 

今回は、多分挫折しないと思うのです。

何故なら、中国語がある程度出来るようになった経験があるので、努力のツボが分かる気がしてます。

英語ではこう言う、中国語だと?という風に、中国語の復習にもなりそうです。使わないと忘れる一方ですから、これを期に、中国語も頑張ろう。

焼肉は一緒に行く人を選ぼう

ちょっと集まりがありまして、焼肉屋。

 

 

わたくし、あんまり牛肉の味は好きではありません。脂身のにおいというか、風味が年々鼻についてしまいます。だから、他人が行きたいと言わない限りは、出かけない場所が焼肉屋。

 


食べれない訳ではありませんから、行けば喜んで食べますが、焼いたりひっくり返したり、周りの人に合わせて肉の世話をするのが大嫌いなんです。

 

 

いい大人が集っているのですから、焼き加減がポイントのお料理ですし、自分の好きな焼き加減で食べたらいいと思うのです。

 


遠慮して、焼けたのに手を出さないまま

炭化していくのも見たくありません。

 

あちこち気にして、自分が落ち着かないのもダメで、

急降下で疲れてきます。

 


他人の気遣いも面倒くさくなってダメですね。

「もっと食べて」「もっと飲んで」なんて気遣いいただくと、

「落ち着かないからほっておいてくれないかなー、、、」と

段々気分が落ち込んでしまいます。

 

本日の同席者から「網の前なんだし、肉の世話も焼いてくれ」と言われたので

「チッ」と思いつつ、ちょっと手を出したのですが(すれてます、自分

 


改めて、自分のペースが崩れるのを嫌う性質を感じ、

「ペースって、合わせようとしなければ合わないもの」と実感。

 

 

これだから、焼肉屋には行きたくないのよねと再認識(焼肉屋さんに罪はなし

 

 

そう言えば、親友と出掛けるご飯は、互いに自分のペースで食べるので

こういうモヤモヤが無いのですよね。

(いつの間にか、家族と同列な空気感になってきたな…)

 

焼肉屋へ一緒に行く恋人同士は、

大人の仲だという判定法がありますが

あながち間違いでもないように思います。

 

自分がいかにマイペースで生きているか、

そのペースを崩されることに弱いのかを再認識したひと時でした。

 

 

 

人生のサブ目標に、「誰とでも」心平らかに

一緒に焼肉を楽しめるぐらいに大らかになりたい、とメモっておこう。

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片手は不安の証

以前から、気になっていたことなのですが、「初めて来店される方」ほど、品物を片手で触ろうとする印象。

 

肩に掛けたバッグが何かにぶつからないようにと気に掛けてくれるのはとってもありがたいです。

漆のお椀や金継ぎされたお皿に目を留めて、心惹かれて手にとってみたくなるのも、とても嬉しいのですよ。

だけど、片手で取ろうとしたり、片手で持ち上げて裏側を見ようとしたりするのを見るたび、ヒヤッとするのも正直なところ。

 

丸いお椀を側面から掴もうとして、しっかりホールドしきれずに滑ってガタッと音を立てたりすると「今すごく危なかったな、、、ハワワ~」と、ドキドキ。

子どもに「危ないから、見るだけ!触らないのよ!」と子どもの方を見ながら、何となくお椀に手が伸びているのを見ると、

 

「ああ!それお母さんの方が結構危ないかもーー!」と

心の中で叫んでしまうこともあります(笑

 

仕草に現れる心理として、片手持ちするのは

「心配や不安の表れ」なのだとか。

 

手荷物があって、それを手から離す事に

潜在的な不安を感じていると、

やはり片手で何かするしかないかなとも思います。

 

仕草には、ちゃんと理屈があるんですね(納得

このお店は安心と、思っていただけるようになりたいものです。

余談ですが、常連さんのお話。

勝手知ったるで手荷物を置いて、両手で品物を物色。

雑談しながらお会計、包んで渡して笑顔で別れ、

しばらくしてから後に残された買い物袋を発見する感じ。

ああ、あの方にとっては、安心出来る場所認定されているんだなと、笑っております。

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愛なき応酬を止める方法

「相手に何を贈ったらいいものやら、皆目見当がつかない」というタイプのお客様がいらっしゃいます。

 

このタイプのお客様は、相手の事が分からないので決めようが無いことが多く、こちらが一生懸命に接客すればするほど、徒労に終わるタイプ。

 

数日前に来店された方がまさにこのタイプで、久し振りに身構えてしまったわたくし。

 

「何か無いですか?」

「何かって、何ですか?」

 

 

おかしな応酬ですが、前置きもなく聞かれても困るじゃありませんか。例えば、お誕生日のお祝いに「何か無いですか?」ならまだ分かりますが、唐突に「何か」だけ言われても面食らいます。

こういう方は、贈る相手との関係性に疲れてしまっていて、積もり積もった不満が山とあるので、察しきれない相手に経緯を説明しなくてはと思うものの、どこから話せばいいのか手がつかずに、とっちらかって言葉に詰まっているように見えます。

だから、いろいろすっ飛ばして「何か無いですか」になってしまうのでしょう。

 

開業当初は、自分の提案力が試されている気がしておりましたが、一生懸命になるだけ、お引き取り頂いた後の徒労感が半端なく、何故かこちらもドスンと落ち込むことになります。答えの無い悩み事をしている相手は、生気を奪うので要注意です。

正直「早く帰って欲しい」(黒い心を素直に吐露
少々、状況を聞き出す努力をしたところ、見えてきたことがありました。

 

もらうつもりが無いお返しを受け取ってしまい後悔している。

早くお返しをしないと、スッキリしないと思っている。

 

こういう方は、相手との関係を育てるつもりがない方。
その方とのお付き合いが負担でしかないのです。

だから、受け取ることは「借りを作った」と同意義となり

早く返すことで「貸し借りゼロ」になりたくて仕方ない状態。


相手といても、楽しくないのでしょうね。

人間て言葉に出さずとも察する生き物なので

相手もそこを感じて、粗相しちゃいけないと

バドミントンよろしく打ち返しているかもしれません。

この方から聞く限り、1ミリの好意も存在しない、

ギリギリ義理があるかないかの関係。

そもそも、相手のためになんか、お金を使いたくないのです。

贈りたくはないのです。

なのに、何とか買って贈らなくちゃと空回り。

ブレーキとアクセルを同時に踏み込んでる感じです。

「そんな忍耐力使ってちゃ、疲れるはずです。

お客様は、よく耐えて来ましたよね、疲れたでしょう?」

と思わず言葉を掛けてしまいました。

「そうなんです、とっても疲れました!」と即答されました。

 

「お客様にお得で、凄い方法をお伝えします。

この応酬を止めるのは、実はとても簡単です。

返さなければ、向こうも返す必要が無くなります。

相手が寄越すからと思っているでしょうけれど

あなたがこの繰り返しを支えて来たから続いてきたんだと思います。

次に会ったら『この間はありがとう』って言うだけで十分ですよ」

 

この方、ちょっと心動かされて迷っていましたが

いきなり思考パターン、行動パターンは変えられず、

結局小さなものを買って帰りました。

願わくば、その相手との緩やかな離別か、

「ありがとう」と受け取るのみの方法を

試して欲しいものです。

 

私も、若い時は同じような人付き合い下手だったから

この方の苦しさも分かります。悩んだ挙句にトンネルを抜けたから

今は「簡単に抜け出す方法がある」と分かるのです。

自分にも相手にも不実=誰一人幸せな人が居ない状態。

早く止めるに越したことはございません。


他人は、自分の思い通りには動いてくれませんから

自分のターンで思い通りに仕切ればいいのです。

 

例えば、ニッコリ笑顔で「ありがとう~」って受け取ったら、

返したくないお返しは贈らない、だけ。

→本当にやりたい事は返さない事でしょ?


怖がらず「やるだけ」
自分の心に素直にやってみる「だけ」

努力は必要じゃないのですよ。
やってみて下さい。
1回乗り越えたら、次からはすいすいと越えて行けますよ。

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飾らぬ言葉、偽らぬ言葉

今どきの方は、皆さん本当に話すのが上手だなと感じます。

 

街角インタビューを受けている一般人が、もうサクラかと思えるほどしゃべりが上手。

 

 

質問に対して、期待された内容を話している人だけをピックアップして流しているとしても、私の若い頃よりも、うんと世慣れたしゃべりをする方が増えた印象です。

 


お店で雑談するお客様もしかり。

ちゃんと聞かせるように演出されていて、

最後に落ちが付いてたりすると感心しちゃいます。

 

 

私は、小さい頃は自分の話したいことをマシンガンのように話す子どもだったかなと思います。聞いている相手だってきっと面白いはず、と信じておりましたから、相手を見て話題を選ぶなんて思い浮かびもしませんでした。落ち着きの無い子どもと思われていたかと思います。

 


それが、思春期になり、他の子達が好きなアイドルや音楽がどうしても好きになれず。他の子達が騒ぐ男子のどこがそんなに素敵なのかも分からず。もしかして、私の周りに展開されている世の中というのは、私には優しくないんだと気付きました。

 


私は宇宙人か、深海魚みたいな存在なんだと自覚して、それからは「話を合わせる」「調子を合わせる」努力をしました。あまり上手ではなかったので、「心にもない」ことはバレバレで、、、、(苦笑

 


そして社会人となり、段々とプレゼン機会を重ねる内に、理詰めで説明すれば間違いが少ないと思うようになり、「AだからB」という文法で埋め尽くされるようになります。

 

 

振り返ると、記憶がほとんど無いので、

そのぐらい心にもないことばかりを話していたんでしょうね。


きっと、その当時の私の言葉を聞いていた人達にも、

何一つ残っていないと思います。

だって、今お付き合いが続いているのは、

「どうしても、無いことに出来なかった本音」を

ぶつけた相手だけですから。

 

 

無いことに出来ない本音って、

理詰めで説明できない衝動成分があって、

何とも整理されていないものなのですよね。

だけど、強さはある。

 

子どもが駄々をこねているところを想像してみて下さい。

嫌なものは嫌!ストレート。

ギャン泣きしてでも嫌だと伝え続ける。

 

 

それを「私は別にいいんだけど、Aさんが嫌かもしれないから止めておかない?」みたいな、もたもたしたものを付け加えて話すと、「じゃあAさんには声かけないで二人でいかがですか?」なんてブーメランが返って来てあたふたし、後日「その日は親戚の法事があって残念だけど行けません」「じゃあ、翌週はどうですか?」「!(はわわ~どうしよ)」なんてウソを積み重ねてみたりと、もたもたがどんどん膨らむ感じ、皆さんご存知ですよね?

 

コミュニケーションを複雑化しているのは、

このもたもたした飾り部分のような気がいたします。

本音を見えにくくしてしまう余計なもの。

 

 

ということで、只今、

「浮かんだまま、言葉を飾らず表現する運動」を

ひとり開催中。

 

 

やってみると難しくて、言葉がつかえたりします。

語順を考えてかんでしまうのです。

頭の中で編集して喋っている証拠。

 

 

スラスラと思いが口をついて出るようになれば

変な編集も無し、編集する労力も省けるしで

相手にも本音がガンガン伝わることでありましょう。

 

 

いいことも、悪いことも、ガンガン伝わることになるのでしょうね。

そして、公私共に、生きるのがもっと楽になるはず。

 

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ごみ箱の夢

久し振りに見た夢は、ごみ箱の夢。

 

元々見る夢は色付き。

ストーリーをはっきり覚えていることが多い私。

30代目前の頃、1週間同じ男性が夢に現れたことがあります。
こんなに続くなんて、夢には何か意味があるのかもしれないと思い、ユング心理学や夢占いを調べてみたことがあります。

 

ちなみに、1週間続いた男性の夢は、軍服を着た外国人の男性がこちらを見て微笑んでいる夢で、私はいろいろと話しかけるのですが、返事は返って来ずに、ただ笑顔で私を見つめるばかり。

 

この人は、一体どんな人なんだろうかとずっと気になっているのですが、1週間目には、まあいいか、私も笑っていたらいいか、という終わり方をした夢でした。

 

 

で、ごみ箱の夢。

夏目漱石の夢十夜のような薄暗さを感じる世界を旅している設定。旅の目的はよく分からないのですが、目的地があって、そこにたどり着くと次の目的地が浮かんで、そこへ急ぐ旅。落ち着くことはなく、ひたすら歩く。

 

 

その日、夜になって、旅館のようなところにたどり着き、翌朝は○○へ行かなくてはなと思いながら眠る。薄暗いうちに起き出して、ご飯も食べずに○○へ出かけ、用事が済んだら寄り道もせず帰り、誰とも話すことなく一人になって眠る。

 

 

何一つ楽しみの無い世界で、先へ行くことだけが仕事のようでもあり、そうしなければ生きて行けないような感覚もあり。億劫だけれど止める気もない。疲れている訳でもないが、楽しんでいる訳でもないし、無意味に進むことに疑問もないわたくし。

 

 

また、暗い内に起きて宿を出る。

もうここへは帰って来ない。
一緒に宿を出る人がいて、見てみたら妹。

行き先は、それぞれ別なので、分かれて歩く。

 

 

歩き始めると、後ろから「これ忘れずに」と女の人から渡されたものが、ごみ箱。きれいに洗われていて、「あ、そう言えば、今まで随分汚れていたけどこんなにきれいにしてくれたんだ」と見入る。妹も受け取ってきれいになった様子を眺め、「ありがとう」と声を掛けて歩き始める。もう振り返ることがない。

 

 

歩き始めてから、あのごみ箱を渡してくれた人が母だったと気付く。

でも戻ることはない。私も妹もよく分からない次の目的地へと歩く、歩く。

 

 

そんな夢でした。

 

 

夢占いだと、「ごみ」は不要なもの古いもの、ストレスに不満の象徴。

目が覚めて、夢占いを検索してから、「母がごみ箱をきれいにしてくれた」で、思い浮かぶことがありました。

 

 

母は、高校を出たら結婚した人で、当時やりたいこと、なりたい職業があったけれど「自由に道を選ぶこと」が出来なかったと聞いております。母は、とても悔しかったと思いますが、あの人は今に生きる人なので、過去を引きずることなく人生を歩み続けてきた人。父も、若い頃に思い通りに生きられない辛さを味わって大人になった人。

 

 

その悔しさがあるからか、進みたい道を親の意向で曲げられたことはありません。

経済的に苦しくても大学へ行かせてくれましたし、出来ることは全て与えてくれたのが私の両親。

自分達の叶えられなかった悔しさを、次の世代に継がせないように努力してくれたのが私の両親。

 

ごみ箱は、お母さんがきれいにしてくれたから、
先々何も心配はいらないと神様に言われたように言われたのかもなと、
後になって考えているところです。

夢に解釈なんて後づけのストーリーで、何でもありなんでしょうけれど、わたくしにとってはとても象徴的な意味合いを感じる夢だったので、忘れないようにここにメモっておきます。いつか、忘れた頃に読み返せるように。

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使って見てこそ分かる品物の実力

男は顔じゃない、人は見かけじゃない。

そんなの分かっていますとも。

だけど、ビジュアルに左右されてしまうわたくし。

 

野菜がひん曲がってるのは気にならないの。

だってそれが本来の形だと思っているから。

 

猫や犬も、種類が違っても猫にしか見えないし、犬にしか見えません。

 

でも、飼い主には、その子が他の子とは違う、我が家の子だと識別出来てしまう。その他の子と「違う」と思う部分が、その子の「魅力」であり、「違い」が分かってしまうところが飼い主さんの「愛情」

 

その愛情は、一緒に過ごす時間を重ねたゆえに生じる心の結晶。

人の愛は、このように、育む時間も大切な要素。

 

大分の竹細工職人・渡辺文明さんから、頼んでいた箸が2種届きました。

渡辺さんは、ザルや籠など、編む細工物を作っている方で、箸は隙間にちょっと作っているだけ。

その箸を手に入れ、自分で使って

手触りと口当たりがあまりに滑らかなのに衝撃!

初めて使った時、食べてる最中に、渡辺さんに「クレームメール」

「この箸あまりに口に入れた感触が気持ちよくて、

何度も口に運んでしまうから食べ過ぎる!危ない!」
感動を伝えたくて送ったメールが、読み返したらクレームっぽいという、

そうとう私も動顛していたと思われ、後で笑いました。

お箸は、毎日使うもの。

こういうものこそ、日々の幸せに関与する力の強い、
素晴らしい暮らしの道具。
毎回、うん、いいなと思えたら、最高じゃないですか。

使ううちにどんどん心地よさに慣れて、

存在は空気のようになってしまうはず。

でも、外で他の箸を使った時に、

やっぱり渡辺さんの竹箸がいいなと思い起こすはず。そんな箸。

 

渡辺さんの箸の魅力は、こだわりの磨きと、

微妙に角を落とした四角の形状。

軽くてしなやか。麺も滑りません。

拭き漆のタイプは表面の滑らかさが格別で、玉のようです。

 

今回は、自分で使ってみた結果で、太いところで8mm角ぐらいのものを作ってもらいました。

 

他の材質ならもっと太くても良いかなと思うのですが、

竹は8mmぐらいがいいと思います。

いままでいくつか箸を扱って来た結果、

竹は8mmがいいみたいです。(当社比。ウフフ。

 

いま、自分が使う箸を持っている方ばかりで、

箸に困っている方はいないでしょうけれど、

「麺を食べても滑らない箸」が欲しいと思っている方がいたら、

こちらの箸を試して頂きたいなと思います。

 

大切な方にお箸や器を贈るのは

「食べることに苦労せず、健康で、長生きして欲しい」
という願いが込められているという日本的な暗黙の了解がございます。

モノには心が込められている訳です…

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スタンフォードの自分を変える教室2

肉体的疲労困憊で眠くなるのは当たり前。

そうでない時に、意志の力では止めようのない眠気に襲われる時は、神様から何かがダウンロードされるサイン、なんですって。

10章あるうちの7章目で、不可避的眠気でスイッチオフ。起きてみて、何がダウンロードされたか無自覚。でも、何かが更新されてるかもしれないので、明日からニュー店主(笑

 

読書メモ的な羅列でいきます。

 

やる力/やらない力/望む力、の3つ

 

どういう時に出来ない/失敗するのか観察

 

選択~意思決定した瞬間を振り返り、そこに至る間の雑念的な諸々は「どうでもいいことばかり」という事実に気付け

 

自己制御すべき事を認識していないと、制御しようがない

 

ダイエット中だけどケーキ食べたい→体は命の脅威で無いことにはOK…自分との闘いが大事

 

睡眠不足は正しい判断出来ない

ストレスは一瞬でやる気を奪う

疲れていると抵抗する気になれない

 

意志力は筋力に似ている。使えば鍛えられるし使い過ぎると消耗。

 

意志力が弱まるタイミングを知る(私は開店直後からの2時間がダメ

 

目標を細かくステップ分けして達成(大きな塊は砕いて運ぶ的な

 

意志力を鍛える方法として難しい方を選ぶ(普段の生活の中の選択で小さく積み重ね訓練

 

脳が出す「もう限界」情報はかなり早い段階で出る仕組み

だから疲労感を気にしない+達成するぞと望む力が限界を引き伸ばす

 

チャレンジが成功したらどんな良いことがあるのか

このチャレンジが成功したら、他の誰に利益があるのか(自分以外の誰かを喜ばせるなら人は頑張れる

今が辛くても続ける内に段々楽になると想像する

 

しようとしただけでやった気になり満足(やることリストを作ることがやる気を奪う

 

自分の中の言い訳を知る。脳は勝手に「やるべき目標」をすり替えるので、要注意。

※ジャンクフードにレタスが入っているのを見て、レタス=ヘルシー、たったこれを見ただけで脳は健康や美容に留意したい気持ちを達成とすり替えて、ジャンクフード食べる気にさせる力があるそうですよ。

 

自分に「何故そうするの?」質問する

 

進歩した結果だけ見ようとせず、そこを目指す姿勢に価値を見出して

 

道徳的に正しい位置づけする/または位置づけされたものに相反したくなる性質

※これ、大きいファクト。人間誰でもそういうものという中で、案外知らないことかも。みんないい人でいたいと思っているのに、デフォルトがそうでもないって凄くない???ギャップを知っておいたら、制御対象として観察しやすいかも。

 

誘惑キーワードを見つける。

※自然との調和とか、命を大切にとか、体に優しいとか、お得とか、世のキャッチフレーズの中にあるキーワードがスイッチとなって、だからいいやと選択してしまうことが思った以上に多々ある

どうにでもなれという気分の落ち込みは挫折まっしぐら

 

大半のストレス解消法は意味が無い(やって時間とお金と気持ちを消耗してるとなれば、やらない方がいいなと思いました

 

暗いニュース→死の影→私もいつか死ぬ→ストレス→不安やストレス解消に快感が得られそうなことに手を出してしまう(止められないし、効果が無いけど「得られそう」だから続ける。好きなもの、自己を高めてくれそうなものに手を出す、例えばブランドものを買っちゃうとか

 

誰かの感情や生活習慣に「感染する」

※良い方に引っ張られるならいいけれど、そうも限らない

※誰か真似たい人がいるかと思いめぐらせたら、私の周りには、私が見本にしたいような成功例が居ない!!!と気付いたことが一番驚愕!!!これじゃ、感染されたくても、感染源が無いから、私が苦労するのは当然なのでは?と思ってしまいました(苦笑

 

他人の欲求を自分の欲求のように感じる(誰かの行動を見る、真似る、から相手の欲求を察してシンクロ。目の前の相手が腕組みするとこちらも腕組みしてたりするような無意識の行動はそういう一端

 

目にした失敗を真似たがる脳、無意識に相手の心を読もうとする脳、感情が感染する脳

※他者と調和したい性質があるに違いない。一匹狼的生き方が出来ない社会生活。共存が必要条件で歴史が積み重なってるから今の脳。望む望まぬ以前に脊髄反応的に走るルートがあるなら、それを認識するだけで変われそう。

 

鉄の意志を持つ人、好きな人から感染すること
※父と母が人間的には該当する見本なのですが、経営者のモデルが居ないのはビックリなのでしばらく探してみようと思います

 

仲間を真似する(本当はそうなりたくなくても引きずられる感、みんな同じでいたい

 

努力するのを普通に(誰かがそうだからではなく、自分は自分と区別を認識すること大事

 

プライドが意志力の量を増やす、認められたい力を作動させる、義務感を使う

 

シロクマのことだけは考えるなと言われて、シロクマのことが頭から離れなくなってしまう(リバウンド効果

考えないようにしたいのに、考えないようにしようと意識することで埋め尽くされる

頭に浮かぶ事は真実だと思い込む

浮かんだことと向き合う、振り払おうとすると囚われる

止めろと言われたことは実行してしまう、ダイエットは太るための行動

※禁止事項なんて一番意味が無いのね

 

思考は禁止しない。行動は自制。

禁止という意識を、しないという実行に書き変える。やらない力をやる力に書き変える。

※2011東日本大震災の時にテレビを見ない選択をした時、心が楽になりました。嫌な映像を見ない力に書き変えたからなんですね。その浮いた時間で読書、事業の宿題と、たくさんの事が出来ました。これは分かる。

 

 

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スタンフォードの自分を変える教室

若い時、いつも自分の足りないところに目がいって、劣等感の塊だった店主も、齢50となり、今では自分に甘々となりました。

「うまくいかない時もある」「明日から頑張ろう」

と、先延ばしたり、腰が重くなって来ているのは、ちょっと甘過ぎるなと思ったりもして。

毎年6月辺りは、事業について考える月間。

過去の手帳を開いてみると、サイクル化している自分の様式を見つけました。

3月辺り確定申告の結果を見ながら振り返り、4月は今年の事業展開を考え、5月は年間払いの支払いが重なるのでキャッシュフローが心配になり、6月に先々の不安を払拭したくてもがく月。

休店日の本日、「練馬ビジネスサポートセンター」へ出掛け、無料相談で何をどこまでしてもらえるのか聞きに行ってきました。お金に余裕がない個人事業主ですから、公共の無料窓口は活用したいところ。

 

一昨年は、商工会議所の無料コンサルを利用。
Web活用に詳しい方を派遣してもらいました。

人に頼む時には、こちらの実情を開示する必要もあり、それが結構なストレス。何しろ、専門家と言われても、赤の他人で初めて会う人。問題を抱えている状態を他人に知らせることは怖いけれど、相手も知らないことには手出しのしようがありませんものね。

それで、おっかなびっくりでしたが、実情を把握してもらい、一般的なWeb集客の話に終始せず、私が考えている目的や方法についてメリット・デメリットを一緒に話し合い、私が自分で判断出来るように情報をまとめる手助けをしてもらえました。


それが後押しとなって、一昨年はHPを大改修。
我ながら、一人の工数で短時間でよく出来たなと感心。行けるかも!と迷いが少ない状態で走るのは速いということですかね。その改修後、通販の受注件数は伸びておりますから、一応成功と手応えは感じております。

 

今回は、新たな問題について相談をと思っていたのですが、窓口の方から「現状の見直し」も暗にすすめられたので、素直に受けてみようと思います。今年の改善業務、スタートラインに立ちました。

人に会って話をして気分的にスッキリしたら、何かをやった気になってしまうと、他のやらなくちゃいけないことを後回しにしちゃう癖があるわたくし。

いま読んでいる本は、そういう悪癖に効き目ありそうな本。

 

巻頭「誘惑や依存症に苦しんだり 物事を先延ばしにしたり やる気が出なかったりして 困った経験のある方々~つまり、すべての人~に本書を捧げます。」とありまして、まさに素敵な内容。

思えば、私が「始められない」「止められない」「続けられない」で失敗した時には、こういうパターンだったなと思われることが網羅されていて、例えば生理学的な解説、例えば心理学的な解説が入り、「ダメだったあの時を客観視する」のにとても役立ちます。

そして、自分の繰り返す癖を回避できる「かもしれない」方法が出ていまして、それが10あるならひとつづつ、1週間試してみて、1でいいから、自分にとって有効な方法に行き当たれば、もう次から大丈夫。

ポイントは、1つ試してダメだったから全部ダメと思わず、10個100個を「全部試す手間」を惜しまず楽しんでやること。

1つさえ満足にできなかったのに、10?と思いましたが、それをやって来なかったから今があると思えば、脳や意識が摩擦を感じても、それを越える事が、「自分の制限を越える」事が大事なのでしょう。

現状に満足していないのなら、現状と違う道を選ぶしかないのです。

 

ああ、「練馬ビジネスサポートセンター」とのお付き合いが、刺激的で有意義なものになりますように。今からドキドキです。

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愛の水差し波々と

人が何か決意し、行動へ移そうとしている時に、決意を語る方っていますよね。

その方に向けて、「頑張れ!」と応援を前面に出す人と、「そんな簡単じゃないよ、○○しないようにしないと」と注意喚起する人と、2パターンの対応があるかと思いますが、わたくし、ある時から注意喚起は、ほぼしなくなりました。

 

それは、開業をするとなった時に、友人知人から受け取った「心配から生まれる」愛の言葉がきっかけ。愛から生まれた言葉ゆえ、受け取るのですが、水を差された気分になりました。

たくさんのネガティブな言葉をもらい、それをたくさんはねのけて開業したもので、それ以来、心配から生まれる言葉は「呪いのよう」だなと思っております。

 

自営業の先輩など、実際、同じことを経験した結果の言葉を発している方は、具体的に、ディテールのある内容について注意喚起をして下さるので、こちらは非常に参考になりました。

 

リスクがどれだけあろうとも、やりたいと決めて行動を始めた方は、他人には失敗が見えていても、自分が体験するまでは腹落ちしません。(店主体験談)



本を読んで分かった気になっても、それは現実では無い訳で、本を読んで成功するなら、世の中から失敗という言葉は無くなり、誰もが成功者となり、そっち系の悩みは消滅するでしょうね(笑 そうなって欲しい気持ちでおりまするよ

 

 

自分に夢中な最中の人ですから、「あなたと私は違う」という感覚が奥底にありますから、余計に反応して人間関係がこじれかねません。(店主体験談)

 

 

これは、あの人は止めておきなさいと言われても、恋に落ちる気持ちと一緒。亡くなった愛しい人を、いつまでも忘れられないのと一緒で、諦めきれない心が強いうちは、そこへ進むための推進力しか心には無い。

 

 

 

その心配は、その方の失敗や不幸の経験を投影した言葉。

あまり楽しいエネルギーを感じないのは当然。


それ以来、まずはどうしたいと思っているのか、

その方の妄想を聞いてから、対応を考えるようになりました。

そうすれば、具体的なことを考えているのか、

抽象的にがんばると言っているのか、分かりますよね。

 


具体的なら、「私の経験なんだけど、

〇〇も考えといた方がいいですよ。私知らなくて困ったもの」

みたいな流れで会話すれば、相手が知りたいことがあれば

聞いてくるし、お互い有意義な心の交流になります。

 

 

私が話せるのは、私の事だけ。

私が知っているのは、私の事だけ。 

 


抽象的に頑張らなくちゃ!と思っている方には、

勢い炸裂、加勢的な言葉を浴びせて、応援、応援!

 

 

やる気でいる人は、やるのだから、

本当に成功することを祈るなら

ブレーキは不要だなと思うようになりました。

 

 

ただし、ちゃんと相手のいる段階を見ながら、

厳しい言葉も伝えるのが愛。

その時は、当人も自覚している頃合いなので、

ザックリ、パックリ心を切り裂かれて

ショックを受けると思います。

 

 

伝える側も、痛かろうと思います。

 

 

言葉を投げられた側は、その傷を舐めたら

その分成長出来ますから、わたくしは、

厳しい言葉も心で聞ける人間になりたいと思う訳ですが、

修行が足りず、カッとすることがまだ多いです(苦笑

 

 

精進しないと。

 

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紫彩の古賀さん来店

朋有り遠方より来たる。
有明の海苔漁師、古賀さん来る。

いま、環で一番数が動いている商品は、有明海の海苔。
日本で一番美味しい海苔「紫彩」

 

こちらは海苔を摘んだまま乾燥させており、香りがとにかく鮮烈!歯ごたえ・歯ざわりがしっかりしていて、味が濃い。

 

お酒のおつまみを始め汁物、炒め物にも入れて欲しい美味しい海苔で、子どもが試食すると凄い美味しい!と素直な反応が面白いほどの海苔。

 

その生産者、古賀さんが環に来店してくれました。

福岡県の古賀さんと、ちょくちょく行き来も出来ませんから、普段はSNSを使ってのやり取り。昔なら出会うこともなかった人・モノに出会うことが出来る世の中になりました。

 

 

ところで紫彩。

先日渋谷の宮下公園近くにオープンした「久留米うどん」でもトッピングに使われているそうです。久留米うどん

讃岐と違って柔らかいのだそうですが、美味しいと評判。
ご当地グルメが居ながらにして食べられるのが東京の凄いところ。
ちなみに、今はランチ営業しかしていないとか。

もとい、上京ついでに古賀さん降臨。
会いに来て下さったのは本当にありがたいことでした。

ところが!わたくしときたら、遅刻開店したもので、古賀さんを待ちぼうけさせてしまいまして・・・失礼やらかしました!ごめんなさい!

でも、会えて本当に良かったです。

初めて会った気がしないぐらい、雑談に花が咲き、おかげでSNSではつかみきれない古賀さんの存在感が分かりまして、ますます古賀さんが好きになりましたし、紫彩も好きになりました。

古賀さんに「全国の人に、紫彩を日本一美味しい海苔だと覚えてもらえるように小売店がんばる!」と宣言しましたから、これからも紫彩の美味しさを皆さんに伝えて行きたいと思っております。


古賀さんのブログで、当店のことを紹介してくれております→http://ameblo.jp/burenori/entry-12282576444.html

古賀さんの紫彩の通販は【こちら

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テナント更新

今日は、テナントの更新手続き。
気付けばば3年経ってたんだなと、時の速さを思います。

 

大体、こういう時は振り返り勝ち。

もう若くないと自覚してから、特に節目は振り返り勝ち。

 

お金儲けは元々下手だから、左団扇はまだ遠いけれど、人儲けは自慢できるほど、たくさん、たくさん。

 

江古田は縁もゆかりもなくたどり着いた街だから、最初は一人ぼっちでした。何もかも、私一人で頑張らなくちゃと必死だったな、一年目。

 

開業年数が近いお店同士で交流することから始めて、3年目に店舗移転。この頃、経営的に非常に苦しくて、どうしたものかと悩んだ時に、今の店舗が空いていて、経営の安定化のために、急務が「固定費削減」大きなテナント料を削減するため、今の場所へ移転。

 

その時に、友達が手弁当で荷物の移動を手伝ってくれて、引っ越し費用はほぼゼロ円。肉体労働を提供してくれたお店の方もいれば、台車を貸してくれたお店の方もいて、感謝の涙。

 

新しい立地は商店街活動が盛んな場所で、商店街のお仲間として、周りのお店の方が無条件に気遣うし助けてくれるし、たまに面倒事もありますが、それもご愛嬌。

 

開業当初思っていたのが「街の景色になりたい」

そこは、実現できたかなと思います。


拠点があるということは、幸せですよね。安心。

私にとっては実家が人生の拠点。

だけど事業は江古田が拠点。

最初の一発目で江古田を引き当てたこと、

私は本当に運が強いと思います。

江古田で出店したい方がいたら、私にお声掛け下さい。

私がこれまで知り得た情報をご提供いたしますから、

ぜひお店にいらっしゃって下さい。

お仲間になっていただける方なら隠さずお話出来ます。

 

次の3期は、左団扇を目指しつつ(笑)
江古田からもうちょっと広い世界を目指して頑張ろうと思います(大宣言!

私の生まれ星は、タテ・ヨコ・ナナメ全てに広がり、距離を稼いで遠くへ遠くへと行くようなキーワードが得意なんだそうです。社会人になってから、関わってある程度実績が出せた仕事というのが、そのキーワードに引っかかるものばかり。

 

江古田に根を下ろすことは、当時のわたくしには未知の世界への旅立ち並みのおおごとでした。そこが、自分的には当たり前になったのですから、凄いことを成し遂げたと自分をほめているところ。

 

次は、どんな広さを目指そうか、ただいま青図を検討中です。

 

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青図、そう言えば、最近は図面引くのもパソコンでCADだから、ジアゾとか、今は昔なんでしょうねぇ(苦笑

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「有名人になる」ということ

勝間和代さんの名前はよく聞いておりましたが、本を読んだことが無かったように思い、選んで読んだ一冊。

 

本当なら、ビジネス書の方が彼女の本分なのでしょうけれど、この本、なかなか面白い本でした。勝間さんがお友達だったら、ぶっちゃけトークが楽しいんだろうなと、彼女の人柄に好意を感じるほど。

 

今どきな、SNSのおかげで、ある範囲での有名人になるのは簡単になったと感じます。わたくしでさえ、江古田で道を歩けば「あ、環さん」と声を掛けられたり、挨拶しあったりの毎日です。

 

それで何が起こるではありませんが、私は人に知られることで、プライバシーがどうのとか、生き辛いことは皆無で、人とのふれあいが増えるのでいい事づくめな印象。

 

彼女の場合、ある目的があり、その実現のために、なろうと決めて有名人になるように行動した、と冒頭にあり、ものすごく気になるイントロ。

 

なりたくて成った有名人だけれど、出来るから好きだからとは程遠いのに頑張ったともあり、話の展開に惹き込まれます。

 

私は、店頭セールの時に、じゃんけんに勝ったら更に割引、なんて遊びをやることがあります。じゃんけんは、確率の勉強の時に例題として解いた経験上、無理のない予測が出来る範疇の遊びなので、お商売でも怖がらず割引を設定できます。

勝間さんがも確率論を前提に思考するのですが、私とは大違い。

私のじゃんけんは「2人+1回+3通りの勝ち方」という単純組合せ。

勝間さんは「確率5%の勝負を繰り返し50回やって全部負ける確率は7.7%。100回で0.6%」繰り返すことでリスクが減る前提で、「1回やってダメなら終わり」なんて前提にしていない。彼女は、達成するためのルート検索をしているのです。

 

「剣筋を見極められたら、かすめたとしても当たらないと分かれば怖くはない」というような言葉が浮かびました。人の生き方も似たところがあり、闇雲に怖がっていては何も出来ないし、見るべきものが見えていなければ自分で刃に当たりにいく愚行も犯しそう。


見るべきもの、知るべきものは何か、それを考える力と情報収集する力が必要。確率の計算もこういう場面で使うと思えば、高校の時にもっと極めたのになと後悔(今からでも遅くないですね。

なろうと思って取った施策も紹介されております。
やはりゼロからいきなり注目されることは稀有で、自分が積み重ねてきたコンテンツがあり、それが魅力的で、そこに目を留めた方から引き合いが来て、知り合った人脈が広がり、引き合いが増えていく、という連鎖が広がる末に、有名人になったことが書かれていました。

サラリーマンの方なら、偉くなれば権限が増え、接する情報の質が変わりますよね。それと同じことで、有名になれば、誘蛾灯に集まる虫のように、いろんな質のヒト・モノ・カネがやってきます。自分の有名度が上がると、質の高いヒト・モノ・カネがやってくるので、相手の質に応えられる自分も必要になってくるので、常に自分磨きも必要。

勝間さんでも、そこに至るまで10年掛かっているなと振り返っており、その10年には、有名人になるつもりがなかった時代のコンテンツの積み重ねも含まれており、経験はすべて自分のためになるから諦めないで頑張りなさい!とエールをもらった気分。

環は、小売やバイヤー未経験の店主が、脱サラで40過ぎてから始めた雑貨屋です。本当は、漆器専門店をやりたかったけれど、それで食べていくには、かなり難しい商材なもので、伝統工芸と和雑貨屋を扱う店にいたしました。正直、漆器は全体売り上げからすると、切ってしまっていいぐらいの動きです。

勝間さんの本を読んで、気付きがあったのですが、私は漆器を売りたいのは、お金儲けの前に、漆器を使う心地良さを知って欲しかったということを、日々の営業で伝えられているだろうかと疑問が生じました。伝統工芸全般、雑貨も含めて、商品紹介はスペック紹介と感想文になってる。これは、他の人と同じことをしているだけで、環らしさはそこには無い。差別化が、全く出来ていないじゃないか!と愕然といたしました。


ルーチンの量をこなすことは出来るようになったのは、頑張った自分のおかげ。気づいたからには、明日から試行錯誤はじめよう!と、白い紙を前に、思考整理の乱れ書きスタートです。

これをやると、雑念も全部書き出して取捨選択するので、気持ちがスッキリします。思いつくまま、関係無いことも全部書き出します。まだやったことが無い方、ぜひ試してみて下さい。

 

勝間さんの薄い本のおかげで凄い気付きがもらえました。

勝間さん、ありがとうございます。

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まちゼミ2日目終了

「まちゼミ」2日目を終えて、ちょっと中休み。

「まちゼミ」は、愛知県岡崎市の商店街の活動が大成功だったことから、二匹目のどじょう的に、全国の商店街で開催されているイベント。【ご参考

  

平たく言えば、「売りたい気持ちを心に隠し」、お店や店の人を知ってもらい、扱っている商品やサービスの特徴やこだわりをセミナーとしてお伝えすることで、来店ハードルを下げるのが目的のミニセミナー。

再来店してもらえたら、成功。

その時には、お買い物をしてもらったり、ご利用いただけるという前提。皮算用バリバリです。

 

そんな風にうまく誘導されてくれると、いいなぁ(うふふ

 

(※画像のような、金継ぎのうつわの通販は【こちら】)

 

商店街のみんなで一斉にやることで耳目を集め、

商店街の特色作りにも役立てようという活動。

練馬区全体の商店街でやっております。


私も、デザインコンサル時代は、売らんかな精神が出過ぎると、

お客様の買う気は引き潮のごとく遠ざかるのだと言ったものです。

自分がそうされたら嫌だと思ったし、信じて疑わなかったです。


私がその話をしていたのは、2000年の頃。

今年は2017年。原則的なことなのだと思うのですが、

いまだまんまで、ディテール深掘りした内容に

なっていないところに、驚きを感じます。

 

そして、「まちゼミ」は、

売らないスタイルが売るための最短ルートという

岡崎の成功事例を真似しているのです。

 

私は天邪鬼だから、

岡崎の方達が、今でも同じことをやって、

同じ成果が上がり続けている、継続的メリットを享受出来ているのか、

後発ならではの特権として、経過情報ももらっているのだろうかと

いろいろ気になってしまう。


商品・サービス、立地や顧客が異なるお店が、

みんなで横並び金太郎飴的な活動をするのは、

商店街程度の商圏がかぶる関係ならありですが、

広くあちこちでやるというのは現実味がないなと感じます。

 

ああ、批判的。

 

それでも、やってみないことには、

いい/悪いも知ること能わずで、

しばらくは倣ってみたらいいと気持ちを決めて、

テスト実施含め通算6回目の参加。

やってみたところ、金継ぎのお話会はとても人気。

だけど、やって来るのは、少し離れたエリアの方ばかり。

そういう方達は、用が済めば来なくなる、遠くの人。

出来れば、これから長くお付き合いして下さる方と

出会いたいのですよね。一人でいいのです、一人で。

 

環のターゲットは40代50代なので

その方達の心にヒットするテーマを検索し続けることは大事。

例えば、そんな事も含めて、まちゼミのテーマややり方を見直し
改善するの、大事。

私に権限が無いものは考えても仕方がないので

何で岡崎の真似っ子?なんてところを考えるのは早々に放棄。

 

わたくしが仕切る範囲の事柄を改善することで

目指す結果が得られたらいいなと思います。

それでも無理となれば、参加を止めるのかな。

 

開業以来、年々年を取り、反射が鈍るお年頃。

分かっちゃいるけど、なかなか刷新するのもエネルギーがいるので

ホイホイ出来ないのが悩みです。

雑談のような相談を振る相手もいないし、

ひとり個人商店って、ほんと自分ひとりが頑張らなくちゃ

立ち行かない感じ。

友達のたびえもん店長ごっちんのおすすめの

しいたけ占いによると、今週の私は、忙しく考えること

行動することが続いて疲れが出てきているので

空っぽの時間を楽しむ(休む)タイミングに来ているのだとか。


個人商店、残業し放題なブラックさ。

事業が好きで、楽しんでいる間は、

休まず動くことが苦にならない、不思議。

 

私は、自分の感じているストレスに鈍い方で

目的ややりたいことがあるうちは、他が見えなくなり勝ちだから

考え「続ける」とか働き「続ける」とか

続いているなと感じたら、一旦停止がいいようです。

 

次の休店日は7日ですが、予定を全部翌週へずらしして、

前から行きたかった三峯神社へでも遠足しに行こうかしら?


 

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ホ・オポノポノ

今年、50になります。

そんな年でも、人生に惑うことは起こるもので、人間て、いくつになっても悩み事から解放されないものなんだなと思います。

 

不思議なことに、そんな気持ちで営業していると、惑っているお客様がやってきて、惑っている話を聞く機会が激増。

私の生きている江古田時間は、シンクロ多め。みんな、悩んでるなーと思えば、私だけじゃないのだから、頑張ろうと思ってみたり。

良くても悪くても、誰かしらが、糧になってくれる日々。ああ、江古田大好き。

 

と思いつつ、自分が抱えている懸案はわたくし固有のものであり、私が決めるしかない事柄。「今すぐどうしたらいいか分からない」がために、モヤモヤとしております。

 

こういう時、Aの結果もBの結果も両方手に入れば、どんなにワンダフルか…と妄想。

欲張りなわたくし。

 

現実逃避なのかもしれませんが、そういう気持ちになると、「ホ・オポノポノ」を思い出して、自分の中にある、問題の原因となる「記憶」を消し去るための言葉を唱えるひと時。「ごめんなさい、許してください、ありがとう、愛しています」4つの単語は、消しゴム機能だけで、意味を置く必要は無いし、意味を込めて唱える必要もないそうです。もっというと、消す機能を持たせられるなら、好きなイメージでもいいのだとか。

 

お客様に、こういうスピリチュアル系のお仕事をされている方が何人かいらっしゃいますが、名前が違っても、本質的にはホ・オポノポノと同じことで、クライアントをヒーリングしているのに気がついたら、なら、私は自分ひとりで出来るホ・オポノポノをやってみようかなと思った次第。

 

私達は潜在意識でつながっているから、自分を癒やせば他人が癒えるという理屈。

詳しく知りたい方は、私が持っている薄い本を貸し出しますから、お声がけ下さい。

不思議な話ですが、量子力学の世界にも通じるような、無いとは言い切れない話。

なると信じれば、なるような、まさに量子力学。

 

私の持っている薄い本に書いてあった事例で、自分の中の「問題の記憶」を消す過程で、母を癒やした方の話が出ているのですが、母の積み重ねてきた苦労の記憶や、辛さ、寂しさが、自分の中に浮かんで来て、泣けて泣けて仕方ない瞬間がやってきたのだとか。後日、母親の頑ななところが解け、母自身の人生を楽しむように変化し始めたという話でした。

最近、あちらこちらで「引き寄せの法則」という言葉を目にしますが、
人は自分の人生を自分で作っているので、自分で引き寄せられるという発想法。

 

あるコーチング動画で説明していた内容が分かりやすかったのですが、
「今日は肉を食べよう」と思う(未来を決める)→肉を食べる(そこへ向かって行動する)。

私達の時間は、長い道に例えられるせいか、過去から現在に続き、未来へと直線的に流れていくイメージが根付いておりますが、この理屈からすると、時間は未来から現在へと向かっていることになります。かつ、認識する内容が曖昧だと、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏なら手羽なのかもも肉なのか、料理方法に味付けはどうするのか、完成に至れない。未来記憶を具体的に思い描くことがとても大事。

 

そして、具体的に思い描く時に、「問題の記憶」がチラつくと、無意識にそちらへと向かってしまう。この問題の記憶は、わたくしの人生の事でも、他者の記憶に影響を受ける。私達は、潜在意識でつながっているから。

他人は自分の鏡といいますし、難しいことは考えずとも、今ある問題の原因が、自分以外にあるとすれば、自分だけでは解決出来ない可能性が大きいので、自分の中に全てあるとして、自分で解決できると信じる方が精神衛生上いいよなと思えるので、雑音的思考を止めるためにも「ホ・オポノポノ」

 

かれこれ2週間ほど続けておりますが、昨日「そうか!そういうことなんだ!」と思い浮かんだことがあり、そのことが結構衝撃的に大きなことだったもので、分かっただけで心が軽くなりました。これが、ホ・オポノポノの事例の方のように、事態の変化を起こすための一歩となってくれるといいな、、、

って、ホ・オポノポノなんて言葉を書いている時点で、凄いリアリティ無い感じで、現実逃避を思い浮かべてしまう自分もおります。ああ、しかし、そういうネガティブ思考がダメ未来を引き寄せるんじゃないか、と雑念をはらう事が一番大事だなと、近頃とみに思うようになりました。年をとるほどに、経験の量が増える分、仮定提示される雑念量が増えるワカメ状態のような気がしてきました。

年をとる弊害は、こういうところかも知れませんね。

 

 

ところで。

認識は本当に大事。

失敗するかも、という不安を持つと、失敗しちゃう、みたいな。

認識は、本当に大事。

 

最近知り合った方と、時間認識について面白い話になりました。

先程の「人生は道」「過去から未来へ流れる」に関わるのですが、自然界は四季を繰り返すだけで、円をぐるぐる周り繰り返し、元の場所に戻る時間間隔。人間は、直線的な流れを想定して生きているが、自然の時間とのギャップが凄い訳です。だから生き辛い。

観念として、なるほど~と思える話で、この時間認識で生きてみるとどうなるんだろうかと興味があります。

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登場人物

仲の良い人との間で、噂話に花が咲くのはよくある話。

 

私が普段接点の無い方だったりすると、話す方の言葉や表現や内容が情報の全てになりますから、噂の人の真実は分かりません。

でも、仲が良い方が話せば、信じてしまうのが人間。信頼とは、そういう作用だから、それが普通です。

 

私にも、そういう噂の人がおりまして、あまりいい印象が無いことに疑問を持たずにおりました。

何となく、感じ悪い人前提で話題が進行するもので、話の展開も、どうもうわさの人を悪く言うような流れになります。

でも、そこに噂の人は存在していないのです。

その事に気がついた時に、この不悪口はお互いやめるべきだなと思いました。

 


噂話は、半分ぐらいで聞くか、流すぐらいがちょうど良いなと思った件。


※画像のハシビロコウ氏をお迎えしたい方は【こちら

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思いは、思っているだけでは伝わらないもの

環では通販の配送に、宅配便と普通郵便を利用しております。

 

宅配便のドライバーさんは、どの方もいい感じの方ばかり。ビジネスパートナーとして大事な方達。

 

昨年末辺りから、ちょくちょく巷でニュースになるぐらい、物流業界の現場仕事はハードワーク。なのにいつも笑顔で丁寧に接してくれるドライバーさん達に、頭が下がります。

 

ところで、このドライバーさんの中に、お一人だけとても厳しい方がおりまして、最初はそういう顔の人、そういう声の人、そういう口調の人と思っていたのですが、あまりに他の方とのギャップがあるもので、ついつい、つい、「今日も超~感じ悪~~」と思っております。

 

彼が集荷のシフトの日は、集荷依頼の電話を掛けるたびにビクビク。

 

何しろ、出た途端の声が、まるで別れたくて嫌気がさしている奥さんからの電話を受けた浮気旦那のごとし(いえ、未体験ですが、そんな感じ)「お前か、何しに電話してきたんだよ、今仕事中なんだよ」みたいな風情な訳です。

これが、目の前に他のお客様がいて、集荷中だったりすると、もっと不機嫌丸出しの声になります。全方位的に「忙しくて手一杯なのに、仕事突っ込んで来やがって」パフォーマンスか?と深読みしてしまうぐらい。

 

たまにいつもの時間を15分過ごして電話したりすると、そらもう怒られる、嫌味言われる。こっちも一人でやっている個人商店なので、店頭接客していたら、時間通りに電話が出来ないこともある。それが、毎度のことならいざ知らず・・・・


ハッ!このドライバーさんにとっては、私以外の沢山の人から、日々、たまの1回のことじゃないかと、イレギュラー対応を迫られ続けている日々なんだろうなと、思いが至りました。

 

私にも覚えがありますが、私はお店の人として、不特定多数のお客様のお相手をしております。1対多のやり取りは、キャパを越えると苦しさに変わることがあります。

ああ、そうか、そうか。ごめんなさい。

でも、それにしても、彼はあまりに余裕が無さすぎる。

 

私が勤めていた会社を辞めたくなった時に、似ている。

周りが信じられない、全てが敵とばかりに身構えて、

優しい顔したら付け込まれるとばかりに、

感じ悪い態度がデフォルト。

 

勝手ですが、彼に余裕が無いのは、精神的にギリギリなのだろうかと、別な意味で気がかりで、生ぬるく見守り中。

 

でも、どう甘く見積もろうとしても、感じ悪い態度は感じ悪いことに変わりなし。そこは仕事なんだから、改めてくれないかなと思う訳です。

すると、FB友達が妙案を授けてくれました。

彼の会社に手紙を送れというのです。

彼の仕事振りをほめ、彼に感謝していることを伝える手紙。

 

実際、宅配便のドライバーさんを、わたしは尊敬しております。力仕事荷捌きして、配達ルート頭使って考えて、安全に運転。気持ち使って接客も。彼らは素晴らしい多能工。知性と体力を兼ね備えた人々。何をやってもそこそこ上手くできる方達だと思います。

なのに、苦しい仕事を選んで続けるのは、仕事に魅力があるはずで、その魅力は「人から喜ばれる」ことじゃなかろうかと思うのです。どんな仕事にも共通する、基本。私も、人から喜ばれた時に、この仕事をやっていて良かったなと感じますから。

 

だから、感謝の気持ちを伝えてあげたらどうかという作戦は、魅惑的。

 

もっというと、その気持を、日々、ドライバー氏へ直接伝え続けるべきなのですよね。今まで、伝えて来たと思うのですが、足りてなかったということです。そこにも、思いが至りました。

 

以心伝心なんて、他人同士、無理。

それが出来るのは、年を重ねた夫婦や家族だけ。

 

だから、思いは、口に出して伝えないと。

良いことも、悪いことも、飲み込んで我慢しても、誰の得にもなりませんから。

 

ただ、何でも思ったことをストレートに言えば良いわけじゃないですよ。それは愛の無いやり方。相手に聞いて欲しいなら、聞きやすいように演出したり、デフォルメしたりも必要ですからね。

 

私は、忙しいドライバー氏に、短時間で1つ伝える言い方で、感謝の内容を日替わりにして、アタックしてみます(皆さん、ガンバ by NARUTOより

 

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母の日も、そんな感じ。

品物を渡すよりも、愛ある言葉を、お母様に直接伝えることが、一番のプレゼント。

 

 

 

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愛の刷り込み

友達の子どもが、「玉ねぎを切る時に涙が出ないゴーグル」をプレゼントしてくれました。ハイクオリティ。

 

玉ねぎを切る時に、涙が出ることを知る。

涙が出る時は、ツンとして痛いことを知る。

痛みを断つには、多分これが有効かと推察し、

実際手を動かし作ってみる。

 

ミーちゃん的には完成品。

店主の目から見ても、とても素敵なアイテムに見えます。

 

こんな風に、1を知ることで、

10にも、100にも膨らませることができるのが人の創造性。

 

久し振りに会った友人との会話に、「移動する部下が可哀想」という話題が出ました。

移動で自分の下からいなくなる部下が、

移動先で請け負う仕事は難しい上に量もあるということで、

友人としては「問題が起きないように」

と先回りして、移動先の上司と相談しているが、

方針の違いがあり、バトルっている。というようなストーリー。

 

サラリーマンの頃は、上司が上にいる身分のうちは弱者感覚があり、

かばってくれる、守ってくれると「いい上司だな」と思ったし、

それが上司のあるべき姿だと思っておりました。

 

雇われている下っ端の理屈。果たして、会社全体としては、

それが良いのかは別だったなと、今になれば思います。

経営者の理屈が、腹落ちして分かるようになったから。by 弱小個人事業主。

 

友人は非常に人情家ですが、この件に関しては、

事業運営の成功(トラブルを無くす)を主とし、

その下位要件として、具体的にアサインされる人材のことを

考えているので、「部下が可哀想」と口に出しながら

甘い感情移入はしていないと感じましたから、

「この人は立派な管理職やってるじゃん」とかっこよく感じました。

 

そして、最後に自信なさげなひとこと。

 

 「苦労するのが見えているんだけど、

あんな風になってしまったのは、

私のやり方を是として育ててきたせい」

 

 

最初の上司から得た情報がベースとなり

先々出会う仕事で、また違う価値観を受け入れ、

矛盾を感じる時に、

ようやく自分で判断する場面がやってくる。

 

比較の先に、自分にとっての真実が見つかるルートも存在します。

時間が山ほど掛かって、端緒が何だったか記憶の果てとなり、

でも最後に「これでいい」と感じるような、そういうこともある。

 

だから、愛を持って刷り込んだもの、刷り込まれたものは、

剥がれ落ちる日が来ても、悪いものではないと

私は信じております。

 

「その子にとって、最初の基準を入れてあげたんだから

あなたはよくやったと思うよ。」素直な気持ちです。


上司と部下だけでなく、親と子、自と他、

いろんな関わりに言えることではないでしょうか?

私も、元上司との摩擦の中で、自分で考えて行動するうちに

上司が何を考えていたのか、自分の選択肢として理解できるようになり

上司の苦悩が身近になり、上司の頑張りが見えるようになり。

 

「あの野郎!」と思っていた時がウソのように、

今では愛しかございません(笑

 

友人の部下が、そのことに気がつくのは「いつのことやら不明」ですが、

「出会う人全て、縁がある」「全ての出会いには意味がある」

というのはそういう時間感覚で言われる表現なのだと思います。

 

店主、今年50歳になりますが、ようやく自分の真実がひとつふたつと

見え始めてきたお年頃。

若者よ、つまり、どんなに目障りな上司や先輩がいたとしても、

その方がいることで、あなたが学ぶことはある訳で、

感謝出来ない間は「あの野郎!」でOKですよ。

 

(いつか、感謝出来る日が、やって来ますように 黒笑)

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優勝おめでとう~身内自慢

店主の実家は、津軽民謡を生業としております。

父は歌手「二代目 今重造」

母は津軽て踊り「神明子」

弟は津軽三味線「佐藤壽治」

重造会HP

 

私と妹は、何故か民謡を覚えることはありませんでした。

若い子に民謡なんて意味の分からない芸能にしか映らないでしょうね。私は青森・黒石市で幼少期を過ごし、人が集まるところでは民謡が流れる土地柄。

 

 

普通のおじさんやおばさんが、もう上手な人ばかりというのが弘前、黒石辺りの土地柄。

店主のソウル・ミュージックは津軽民謡。

 

でも、好きは好きだったのですが、三味線のさわりを教えてもらったところ、積み重ねることに耐えかねて、早々に離脱。今に至る、です。

 

父も、その頃は才能あふれる内弟子が何人かおりましたし、育成に一生懸命でしたから、サラッとしたものでした。後で聞いたら、いつかは嫁にいくんだし、芸事なんて水商売だから、そういう世界を覚える必要はないと思っていたそうです。

 

つまり、父は口に出しませんが、仕事の辛い部分をたくさん見てきたということなんでしょうね。

おかげで私は大学を出してもらい、日本を出て仕事する経験も出来ました。広い世間を見て来いと言われ、見れました。ありがとう、お父さん。

 

 

 

弟は、それでも跡取りと思われていたから、

小さい頃から三味線は叩き込まれておりまして、

大学に入った辺りからちょっと脱線しておりましたが、

甥が生まれた頃にまた三味線に戻り、

ブランクを抱えつつも津軽三味線の日本一を取りました。

 

日本一を取るまでは、数年かかりましたが、

地力のある弟が、日本一を取ったことは

家族としては、信じていたから、当たり前の感もありながら

よくやった!と誇らしくてたまりませんでした。

 

うちの父の凄いところは、唄だけではない才能。

三味線も凄いので、教えて日本一を取るような演奏に育てるところ。

 

甥っ子や姪っ子に一生懸命教えているのは父。

弟は、任せっきりです。

だから、今回の優勝を一番喜んだのは父だと思います。

デレデレと相好を崩している父が浮かびます(笑
良かった良かった。

 

そして、甥もがんばった。

教え方が良かろうが、本人がやるしかないのだもの、

いい時も悪い時も地味に地味に積み重ねてきたのは

甥の心と体の賜物です。

 

私は積み重ねることに疲れやすい。

弱さがあるから続けられずに

止めてしまったことが、人生に山ほどあります。

 

自分に合ってないことを無理せずとも、

という言い方もありますが、やりたいことなら上手くいかなくとも

やりたいんだからやれば良かったし、続ければ良かったのですよね。

 

映画「3月のライオン後編」にも、似たような場面があり、

神様は、この連休に「積み重ねる」ことを思い出させる場面を

私に繰り返し、形を変えて見せつけてくれます。

 

そうだな、そうだな。

全速力で駆け上がれなくても、一段ずつ登りますよ。

 

 

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映画「3月のライオン」後編

五月の連休、ゴールデンウィーク。
住宅街の江古田から、人々は行楽地へと旅立つのです。
つまり、お店番は居眠りするほど暇です。

毎年、5月の連休はガッツリ休もうかしらと散々悩みますが、
貧乏性がたたって、結局営業しております。


せめて、休店日は精一杯楽しもうと、親友を誘っておでかけ。

スタートは、映画「3月のライオン 後編」

2時間越えの映画なのに、あっという間に終わったような感覚。

原作よりも、救いの多いストーリーになっていたような…

初っ端からずっと涙が流れて来る映画で、
我ながら思い切り泣いてスッキリしました。
疲れてウツっぽかったかな、最近。

琴線に触れる事柄は、全て、

経験した過去と紐付いていると思います。

見たこともないような美しい景色だとしても、

全て、その方の心の中にある美しさに呼応、反応していると思うのです。

 

とすれば、始終流れた涙は、私の中の孤独感や、
努力の最中の焦燥感や、愛する人を失う喪失感や、
受け入れられる嬉しさ等々。

 

全部全部、味わてきたものと類似した

感情に反応しまくった結果かなと。

 

50年も生きてきたんだもの。

お腹いっぱい胸いっぱいに、揺さぶられた感情が積み重なってますからね。

涙しながら、「私はまだ、こんなに感情が動くほど若いところもあるんだな」

と、自分が愛おしくなりました。

 

誰がどんな立場で見ようとも、

自分と同じところを発見するような映画だと思います。

わたくしの最近の「大人の定義」は経済的な自立の先に

「誰も彼も私と同じ」と、愛ある共感の目で受け止められること、

としております。利他や自己犠牲とも違うし、表現しづらいですが、

存在を認めるゆとりというか、そういうこともあるよねと

思い至れる人が、大人だなと思います。

 

鑑賞後、友人と話したのですが、どんな選択をしても、

その結果、一時は失敗だったと感じ嘆くことがあっても、

過ぎ去れば、必ず良かったなと思えるような未来はある。

というか、そんな未来は多いのよ、多分。
だって、私もたくさん挫折を味わう人生でしたが

死んじゃいないし、結構幸せ(笑

 

そう感じるためには、最悪な状況時に、精一杯もがき苦しみ、

努力したりと行動することが必要で、苦労した分、後で笑えるかなと。
思考に埋没して、ああでもないこうでもないと考えるだけで行動しないと

迷路に入りがち。行動しながら探る未来は、必ず結果を生じるし、

受け止めるしかない訳で、はっきりする分、諦めなければ次の一手が繰り出せます。

 

だから、今苦しい場面に直面している人は、辛いだろうけれど、
絶対に最後は大丈夫だからと、安心してぶち当たっていいよねと、

救いにならないような救いのある話で盛り上がる。

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4月も終わり

昨日の「練馬つつじフェスタ」終了。

目標だった、「出店料以上の売り上げ」をクリア。

 

慌ただしかった4月も終わり。

5月からはちょっと落ち着いて、

着付け練習用リサイクル着物」に注力していく予定。

 

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つつじフェスタ。

 

昨年は、台風のような強風日で、

持っていった商品を丸ごと持ち帰る結果で、

徒労感が半端なかった上に、翌日は過労で発熱。

何だか不完全燃焼感しか残らないイベントでした。

 

お店とは違う場所でお商売をする催事に、

とても興味があります。

 

両立している方を見ていると、

自分の商品やサービスと相性のいい方が集まる場所へ

我から出向いて行くことで、互いに積極的に近づき合うような

そんな出会いが多いことを聞くと、羨ましくなる訳です。

 

実店舗商売だと、どこか釣りをしているイメージ。

水面下の魚の動きや量は全く分かりませんが、

針に掛かるのを待つのに似ていると感じます。

 

どこにいるのか分からないお客様が、

いつかやって来てくれないかなと待つよりは、

同じ趣味嗜好の人集まれ!の号令で会場で待ち合わせる方が、

お店もお客様も、近道を突っ走って出会える予感がするのです。

 

それで、店以外の場所で販売する催事は

お声掛けがあればまず出てみようというのが昨年と今年。


SNSで参加表明をしてみたところ、

顔見知りが陣中見舞いに来て下さいまして、

ありがたかったです。感謝感謝。

 

昨年の経験から、人の流れなど見る余裕もでて、

落ち着いてお客様とやり取りが出来たので、

少し経験値UPです。

 

事後総括として、つつじフェスタのような一般的なお祭りイベントで

うちの商品を売ろうとするのは無謀。

それなら、まだ一般のフリーマーケットのエリアに参加した方が

良かったかもなと思っております。

 

ああいうところに集まる方は、その場の空気感を

楽しみにいらっしゃっているような…

 

だから、その場で完結する「買い食い」なんかは

気持ちよく楽しめるけれど、今必要ではないものを

買うという行為に気持ちが乗らないのは当然かなと思います。

 

イベントの性質も、ちゃんと選ばないとな、というのが結論。

これが実体験として分かっただけで凄い成果です。

 

やっぱり、頭であれこれ思い悩むより、

1回経験する方が、得るものが大きいなと再認識。

 

機会があれば、次回は、企画コンセプトをちゃんと選んで

イベント催事に参加したいなと思います。

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つじつま2

前回、現実を把握する際に過去記憶との辻褄が大事らしいが、辻褄合致判定は結構いい加減だから、人は騙されちゃう、みたいなことを書きました。

書いてみたものの、本当に言いたいことは違うんじゃなかろうかと、もやもやを抱えておりました。

 

辻褄が合わないというのは、何と辻褄が合っていないのか。

つきつめると、過去記憶などよりも「願望や欲する状態と違う」時に、辻褄があっていない苦しさを感じていることが多いのではないでしょうか。

こういう「辻褄が合わない」は自分の中で完結出来る世界なら、合わない辻褄を合わせにいけるからいいけれど、自分以外の登場人物が多い世界だと、思い通りに他人が動いてくれるだけという状態は想像し難く、常に辻褄が合わない不満を抱えそう。

 

合わない辻褄の合わせ方なんて無い。

合わないなら、合わせに行かない。

叶わぬ夢とか思い浮かべると、辛い、悲しい、悔しいみたいな

ネガティブな気持ちがくっついてくるかもしれませんね。

でも、叶う訳のないものを、追い続ける徒労で疲れ果て

余裕がなくなるなら、追うのを止めた方がいいと思います。

 

でも、諦める必要は、無いのよね(黒笑 ウフフフ
たどるルートを変えるとか、そっちの方向性はどうかしら?

と浮かんだところで、スッキリしました。

チャレンジするということは、

ルート変更や方法変更、下手すりゃ様子見しながら

目的地自体の変更だってありですよね。

行ける、行けないの2次元・平面的判断以外に

上に行けそう、下に潜れる?と言った3次元・立体的判断を

覚えたいものです。

次元を越える。何だか、壮大(フフフ

だけど、この言葉が浮かんだら、スッキリ出来ました!

そうそう、私には今、越えたい現実があります!

越えられないかも…と未経験だから不安もあります!
越えると思ってチャレンジし続けた先にしか、

越えられたという喜びも無いのだから、越えたいな!越えますよ!

 

毎日、同じようで新しい時間。
毎日チャレンジしているのと何の違いがありましょうや。

大きなことをなすことばかりがチャレンジではないぞ、と。

毎日チャレンジしているぞ、と。

みんな、がんばっているぞ、と。
私だけじゃないぞ、と。

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つじつま

最近読んだ文章。

人は現実を把握する時に、記憶の過去データと辻褄が合うと「これは現実だ」と判定するというシステムなんだそうです。

裏を返すと、辻褄が合ってみえると「これは現実、真実」と信じ込ませることが出来る訳です。

 

そのぐらい、人の認識というのは根拠の曖昧なものだという話。

 

店主、50のオバチャンですから、やったつもりが終わってなかったとか、忘れてたとか、しょっちゅうあるお年頃。

 

自分の思い込みでは「あるはず」が「無い」もので、うわ~ん!という事態が結構あります。

あるはずという思いが強い時は、探してみる執念が強くて、クタクタになるほど探して探して、無いと受け入れる頃にはぐったりするという無駄をやらかすことも多々あります(苦笑

何だか、経年劣化、老害チックだなと思い、

どんどんこんな事が増えるのだろうかと思い、少し悲しくなりました。

「年寄りになると頑固になり、他人の話に耳を貸さず、

意固地で孤独な独居老人」なんてのを思い浮かべては気が滅入る訳です。

 

そんなある日、寝入る瞬間に浮かんできた言葉。

『いい経験や楽しい経験が無くて、悪い経験がそこにあったら、

悪い経験を引き当てて現実を組み立てちゃうってことか』

 

『成功体験ばかりじゃないよね、人間』

 

『失敗体験は、危機回避に役立つか』

『未経験にチャレンジして成功するしかないのだな人間』

 

何かそんな風に言葉が次々と浮かんできまして

結論は、チャレンジしないで過去に浸ってちゃ

新しいものが入ってこないから、やっぱりダメということ。

 

チャレンジ頻度が多ければ、失敗も多いけれど、

成功する数も増えますからね。

 

やっぱり、いい時も悪い時も、やったことがないことは

試してみるといいのです。

 

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着物に関する新サービス始めます

店主、着物は自分で着られません。
だけどこの度、着物をひとりで着られるようになりたい人に向けて

着付け練習用着物の循環サービスをはじめます。

 

これを期に、私も着られるようになる予定です。

最終的には、お店のユニフォームは袴にしたいなと妄想中です。

 

前出の練習用着物のページではいろいろ書きましたが着物がここまで廃れた原因って、

ズバリ。着物は面倒くさいから。
それもとっても面倒くさいから。

着るのに時間がかかるし、身動きしにくい。

なのに高いから要らないという言い方、目にしたことありませんか?

 

着るのに時間がかかるのは確かです。

洋服のように1枚ものを頭からかぶればいい訳ではありません。

固定は紐で腰回り結ぶだけですが、コツを掴まないと着くずれて緊急事態発生。

 

店主の年頃になると、四十肩で腕が上がらなくなり

動作がしにくくてて時間が掛かることもあります(笑

 

身動きしにくいのも確か。

普段と同じ動作、可動域で動くと、格好悪いし着くずれますし、

普段の筋肉の使い方と違う動きをすると、やたらと疲れるものです。

でもそれは、

普段洋服しか着ない人が、乏しい経験の中で言っている言葉だと

思ったことはありませんか?

洋服と違って値段が高い。
→確かに、ビックリするほど値段の高いものもありますが、

素材や加飾の工程が分かる方なら、何故その値段になるのか、理解出来るはずです。

そんな価値が無いのに高いと思うならば、買わないだけのこと。

手入れに手間が掛かる。

→好きなものなら、手入れはいとわないはず。

愛着の無い方の言葉を、自分にとっても真実として

受け止めるのは尚早では?自分にとって不便を数えて、

買えない理由、持てない理由を形を変えて表現しているかもしれませんよ。


本当に着物は面倒くさいのかな?
それは、自分で体験して、判断して欲しいです。

 

1回やってみた、ではなくて、ちゃんと着て外を歩き、一日過ごす。

そのぐらい出来るようになって、初めて

「着物は面倒で不便」と言う資格が出来るかなと思うのです。

 

店主は、冬場はお客様からもらった羽織を着ております。

「絹物は薄くて軽い」のに、一枚羽織っているだけで「驚きの暖かさ」です。

 

足元は、いつでもどこでも下駄履きです。

初めはおっかなびっくりでしたが、今は苦にならない上に、

良さが分かったら手放せません。

羽織は和式カーディガン。

着物はワンピース。

何かもう、着れそうなつもりになっております(練習しますよ!

 

洋服と比べたら袖が長いので、うっかり何かに引っ掛けたりするのですが、

それは何かとすれ違う時は手をぶらぶらせず、

「脇をしめる」ことで引っ掛かりが減りました。

 

脇をしめるのは、猫背ではやりにくいので、

背筋も伸びております。四六時中しめてるのはしんどいですが、

ちょっと心掛けると事故が減ります。

下駄履きは寒いイメージがあるでしょうが、

足袋は布地が重なっておりまして、靴下を履くより暖かいぐらいです。

 

履いて歩くとつま先から暖かくなりますし、

靴を履くことがなくなったら足の形が変わり、

指のタコがなくなり、一番の変化は、

開店から閉店まで休みなく立ち続けるお店番で疲れなくなりました。

逆に座っていると腰が痛くなるぐらい。

 

下駄は冬寒いというのは、店主的にはウソです。

これも、自分の体を使って経験することで得られた私にとっての真実。

 

こんな風な語り口だと、着物最高!という信仰を

持っているように見えるかと思いますが、そうでもございません。

 

自分の暮らしに取り入れて楽しいものなら、

取り入れたらいいという信仰は持っております。

よく、伝統的な○○をいいものと表現したい時に、

「昔からずっとある、かつ、変わらぬものだし、つまりいいもの」

という論法を目にすると、自分で生きてみたことのない時間を

引き合いに出されてもリアリティなくて判断しにくいなと思います。

 

今の「自分の暮らし」に合っていなければ、

どんなに良くても要らないです。役に立たないですから。

洋服生活に慣れた私達が、着物をこれから着る時には、

比較元は「洋服の便利さ(機能性」とか

「洋服の美しさ、楽しさ(感性」や

「洋服の買い易さ(価格など」になりますよね。

時代背景があって変化したり、工夫から変化したり、

今の着物の形になってきているのに、

時間を逆行するようなものですから、

「え、これ面倒くさい」と感じても仕方ないことかと思います。

 

ライフスタイルが激変してしまっているのに、
着物が江戸時代並みに全員着てあるく普通のものになるとは思っておりません。

でも、私は民族衣装を美しく着こなしてみたい!と思います。

今年こそ、(教えてくれる母が生きているうちに)

楽しんで着方を覚えてたいです。そして、よそ行きではなくて、

普段着の着物を楽しみたいなと思います。

 

同じような思いを持っている方に、
特に可処分所得が少ない若い世代の助けになればいいなと思い、
着付け練習用着物の循環サービスを始めます。

ご興味ある方はご利用下さい。

徐々に着物などUPしていく予定です。

 

お楽しみに。

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映画「3月のライオン」前編

登場人物が全員孤独を抱えていて、どこかギリギリ。

このギリギリ感。

なりたい自分になりきれず、生きていることが不自由と同義語で、生きる意味とは、みたいなことをグルグルと思い悩んでいた頃を思い出すというか、切ない。

解放や変化を期待し、ここから抜けたいと努力していた自分と重なる部分があって、多分そういうのは誰しもにある経験だと思う。登場人物の誰もに、自分を感じて切なくなるストーリー。

主人公と同年代だけでなく、大人こそがしびれるストーリーかなと思って惹き込まれた原作。

神木くんの零が見たくて、としまえんのユナイテッドへ。

俳優陣がとても豪華で、どの役もイメージ通り。

私は最初の会社勤めの時に、勝どき橋の辺りに住んでいたので、
この映画に出てくる景色が、自分の過去とオーバーラップ。

人生には消去法の選択ってのがあって、消去法と聞けば
消極的な選択に思えたとしても、それしかなければ
積極的選択になる。だから、何をどう選んでも、
選択している時点で人生を積極的に生きているんじゃないかな、
と見ていて思いました。

零くんも、他の登場人物も、みんな積極的に生きている。

オンタイムで迷い、悩んでいると、俯瞰できない。
何手先を読む棋士でさえ、人生に悩むよ、というのが暗喩に感じます。
答えは無い、だから生きて進んでみるしかない、みたいな。

若い人達が悩むのと裏腹で、おじさん達は明るい~、大らか~

将棋連盟の神宮寺会長だって、昔は同じく道に迷っていたはず。

なのに、今ではあのいい加減=いい塩梅。

時が解決する問題は、
きっと、人の意識の部分が大きいかなと、改めて感じます。

悩んでいることの真ん中にいる限りは、そこから離れられませんが、
視点を変える、受け止め方を変える、つまり意識を変えると、

事態が変わるのではないでしょうか?

私の場合、深く悩んで惑っていた時は、「自分が主人公」でした。
今は、誰もが等しく主人公なのだと思うようになり、

相手に共感と愛情を感じることが激増し、世間への信頼が増え、

人間関係が楽になり、すっかり神宮寺会長レベルです(笑

一緒に映画を見に行った友人とメールで感想会。


孤独は誰しもが感じているもの。
私達はお互い独身だから物理的にも孤独よね。

だけど、1人でいいから、友達(理解者)がいたら救われる。

そして、孤独は悪い訳でもなくて、

孤独だからこそ、相手を思いやれることもあるよね。


孤独は、相手を受け入れるための人生の仕掛けかも。
しんどいけれど、これがあるから、相手を受け入れて
自分の不足感を解消できるような気がします。

映画後編で、各人の孤独が昇華され、気持ちよく終われることを期待。

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私にとって簡単な事が、隣の人には難しいこともある。

こうすればいいのに、あの人は何故やらないんだろう。
ふと疑問が浮かんだ風を装いながら、
相手に対する不満がギラギラと出てしまう時があります。
人間だもの by みつを(ふふふ

他者と交わる商店街活動や個店同士の付き合いは、
楽しいながらも冒頭のギラギラと隣合わせ。

学校や会社で毎日顔を合わせる仲間と違って、

阿吽の呼吸になるまでが掛かりますから、

過渡期はどうしてもギラギラする瞬間もあります。

そして、ギラギラが去来している最中は、
何で(こんな簡単なことが)出来ないのかな?という思いが

ど真ん中にあるような…

心の波風も立てずにスルー出来たと思っていた某日の出来事が

寝入りばなに浮かんで来た夜。

ふつふつと不愉快な感情が浮かびかけた時、
「私にとって簡単だからといって、
あの人が出来るとも限らないものよ」

と言葉が浮かんできました。

こういう時の言葉は、自分の言葉でありながら、

どこからともなくわいて湧いて来たような印象もあり、

誠に不思議。

ここから、ちょっと電波なことを書きますよ。

私は、自分という人間が、時にAと思い、時にBと思い、
くるくると気が変わるのは何故だろうと思っておりました。

反射的、直感的な言動をしてしまう時があると、

普段の自分と一貫性が無くなることがあり、
これはどうしてなのだろうかと長年疑問に思っておりました。

その振れ幅の大きさから、ひとからは気分屋と分類され、

自分でも支離滅裂感があるもので、自己嫌悪。

自信なんて持てないから、心も不安定。

かれこれ50になって、たどり着いた結論は

「私は1人ではない」のかも知れない、ということ。

体を入れ物とする「魂的な存在」が存在しており、

ひとつの体の中には、いくつも同居しているに違いないと

思うようになりました。

しかも、私を構成する魂的な複数は、

日によって、この体に居たり居なかったりするようなのです。

同じ仕事をやっているのに、

「日によって」億劫だったり、サクサク出来たり、
明らかに自分なのに違う日があるはず。
そういうのも、説明がつくではありませんか。


「生きるって何かもう、いろいろあって大変なんだよな、、、」

という気持ちを、相田みつをさんの「人間だもの」に見出す人が

たくさんいることからも、私以外の人も似たようなものなのでしょうね。

みんな、自分は1人じゃ無いのです。
社会的には信じられておりませんが、そうなのです。
(そう思えば、一人でいても孤独ではないのかもよ。)

以上、電波コーナー終了。

寝しなに浮かんできた言葉、
「私にとって簡単だからといって、あの人が出来るとも限らないものよ」

ああ、他人を許しなさいとどこかの聖人が言っていたような(ウトウト

続きがありまして、
「相手にやらせて出来ないと怒るより、

出来るあなたが代わりにやってあげたら?」

という声も浮かんで参りました。

そう思えたら、

「私ばかりが頑張って、何だかイライラしたわー」

という不満が、

「あの人を助けるというのが今回のお役目だったのかもな」
と変化し、そのまま寝落ちです(笑

黒い気持ちでギラギラと暑苦しい心持ちの時は、

相手をどうこう思う前に、自分の本当の気持ちを探ること。
=今日の自分の中にいる魂的な存在との対話をしてみること。

自分の得意や出来ることが分かり、凄いな自分と自覚して、

 

ま、今回はいいかと、他人に対して大らかになれますよ(当社比!

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鯉のぼりは外

若いカップルがヒソヒソ話。

「これ、絶対飾らなくちゃいけないのはどれなんだろう?優先順位あるのかな?」

なんのことかなと思いきや、鯉のぼりに金太郎、他にも兜の飾りもあるしで、疑問がわいたのでしょうね。

お雛様なら、ミニマムのお飾りはお二人だけ。さて、端午の節句は?ということをヒソヒソ、ヒソヒソ…

「鯉のぼりは、ほんとは外よね」と声を掛けたら「あ、そっか」

都市部ではあまり見なくなりましたが、店主の小さい頃は、田舎のお家には鯉のぼり用のポールが立っていて、季節になればあちらこちらで鯉のぼりがたなびくのが普通の景色でした。

そして、目にしないとこうやって、元のかたちが分からなくなるのですよね。

鯉のぼりは外!

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エイプリルフール

そういえばエイプリルフールでしたね。

 

言っちゃっても嘘に出来る日という解釈で、言っちゃいますYO!

 

「宝くじに大当たりしちゃいました!これを元手に、商売替えして、明日から『札束風呂屋』やります。みんな、札束浴びに江古田へ来てね!」

 

 

ちょっと黒い店主がにじみ出た、ブラックな話題でお粗末。

 

神様、誰かを笑わせたくての不妄語です。お許し下さい★

 

小さい子達が、ボールがたくさん入ったプールでワーキャー遊んでいる姿を見て、楽しそうだな~と思ったことがあります。店主も、実はあの子ども向けのボールの水面に飛び込みたい、飛び込みたい見かけるたびに思うのです。

 

大人も入っていいボールプールを見かけたら、どうぞ店主にご一報下さい。

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愛ある言葉を紡ぐことが、私の仕事のひとつである

最近、坂爪圭吾氏のブログ「いばや通信」を読みふけり、坂爪氏の詩的な言葉遣いにとても憧れているところ。

 

真似は、結局「なんちゃって」「偽物」にしかならないと思う人が多いかと思います。真似には、オリジナリティが無いというネガティブな意味を込めて使う場面が今どきは多いと思います。

私は育った環境が津軽民謡を生業とする家で、先人の芸能をひとまず完コピ(真似)が既に難しい世界なので、真似はポジティブに凄いことだと受け止めるものでした。

真似は≠(ノットイコール)偽物という常識の中で育ち、真似る対象のレベルや、真似る目的によっては、立派な芸術行為になりうるという感性で生きております。

工芸の世界だって「写し」なんて言葉を使いますから、ハイレベルなものをリスペクトし、追いつきたい、何なら追い越したいと思ってやる真似っこは、新しさを生む事もある訳で、誰かのオリジナリティを侵害する行為ではないと思うのです。

 



(概念としての話なので、具体的な真似事例を、おしなべて侵害してないと言っている訳ではありませんので、ご容赦願いますよ。)

 

もとい。
坂爪氏のブログを読みながら、彼の言葉の中に感じる希望の光のような力に惹かれ「ああ、私は愛の泉だということを、忘れていたな」と振り返り。

愛の泉とは何か。
わたくしが時折唱えているおまじない。

自分の存在が、そうありたいなという宣言のようなもの。

私は愛の泉です。
あふれる愛の泉です。

とめどなく流れる愛の泉です。
私は泉の水を、出会う方全てに差し上げます。

私の泉の水を飲み、乾きを潤した方の笑顔が

わたくしの泉の源泉…といった調子。

寝起きにつぶやくことが一日のスタートの儀式でした。
私にとっては、呟いて心地が良い言葉だし、そういう存在になりたいなという意思表明でもあったので、続いていた習慣だったのに、そういえば、最近すっかりご無沙汰していたなと思い出した次第。

 

愛の泉。

坂爪氏のブログでも書かれていましたが、自分が満ち足りていると、人に与える余裕が出来ると私は信じております。心配事や悩みに囚われたりで「心の安心感」が危うい生活を送っていると、心が閉じるというか、「自分大変で他人を気に掛けていられなく」なる。

事業は6年目に入りましたが左団扇には程遠く…(苦笑
でも、心は大いに安定しているところを見ると、私の場合、金銭的な量よりも、精神的な満足感の方が幸せ関与率が高いみたいです。

 

私の泉は、いま満々と水をたたえている状態。

大丈夫だ、このまま進もうと思える状態。

とはいえ、毎日やっていることは、小売店のお店番だから、満水でも世界の理不尽をことごとく滅することは出来ません(ああ残念)

 

ああ、ささやかだな、非力だな、何も出来ないなと、こんな年まで生きてきたけれど、何が出来るんだろう、何が残せるんだろうと思うことが、たまにあります。生きている限り、仕事をしている限り、何か「成果」が有るべきなんだという迷信に惑わされているんですよね。

 

変化は必ずしもいいことばかりではない。

自然界の変化は、後退、悪化、退化もある。

でもわたくしは、ビジネス新書を一生懸命読んで、これが最新などと信じていた、サラリーマンの頃の癖が抜けきらず、たまにこのままでいいの?と意味もなく悩む時があるのです。

そんな時に出会った坂爪氏のブログ。

ひとつの記事が結構な文字数なのですが、読んで気持ちが軽くなったり、楽しいなと感じたり、その通りだなと思ったり、凄いなと思ったり、そうなるといいよなと希望を持ったり。

一人の方からあふれる言葉だけで、私という誰かがたくさん心を動かしている状態が、凄い。


そうか、私も、せめて「愛ある言葉を紡ぐ」ことを意識してお店番をしていたら、誰かが笑ってくれる回数が増えたなら、私の愛の泉の源泉が増えて、幸せ貯金が左団扇になりそうだなと妄想がむくむくしております。

なれたらいいなと憧れながら、坂爪氏のような、詩的で実の詰まった言葉遣いを目指そうと思います。


画像はS-Hoshino.comのフリー画像を使用しております。

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商店街活動は環境保全に似ていて、無くなってから惜しんでも、元に戻らないからね

連続ツイートのまとめです。

 

雨の日の江古田タイムはのんびり遅め、遅刻開店いたしました。通りを歩く人もまばら。昨夜のナイトバザールで疲れ果てた商店街の古株のお店はあらかたお休み。コスモナイトとうちは営業しておりますYO!

江古田ゆうゆうロードのナイトバザールは奇数月開催で125回を数える土着有名イベント。元々は、お商売やってると自分の子どもをどこにも連れて行けない自営業、親同士が集まり、自分の子どもを楽しませるためにイベント開催したのが始まり。ついでに地元のお友達も楽しんで!という精神。採算性ゼロ

 

店主、ゆうゆうロードの商店街役員やってますが、ほんとに採算性ゼロで初めの頃は理解不能でした。だってナイトバザールの日は通りを流し歩く人は多いが店内に入る人は激減し売り上げさえも無い日になります。本当に、本当に、どの店も売り上げ無いです。日銭稼いでる店が売り上げ捨てる大変さ!

 

この大変さは儲からない自営業をやってる方にしか共感得られないはず(苦笑)これを続ける訳は、小さな個人商店を使ってくれる地元の皆さんへの感謝だけ。この日ぐらいは、子どもを適当に遊ばせて、出店で買い食いOKで、お母さんは帰ってご飯の支度をしなくてもいいようにと企画構成をしております。

 

そして、こいうイベントを実行する裏目的は、何かが起きた時の一致団結、チームワークの育成もあって、江古田ゆうゆうロードは防災関係、いざという時に右往左往しないようにと、活動をともにしております。最初は採算性の無さに驚きましたが、今は人儲けしてるから納得して参加しております。

 

商店街活動って、自分の店の売り上げに関わらないから入っても無駄という経営者がおりますが、ちょっと違うと思うんですよね。そもそも商店街に出店したのは、ここが賑やかで人通りがあり、商売機会が多そうだと判断してのことではないでしょうか?その「環境」を作ってきたのが「商店街」の活動。

 

商店街会費の使い道の多くは「街路灯メンテナンス」「防災設備メンテナンス」「防犯設備メンテナンス」「路面補修」みたいな辺り。それでも「オレの店は関係ない」というならば、ジワッと人間性を見られて、他の経営者から引かれる→何も悪さはしませんが、いいこともしてくれません→孤独は損だよ

 

商店街のお客様は「うちの店「だけ」のお客様だし~」と勘違いしちゃいけません。お客様は、あっちの店、こっちの店のお客様ですから、全体で「この商店街のお店の商品サービスはホッとするな」と作っている「環境」なのだと思います。だから、商店街の活動は、採算性ゼロだけど、種まきと一緒と思う

残念ながら、全国的に見たら、江古田ゆうゆうロードほど活動が活発な商店街は少ないでしょう。江古田は比較的どこの商店街も頑張ってるエリアです。だから江古田へ来たら、小さいお店だけど何か素敵、とっても美味しいが揃っている魅力的な街。

 

長くなりました、結論は「江古田に来てね!」です★

 

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選び様の無い現実は、そんなに悪くは無い

昨日は雨。
人類滅亡の店内、パソコンの乗り換え設定。

1年に1回やる確定申告でさえ慣れ覚えることがないのに、何年かに1回の作業が簡単に終わる訳もなく…こうなると、新しい家電うれしー!って感情が限りなく透明になっていく気がします。

毎日毎日、家と店を大きなノートPC背負って移動していましたが、それは1台しか無いから仕方なく、ということだったはずが、

2台になると、自宅で作業した分のデータの同期をどうするのかとか、瑣末なことですが、考えることが一度にわっとわいて出ます。

同期の前に、2台目のアプリケーションを新規購入しないといけないものもあるなー…やだ、出費。


ようやく、クラウドアプリが便利と言われる訳が、現実味を伴い理解納得できました。

今回のPCの乗り換え中に浮かんできたこと。


「選び様の無い現実」と言葉にすると、悪い語感を感じるが、実際はストレートに目的地へ進む一本道。悪くもない。


古いPCが普通に快適に使える状態なのに、6年目だし、いつガクッと壊れるか分からないからなという流れもあってのおニュー到来。まだ使えるしなーという余裕があるから、完全移行に時間を掛けてしまう。

古いPCが突然のブラックアウトという否応無しの事態なら、躊躇することなく、なる早速度ターボMAXで完全移行したはず。


人生も、こんな感じだな、と思います。


後がないと思えば、前に進むしかなくて、余裕もないからシンプル。ピンチはチャンスって、そういう意味合いもあるんでしょうな。

若い頃は、可能性=選択肢の数が多いほど「恵まれている」「ラッキー」なんて思っていたのですが、最近は、リアリティの無い選択肢は、存在しないものと同然に思えて、数に意味はないなと思う。

やるか、やらないか、行動あるのみ。

 

様子見してるようなものは、ゼロと切り捨てていいぞと、自分にOK出した夜。

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【WSお知らせ】あわじ結びを覚える会

4/22(土)環の2階の和室で、ワークショップ開催します。主催は、店主が参加している「ねりまクラフトーク」(非営利の市民文化活動グループです。)

 

今回は「見たことはあるけれど作り方を知らないわシリーズ」その1

 

紐を使って「あわじ結び」を覚える1時間のワークショップです。

 

応用すれば、水引を自分で結ぶ時に使えたり、イメージ画像のようにアクセサリーに仕立てたり、箸置きに仕立てたり。暮らしの中で活躍しそうな「あわじ結び」

 

材料費込みで参加費¥1500

 


参加希望者は【こちら】からお申込み+お支払をお願いいたします。

※お客様のご都合でキャンセルされる場合、払い戻しは承りかねますので、ご容赦下さいませ。

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国際女性デー~三八婦女節

私ときたら、女性の権利向上とか男女平等とか、叫びたくなるほどの不満がま~ったくありません。関わりある達に大事にしてもらっている実感があるし、すごく幸せなポジションにいるんだなと思います。

その昔、中国に出張している時に「三八妇女节」を迎えると女性スタッフの姿が見えないオフィスで「今日はみんな会社のお金で映画見に行ってる頃なんですよ」「へ~会社、大サービスですやん」みたいな会話してました。

思い起こしても、うちのおとうもおかんも、子どもに対しては、世の中に男尊女卑があることをスルーした教育方針だったかなと思います。

そして、そういう環境が私を作ってくれたと思います。

うちのおとう、ほんとは長男が欲しかったかもしれないんですが、一番上の子どもは女のわたくし。

小学校、中学校、高校に大学、社会人になってからだって、何度も繰り返し言われた宝物の言葉が「多喜子は一番最初に生まれた子どもだから、「あに」なんだよ。おれに何かあったら、あんたが家の代表だな。恵美子と寿治を守ってやれよ。お母さんの世話をしてやれよ。頼むぞ。」

あにって、なんて説明したらいいのでしょうか。

字面は兄なんだろうな。

頼りになるべき存在というか、その期待もあるし、信じてるぞ、お前は一家で大事な存在だぞ、そんな感じが近いでしょうか。

大学に行きたいと言えば、本当はそんな経済状態じゃ無かったのに、行かせてくれたなー。ありがとう、おとう、おかん。

私には弟がいますが、おとうは折りに触れ「多喜子は、佐藤家のあにだと思ってるよ」と言ってくれたから、私は実力以上に頑張ってこれた気もしており、女の私の揺るぎない自信として、心の端にいつもある宝物の言葉になっております。

今では、一家の大黒柱は弟ですが、それでも、私はいつか家族を支えるのは私だぞと思いつつ、なかなか左団扇にならない事業を撫でさすっているところ。

その内、事業でやたらめったら儲けて、家族がやりたいことを全て気兼ねなくやれるように、精神的&経済的に後押しするような、そんな存在になりたいなーーという野望を持ちつつ、

天気ひとつで人類滅亡するような個人商店の経済活動に、一喜一憂しつつ、いつ叶うのかな?と私の神様と相談中ですよ(笑

幸せですよ。

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内戦やテロ、人権蹂躙甚だしい地域の人々が、男女の別なく、私のように誰かに強く愛され、存在を認められる幸せを、安心を、得られますようにと強く思います。

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確定申告、終了

毎年、これが終わるとホッといたします。

開業するにあたり、簿記3級の学校に通ったので、基礎的な知識は持っておりますが、それでも最初はチンプンカンプンでした。

簿記を知らない頃、こんなものを習って何の意味があるのだろうかと思っておりましたね。だって、事実を記帳していくだけだと思っていましたから。

実際、事実しか記帳しませんが、手元に現金は皆無なのに、数字上は利益が出ているとか、そういう実際の場面にぶち当たっては「これ、教えてもらった気がするけれど、なんて言ってったっけ?」と思い出したり、どう判断や評価したらいいのか考えたりしているうちに、少しずつお金に対する判断が、変わってきたかなと思います。

いまだに、経営下手で、そこは如何ともし難いです★
でも、毎年、振り返りながら「まだ試してみたいことがあるから潰せない」と思っては、店や事業への愛着を膨らませております。

まだ数字が生々しくあたまに入っているうちに、「1年12ヶ月の何でもOK、気になったこと全部月ごとにメモってみよう!」を一生懸命書き出しております。これをやっておくと、世の中のリズムと自分の経営リズムのズレが見えたり、やってみたけど無駄だったことや、ヒントが見つかったりして、2017年のチャレンジを怖がらずにやるために、必要。

不安になる時もありますが、見返すと「あー、この季節、気弱になってたな、あららおんなじ」って思うだけで、越えていける時もあります。備忘録は、作っておくと役に立ちます。

 

今年、うっすらやってみたいなと思っていることは、私の中にある思い込みをどんどん壊すこと。いっぱい、こうあるべきなんだろうなと思って、良かれと思ってやっていることが、効果ないかもしれないと、一回見直してみること。

例えば先日、私は好きでお香を毎日焚いておりますが、陶器ににおいが移るという指摘を受けました。

においがします!と言われたら、相手の感覚が100%正しいと思いますから(だって、感覚はそれぞれ固有ですもの)お香を焚くことで日々経費を発生させておりましたが、止めるという選択肢も検討したらいいですよね。

そもそも、漆器にシフトしている状態ですから、陶器を扱わないと切り捨てることも選択肢としては可能。

雑貨屋だから、雑多に、何かを網羅的に扱うという選択肢もありますが、もっと範囲を絞った網羅的な品揃えを目指してもいいし、とにかくいろいろ自由に出来るのだから、そこを自分の思い込みで可能性を狭めてることがあるなら、それに気づいて止める算段をするといいかなー、と思う訳です。

 

何とか6年目を迎えたことですし、10年目に向けて、わくわくする未来を設計するべく、2月はいろいろ自分に対して種まきする時間。

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同窓生

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ユーリ!!!on ICE「努力は1日にしてならず。いくら積めるか。」

店主、最近「ユーリ!!!on ICE」を知り、1話からのめり込んで12話まで一気に見て、「うわー!」と叫びそうになるほど惹き込まれました。2巡目見終わり3巡目も終盤。

店主、CGアニメの動きに、どうしても違和感あり。本作は手描きアニメだと聞いて、見る気になりました。

多分、演出や誇張が入っているから、本物とは違うと思うのですが、私の頭の中のスケートらしい動きが、全部、全部そこにあるような、動きの美しさ圧巻。

 

登場人物が個性強くて、BL風設定も多いし、最初1、2話はツッコミどころ多過ぎ!と思って見ていたのに、あるシーンがきっかけで、急降下でのめり込んでしまいました。

それが、勇利の練習風景。

店主の若い頃は、まだ図形をきれいに描く規定(コンパルソリー)が採点項目だったのですが、あれを黙々とやる勇利の姿がチラッと出たのを見て、「そうか」と気がついたのです。

 

いきなりうまくはならない。最初から出来るひとはいない。だけど、それをやりたいと思う人は、熱意とともに努力を積み重ねる。

どれだけ重ねたら思った結果になるのか、過程は今どこにいるか分からない状態が長いはず。簡単に出来たら、熱意も終わりになりそう。出来たら次のステージが見えるから、好きなうちは、そのなりたいこと/やりたいことに向かって「積み続ける」。

 

すぐに効果や結果が出ないと手放したくなることもある。
ありますとも。自分を振り返り、時に手放しそうになるあれやこれを思っては、胸が苦しくなります。

 

動きや進展が見えないと感じている本人は、ずっと同じ場所でじっと重しを食らっているような気分になりますよね。それで焦るし、もうやっても無駄かもしれないと、弱気になる。大人になっても、似たような問題は繰り返し起こるので、「いつまでたっても変わり映えしないな」と落ち込む。

ある時に読んだ本に、「似ている、は、同じ、ではない」同じところでぐるぐるしているように思えるけれど「螺旋状に登っている」という表現に出会って、目からウロコがボロボロ落ちました。

「積み続ける」ことは、相変わらず苦しさもありますが、積んでる自分を感じる時に、ああ、自分は本当にこれが好きなんだな/やりたいんだな、と迷いが出ても、気持ちを取り戻す感じ。

結果が見える前に積んだ分だけ、達成感など、大きいような気がします。

そして、積んできたからこそ、限界を感じて降りるタイミングを自分で見極められる気も致します。

勇利は、ラストシーズンだと思いながらヴィクトルと過ごす。自分たちの競技人生は短い、というセリフにグサっ。生きているだけじゃダメな事柄って残酷です。好きなのに、もうこういう風には出来なくなると終わりが見える感覚。シビア。

 

ユーリの振り付けをするリリアが「苦しければ苦しいほど、美しい」とつぶやくセリフもグサ。あるレベルを越えて思い通りにいいものが作れる手前は、やっぱり積み重ねる苦しさもある。

 

オタベック。既に上手い誰かに追いつくことより、自分のスタイルを追求。まねぶ相手がいないだけ大変だろうに、誰かと同じことをやっていてはダメだと、自分の方法論を信じて進み続けた勇気も凄いと感じます。

好きなことだから全部楽しいなんて幻想。自分が未経験から小売店始めた事を振り返ってみても、その通り。普通にサラリーマンしていた頃の仕事を思い出してもその通り。楽しい趣味や娯楽だって、最初の出来ないイライラも込みで続けて楽しくなっていくものです。

楽しさ1%のために99%努力を積めた人が1%を味わえるだと思えます。
ドMで結構。私は積むことを楽しもう。

出来ることは出来るうちに、いっぱいやろう!積む、積む!時にへこたれそうになるけど、積む!なんてハイテンションになってくる、見ていると、励まされるんです。寝る前に1話ずつ見ております。

結構真面目なテーマが隠れていて、繰り返し見てもまだ飽きないアニメ。


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過去形のつぶやき

2月はお商売が今ひとつな月なので、裏方仕事が捗りそうなものですが、アレ・コレ・ソレと切りがないせいで、片付いても次が湧いてきて、スッキリしない毎日です。

委託販売の申し込みをいただいた方の商品も何とかしなくては…

年を取ったせいか、同時進行が出来なくなっておりますから、指折り数えるタスクが片手を越えてしまうと、気持ちがキューっとなってきます。

今、キュー✕3乗ぐらいのキューキュー中。

そんな時に、通販で不手際が発生でしょんぼり。


反省しつつ、サラリーマン時代にこんな調子だったなーと思い出しては嫌な気分。サラリーマンならば、会社に必要な仕事は、好きも嫌いもなく、やらなくてはいけない。

ひとり個人商店のわたくしは、嫌ならやらないでいい、自由な身分。
事業はやりたくてやっている訳で、本来嫌は無い「はず」

なのに、おかしいな、何だか焦っておりまする。

でも、仕事って準備が9割で、楽しいのは残りの1割あればいい方かなと、経験的に感じているので、今は9割の準備期間、準備作業だから、やらねば、やらねばのネバネバで身動き取れない気分になっているのは、普通、自然なことかいな、とも思い直してみたり。

強風で人類が滅亡している店内で、パソコンから流れて来るrdikoから映画の紹介かなにかで「オレの世代は苦労した、若いお前らも苦労しないと」みたいな言葉が流れて来まして『おお、それタイムリー』と思ったわたくし。

サラリーマン時代に染み込んでしまった、仕事に関する概念、ルールとかやり方とか、私の中には「よろしくない」古いものがあるのですよ。

それが「100%楽しい、100%楽ちん、わーい、わーい!」という方向へ行くのを、自動的に邪魔する時があるようです。

以前のお前はたくさん苦労してようやくお給料もらってたじゃないか。みたいな。

思い出すと、サラリーマンの頃って、お給料もらうよりも、今この嫌で仕方ない案件が終わる方が大事と、本末転倒な事をぐるぐる24時間考えていた時だってありましたから…(バカっぽいでしょ


ちょっと手を止めて自問自答。「やっつけなくちゃいけない量が多いせいで繰り返すのが嫌なら、一旦これ置いといて別なことする?」「難しいことは何もしてないけど嫌なの?」「そんなに嫌だと思うようなことしてる?」

大本はうっすら気がついてるんですが、自分ひとりで全てやらなくちゃいけないことに息苦しさを感じてるんだろうな…ひとりって、いい時は自由でとてもいいけれど、こういう時に孤独ですねぇ(苦笑

こういう時は「やればすぐ終わる、やらなきゃいつまでもこのぐずぐずを心に抱え続けるだけだぞ」と声に出してつぶやいてみます。


お客様から教えられたのですが、過去形で声に出して言うのもいいそうです。「やり始めたら、意外と簡単にできて、あっという間に終わりました」あっという間に終わりました、あっという間に終わりました、と呟きつつのこの投稿←つまり、ほんとにやらなくちゃいけない仕事はこれからやっつける★

 

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紙風船でモビールを作ろう

店主、見ると欲しくなるもののひとつに「紙風船」があります。別に何の役に立つでもございませんが、風情が好き。

小さい頃に買ってもらった記憶もあるような、ないような、飽きるほど遊んだということもないので、大人買い衝動なのでしょうか?(笑

先日仕入れた紙風船は、地球儀と天球儀がセットになったもの。

最近、遅ればせながら宇宙兄弟にハマっておりまして、宇宙をイメージする球形を見ると、手が出てしまうミーハー心。せっかくだから、これでモビールを作ってみました。

 

元々、モビール好きですが、丸いものがふわふわ動いているのは、格段に浮遊感があるなと思います。

 

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七福神で七難相殺

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受験生、頑張れ

本日のお客様、10代の女性。

 

正月休み明けですから、話題は「休みボケ」

あれこれはかどらないのよね、なんて話しているうちに、「でも、大人は試験がないから、いいじゃないですか」と言われました。

 

思い出せば、1月に入ると、受験生への「頑張れ」プレゼントを贈りたいという方のご来店が増えます。

 

そして、彼女はまさに受験生。

 

詰め込んでいる間の勉強は、若い心には、何故こんな思いをしてまで受験をしているのだろうかと、惑うことも多いでしょうね。

 

大人だって同じように、この仕事続けてどうなるんだろう、こんな毎日でいいのかな?と時々惑いますから、実は大人が楽という訳ではありません。

 

あ、でもここで「おばちゃんも、あなたと同じだよ」なんて言っちゃうと、人生に失望しちゃうといけませんから、それはおくちチャック(黒笑

 

わたくし自身のことを振り返ると、自分でこの道を進もうと思って続けてきたレールを、自ら外れて、惑った挙句に、この店を自分で作って収まった規格外。「成功(合格)し続ける人生以外の可能性」「生きていく方法の多様性」を体現しているのがわたくしの人生★

 

だから、受かっても、受からなくても、

みんな絶対幸せになれるよと、

心の中で話し掛けておりました。

 

「お友達で一緒に受ける子いるの?」

「受かったらどんな制服になるの?」

「部活は何やるつもり?」

合格後に過ごすであろう、楽しい未来に関する雑談でひと盛り上がり。

 

ぜひ、受かって欲しいものです。

 

笑顔で、やったー!って言える経験をした方なら、あの熱い感覚が、どれだけ生きる力になるか、分かりますもんね。

 

頑張って、受験生(笑

 

そんな受験生に向けた「あとちょっと頑張れ」の贈り物として、今年は「お守り袋」をご用意いたしました。

 

お守りは、あなたに良いことが起こりますようにと、誰かが願い送られたものを持つ方がよいのだとか。お守りは、相手を思う気持ちを、形に表したものの一つですからね。

 

「お守り袋」の中に、あなたの贈る言葉、応援の言葉をストレートに書き封じて、贈ってみて下さい。あなたの言霊が、きっと心の支えになると思います。

 

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金欄の袋というだけで、ありがたい感じがいや増しますね(笑
売り切れ御免の少量取り扱いです→通販は【こちら

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年初の備忘録

あけましておめでとうございます。

今年は実家に帰ることもなく、ひとり元日の棚卸に励み、
2日は寝正月。明日も明後日も、7日の営業開始までは
1人で過ごそうと思っております。

開業したての頃は、自分と店しかない世界の住人だったわたくし。
6年目ともなると、その世界に登場する人物が爆発的に増加し、
入ってくる情報、出す情報も忙しくなり、
人間関係が広がり、複雑になりました。

 

内向的なわたくしには、急激な世界の拡大は、

楽しみつつもストレス。

そうなると、節目の時に1人になって、
ゆっくり自分のことを考えたり、
これからのことを思い描いてみたくなる、そんな感じです。

Facebookの友達、野本由美子さんが、今年の自分の過ごし方を、

漢字一文字で表してみよう!と書いおりました。


直感的に浮かぶ思いを漢字に表すイメージでしょうか。
意思や行動を決める時に、その文字が持つ意味に沿ってみると
するするいくよ、そういうような内容。

 

ふと浮かんだのが「究きわめる」の文字。
今やっていることを深化させたいという思いの他に、

自分の制限を外して、どんどん手を広げて未知の領域へと

意識を拡大していきたいなと思いました。

未知の領域とは、主に、商店街絡みの活動で、

今年10月に開催予定の江古田音楽祭の準備。


日々の店の運営に商店街の仕事もあり、

今ある人間関係だけでも日々何かしら事件が起こっていますから、

このまま次々と新しいものを増やしていくだけだと
自分がパンクするんじゃなかろうかと不安がありまして、
思い悩んでおります。

自分以外の登場人物が一緒に活動していく中で

不自由なことが増えるであろうという予想をしており

同じ利益を見つめて動く会社組織ではないゆえの摩擦もあるはずで
私の予想は当たるでしょう。

でも、自分の成長の機会でもありますから

お茶を濁したり、適当に上澄みだけでやった気になるとか、

そういうの、やりたくはないなと思うので、その思いを堅くして

進めますように、と思っています。

流行り物だしなと読んでいる少年ジャンプ「ブラッククローバー」
ものすご~く、ジャンプらしいストーリーなんですが

登場人物のヤミ・スケヒロ団長のセリフ「今ここで限界を超えろ」が

「究きわめる」の文字に被って浮かんできました。

継続維持ではなくて、自分の出来ないことや弱さや苦手、

蓋せずにチャレンジする1年を目指そうと思います。

1年後に、これを読み返して自分がどう感じるのか、今から楽しみです。

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酉年に金鶏、おめでたい由来

本日、お客様から「なぜ金鶏なの?」という難しい問いをいただきました。

 

●鶏は日の出とともに鳴き始めるため、ザ・農耕民族にとっては太陽にまつわる動物ということで、良い奴扱いでした

 

●中国から伝来した陰陽五行思想では、酉は西の方角、金気を表す→鶏は金、お金を表すアイコンの一つとなる

 

●金鶏伝説「正月元日の朝に、金鶏が鳴く場所を掘ると、金が出てくる。苦しんでいる村は、その金を使っても許され、村は持ち直す」ような話。

→都市伝説みたいなもので、苦しい時に救われる系の話がもてはやされた結果、全国各地に金鶏伝説は残っている。

 

●験担ぎ、鶏は時を知らせる鳥+とりは「取り込む」に通じる音から、客に「これ買うなら今でしょ!」と知らせて、取り込む(黒解釈)お商売にいい年とされている。

 

→ダジャレ過ぎて笑っちゃいますよね。験担ぎ、縁起が良いってのはこの程度のことでも、鰯の頭も信心からで、信じる者は救われるのです(いっそ、長いものに巻かれる勢いで、救われちゃって下さい。

 

店主の理解はアレとコレが混合熟成されておりますので、史実かと言われると自信がございませんが、そんな感じです。

 

金鶏、大きい子も小さい子も、今ならまだ在庫ございます。

西側へ置いて、金運アップした方、来年、幸せのご報告をお待ちしております。

お商売やっている方も、招き鶏にどうぞ。

※あなたの金鶏は【こちらにいますよ

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TOMATO畑の店頭即売会

昨日は、薬剤を使わず安心安全な木のうつわを作り続けている「TOMATO畑」が、環の店頭にやってきました。

 

薬剤を使わないで作るということは、作る過程の話だけではなく、材料の生育過程にも及び、トレーサビリティのしっかりした調達も含むということを聞いて、

 

TOMATO畑のモノづくりが、やろうとしても、実は簡単ではないということを、知っていただけた方も多かったかと思います。

 

 

外国が各国独自で調査している食器の安全性試験で、TOMATO畑は17ヶ国でNo.1の評価をもらっているのも納得できます。

 

樹種は分かっても、その木材が低ホルムアルデヒド材かどうか、加工されてしまうと見分けがつかなくなる→低ホル材からのホルムアルデヒド溶出に関する情報など、知っておいて損はない情報もたくさんありまして、店主メモっていなかったから、今一度TOMATO畑のHPを読み直さないと、と思った次第。

 

ドイツ発のシュタイナー教育を推進している教育施設への納入は、ドイツ本国からドイツ語でオファーがやってきて、ドイツ語が出来ない田中さんは「はて?」となっていたとか、そういうちょっと微笑ましい裏話も聞くことができました。

 

そして、製作については、伝統工芸なんてわざわざ呼びならす以前から続いてきた、環境にダメージを与えることのない製法で、アナログだけれど人の手しか作り出せない「職人技」。

 

諸事情あって、現在、生産休止中。
現在庫が無くなったら、終わってしまうのかと危ぶんでおりました。

 

経営判断としては、代替商品を探さなくてはいけないということでリサーチするも、TOMATO畑の代替商品は見つかりませんで、正直、思い悩んでいたのです。

 

でも、昨日、代表・田中秀樹さんから、来年にはTOMATO畑の「新たな生産体制が整いそうです」とお知らせをいただき、またお客様にご案内出来ることを喜んでおります。

 

良かった(笑

 

それにしても、昨日の寒空に、店の引き戸を取っ払いで、ほぼ屋外の状態で終日店頭に立って下さった田中秀樹さん。トイレ休憩もさせずにこき使った店主に、また江古田に来てみたいのお言葉。

 

今回、予定があわず残念だった方は、来年また機会を作りますので、お楽しみに。

 

※まずは使ってみて下さい。
TOMATO畑のお椀

TOMATO畑の箸、スプーン

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1週間が早すぎます

換気扇の掃除は結構はやく済ませたというのに、そこからが遅々としております。

東日本大震災からずっと見ていないテレビ。

しかもブラウン管で地デジ非対応。
起業にかまけて5年は放置している訳で、もうそろそろ捨てないと…と重い腰を上げたのが12月初旬。

テレビ台と壊れかけのカラーボックスなどを粗大ごみに出すべく、昨晩深夜に近所迷惑にもガタガタと解体し、本日廃棄完了。

そして今、粗大ごみに出した什器に収納されていたモノが、全部床に平置きされ、泥棒に入られて、あちこちひっくり返されたかのような乱雑っぷり。

明日の燃えるゴミに向けて、捨てるモノを選別してみたところ、それでも8割方は残ることが分かり、これをどういう姿で収納すべきか、しばらく悩むも、店の残業で、午前様で帰宅した頭なのでまとまらず。

いいやもう、お風呂に入って一回寝てしまおう、な、な、と自分をなだめ中。

疲れすぎると、寝ることさえ億劫になってぼんやりしてしまうんだなと、この歳になって分かるようになりました。

 

一回眠って、リセット、リセット。

起業後、いつも忙しいとは感じてきましたが、いつも「今が一番忙しい」気がしております。そして、「時間過ぎるの早すぎる」年を取るごとに、加速していくような気がします。

若い方へ。
やりたいことは、40代までにやり始めた方がいいよ、本当だよ。50近くなると、時間過ぎるのが早すぎて、胆力は落ちていくから、その開きがキツく感じられるようになります。

 

よし、一回眠って、リセット。

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安心して暮らしましょう

毎日きちんとニュースを見ている方の方が、どうやら不安を感じるようだなと思ったひとコマ。

「最近、事故が増えてる」

「酷い事故が増えている」

「もらい事故は防げない」

「心配、怖い」

 

店主、最近運転免許証の更新に出掛け、事故件数など、数字情報を見聞きしたばかりなので、その方に教えてさしあげました。

 

都内の11月の死亡者数は145人未満だったはず。(142人でした

 

 

もちろんゼロがいいに決まっておりますが、ひとまず基準の数字が無いまま、多い多いと不安がる必要は無いと話したところ、納得して下さいました。

 

多分、その方にとって、145未満というのは、想像以上に少なく感じたのでしょうね。

 

今度は、少なく感じたところで「自分は事故に合うわけがない」と大雑把にならなければいいんだけどな…と、逆ベクトルに気掛かりになってしまいました(笑)

年末は、何かと気ぜわしくて落ち着きませんから、まずは落ち着きましょう。平素から、気を付けましょう(と、自分に言い聞かせるブログ。

不安な時には、明るく寛げる空間で、家族と楽しく過ごして下さい。不安の先取りするよりも、楽しさを味わう時間を大切にどうぞ。一人暮らしで、それもままならないようでしたら、江古田に来ればいいのです。環だけでなく、それぞれのお店で、居心地良い時間を過ごして下さいませ。

 

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店頭の着せ替え照明器具「語ら灯」の手ぬぐいを、冬バージョンに交換。濃い色の合間に見える光が、より明るく見えるこの冬バージョン。語ら灯専用の手ぬぐい柄だけあって、よく考えられた構図+配色だなと、じっくり眺めてやおら感心しております。

 

不安よさようなら。

明るさを足して、安心して暮らしましょう。

※「語ら灯」のページは【こちら

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免許書更新

ペーパードライバー歴、30年。

本日、運転免許更新して参りました。

私の免許は自動車とバイク。

車は所有も運転もしたことがありませんが、20代の頃は自動二輪を運転していたわたくし。一応、公道を走る経験は積んでおります。

私の高校~大学の頃はバブル真っ最中。

それまでは贅沢品的な分野に目が向けられ、誰もが簡単に買える時代になりました。当時、鈴鹿の24耐をテレビで見たりしながら、オートバイに憧れたわたくし。

父が小さい頃に載せてくれたオートバイの印象が残っていたような。

うちの父は、免許取得フェチかと思うほど、たくさんの免許を持っております。今でこそ民謡歌手と断言できる人ですが、若い頃は、家族を食べさせるために、様々な肉体労働に従事したそうで、職場で重宝されるのは機械操作、運転。

父は、本人は否定しますが、何をやらせても勘所が分かる器用さがある人。その証拠に、本番一発で取れた免許など、ずらずらと持っていた人。オートバイは、簡単で、楽しい乗り物だったかと思います。人から借りたバイクで帰って来て、昔ですからね、タンクの上に載せて一緒にノロノロと住宅街をドライブしてくれたこと、覚えております。

妹が、私よりバイクに憧れていた事もあり、一緒に「バリ伝」読んだり、バイク雑誌を回し読みしてはわーきゃー楽しんでいるうちに、乗ってみたら気持ちよかろうね~と思い、バイト代で自動二輪の免許を取りました。

まだ大学生のくせに43万のFZR250の中古をローンで買うという暴挙も体験。

 

誰かとつるむの楽しいお年頃でしたが、私は内向的だったので、バイクで走る、ひとりで移動する、行動することを、怖いなと思いつつ、寂しいなと思いつつ、楽しんでいたのを思い出します。

できるか分からない不安と、出来たら楽しかろうなという期待と、天秤に掛けてはやる方を選んでまっしぐら。人生は自分が進む道を決めている、という法則を、自然に納得できたのは、バイクのおかげかなと思います。

でも、社会に出て、他人と絡んで生きる事が当たり前になるにつれ、バイクは、私の人生には不要になりました。(なんて、象徴的なことなんだろう)かれこれ25年近く乗っておりません。そのぐらい、私は誰かと関わり合って、生きてきたんだなと感慨深く思います。

現実的に、もう運転する気も起きないし、動体視力や体力や経済力や、いろいろな条件が運転することなかろうとささやくので、もう更新止めようかなと思ったのですが、FBでその気持を投稿したところ、免許は出来るだけ維持した方がいいと思う派の人数が多くて、びっくり。

正直、身分証明書を提示する場面が想像出来ないので、一体何に使うんだっけ??という疑問がいまだあるのですが、私の視点以外の多数があった方が良いと判断しているなら、お金を掛けて更新しておこうかなと思い、更新。

 

災害時、免許がないせいで活動出来ないこともあるかもしれないな・・・私の免許だと8tまでは運転できるのか…誰かのお役に経つかもしれない、なら持っておこうかな→そんな納得の方式。

そして、更新したからには、あと5年は生きるつもりになったんだな、なんて思った帰り道。

 

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どうでもいい話ですが、何で警察で撮る証明写真は、あんなに不細工、極悪人面に写るんですかね~、、、そういうアプリでも入ってるんですかね??いざ犯罪を起こす時には、柔和な顔もこうなるぞ的な変化を先取りしているかのような写りに、5年もこれかよ、と萎え萎え。

それ言ったら、パスポートも相当萎え萎え系の写真だった(苦笑

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自分ポジション

久し振りにショパンを聞きながら、雨の日営業。

夕暮れになると、ふと去来する思い出を反芻したりの雑記。

江古田は、のんびりした土地ですが、さすが都内だけあって、お店の出入りが激しい立地でもあります。環と同時期に開業したお店が廃業したり、新たに江古田で開業されたオーナーさんと知り合ったり、流れのある街での経営は、それなりに大変です。

住宅兼店舗で営業している、古くからあるお店でも苦戦する昨今ですから、テナントを借りてまで個人商店やってる人達は、安穏と構えているオーナーは少ないかと思います。日々何かしら試しては、経営を軌道にのせたいと努力している印象。店主も、そのひとり。

ちょっと静かな店内で、振り返ったある事。

開業当初思い描いた成功の姿と、5年経って思う成功の姿が、随分変わったなということ。


例えば、有名ブランドなど、ファッショナブルで強いカリスマ性で、向こうから押し寄せてくるような、吸引力あるブランド力、みたいなものに憧れはありました。

でも、それと違うベクトルの先に、私が提供したいと思っている商品・サービスがあり、羨んでも仕方ないと分かりながら、自分の事業の形が整わないうちは、引き比べては落ち込んだり、このままでいいのだろうかという、悩みも繰り返したなと思います。


店主の大好きな工芸やクラフトの世界は、使い手の欲しいを、形あるものに実現してきた業界。

 

今は、工業製品のメーカーの商品との付き合いが当たり前になったら、自分の欲しいものを選ぶ選択肢が増えすぎて、これとあれと「比較して」「批判して」ようやく選択することでモノを買っているような印象。

私の小さい頃は、今ほど選択肢が豊富ではなかったからか、「ここが好き」「ここがいい」という思いが強い「欲しい」を誘発して、お金を貯めて手にした時の高揚感や満足感が凄かったなと思うのです。

今は、お金を稼ぐのが大変と言いながら、昔よりずっとお金を簡単に使える時代だなと思います。食べるという最低限の生活以外に、スマホに1万超えるお金を払うのが当たり前。(批判ではなく、ものの例えです)

店主、子どもの頃の千円が、今の一万円に匹敵するイメージなんです。そのぐらい、お金の価値が下がっている気がします。いっぱいお金を使っても、裕福になれた感覚が少ないのは、お金の価値が下がっているに違いないと、本気で思っております。

いけない、横道にそれてた。

私が思うに、幸せは感じるもので、普段はどん底の気分で暮らし続けて、ある日やってきた「一生に一度の特別な幸せ」でその近辺盛り上がり、過ぎ去って落ち着いたら、また同じようにどん底の気分で暮らすのは違うと思います。

例えば、朝のコーヒーが美味しい、このカップで飲むの好き、この服を着ると気分上がるな、ぐらいのレベル、頻度の「好き」「良い」が、毎日、頻発する方が、総合的に幸せなんじゃなかろうかと思うのです。

そういう時の「好き」「良い」は、使う人の判断のみ。自分の価値観だけでOK。誰かや何かと比較も批判も不要。単純でいいと思います。

で、そういう「好き」「良い」を、自分のモノづくりで叶えて差し上げたいなと思っている職人さんが、いろんな分野でいる訳ですが、普通に暮らしていると、そういう職人さん達との出会いは難しかろうと思います。

そこを、つなぐ仕事が、小売店の立場で出来たらなと思って、環をやっております。5年掛けて、そっちよりへと進んできたつもりでおります。

事例としては、漆塗りの硯箱が欲しいというオーダーが入り、その方の持ち歩く道具や、使い勝手をお伺いしながらサイズなど仕様決めし、うちの漆器を塗ってもらっている津軽塗・木村正人さんに頼んで、木地から手配して塗ってもらい、納めたことがあります。

ご自身の思った通りのものが、思った価格で手に入ったと、それはそれは喜んでいただけたことで、こちらも感動でした。図面を引いてきた自分のキャリアが、小売の仕事でも活かせることに、とても勇気をもらいました。

その後も、鉄瓶の蓋のつまみをこの形に変えて欲しいとか、部屋に合うように〇〇のサイズ別注して欲しいなど、地味なカスタマイズ仕事を日々楽しんで承り中。もちろん、その仕事を請け負ってくれる、職人さん達とのおつきあいがあってこそ、受けられる仕事ですから、お客様と取引先の両方に、とても感謝しております。

売っているものを買ってくれたら、楽で一番儲かるんですが、それだけだと、私がつまらないのですよね(笑)私の「好き」「良い」は、どうも相手がある事柄で、発生するようです。

 

そんな気付きもあり、今では「私が提案するスタイル、最高でしょ!どうよ!オラオラ!」なんて強さを目にしても、憧れたりすることはもう微塵もなくなり、心太くこの小さな店を続けることにプライド感じていられるようになれました。

5年間のうちには、元より自信も足りない年数だから、いっぱい揺れ動きましたけど、最近どうやら、少し殻を破れたような気がしております。

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羽織は、和式カーディガン

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じみじみと改善中

もう、11月も折り返し地点。

時間が早すぎて、止まれといいたくなります。

 

昨日は定休日をまちゼミ開催にあてて、風呂敷の包み方講座を3回実施。

 

実施後のアンケートを見ると、参加者みなさん楽しんで下さったようで、良かったなという満足感と、普段と違うことをやることの疲れで、ドッブリ。

今日も、何となく体が動かないまま、やることはたくさんあるので、地道に作業。

クリスマスギフトの前にということで、がらす工芸札幌さんからたくさんガラスアクセサリーが入荷したのを機に、世の中一般的なアクセサリー什器を購入してみました。

 

一気に、アクセサリー売ってます的な風情になりましたYO!
そして、何だかたくさん並んでいると、色とりどりで、モノがガラスだけあってキラキラ系ですし、見ていて幸せ(女性は、光り物が大好きな生き物ですからね!

 

今までは、量を扱っていなかったので、平置きしていたのですが、店内スペースに限りがあるもので、縦方向陳列に力を入れないといけなくなってきました。

雑貨屋を経営していると、モノが減ることは無いから、整理がつかずに気が狂いそうになるという都市伝説を聞いたことがありますが、うちは多分、いい具合に入れ替わっている方なのかもしれませんね。今まで、什器を買い足したことがほんとに少ないんです。

縦方向陳列。
昨年も、課題として感じていたのですが、1年経って、段々とアイデアが明確になってきました。おかしなもので、曖昧過ぎると、行動に移れないし、移しても失敗が多いのです、わたくし。ここにコレを陳列したいという、そういう具体的に陳列したいモノが出て来たことが、今回進んだきっかけのようです。

熟成期間1週間ぐらいでなんとかなってくれたらいいのに、、、と思う事柄もありますが、急ぎ〇〇しなくてもいいものが結局長期熟成対象となっているのですから、ま、これはこれで、良しということで。

来年3月まで掛けて、少しずつ中空陳列的な縦方向陳列を増やそうかなと思います。

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五周年

今年も11/1を迎えることが出来ました。環の開店記念日。そして、6年目の時間がスタート。

友人からのプリザーブドフラワーのアレンジが届き、早速レジカウンターに飾るついでに、レジカウンターの掃除。


毎年、周年記念は何かやっていたのですが、春から商店街の平役員をやって、先輩経営者達と交流する中で意識が変わりまして「いつも通り、そこにある」ことに徹することが自然でカッコイイなと思い、改めて何かをするでもなく、粛々と日々の運営をしているところです。10年目に、華やかにやろうかなと思います。

 

それにしても、言わなければ他人の記念日なんて意識に登らないものだというのに、それでも家族以外に3名の友達から「おめでとう」の連絡が来まして、密かに感激しております。

まだ、左団扇とは言い難い経営状態。

でも5年も過ごせば学んだことも多いですから、6年目からは重心低めに構えて、自分の思うことをひとつでも多く実施するようにしたいと思います。

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店主の母は実家で美容室を経営しているのですが、昔は経営の観点で自分の店を見てきたが、年をとるごとに自分だけの店でもないような感覚になってきたと書いておりまして、奇しくも、わたくしも似たようなことを思っております。

私以外の存在に、生かされる、活かされる、そんな感じですか。

私に関わる全ての人達に、感謝いたします。


私を必要としてくれる方がいてくれてこそ、仕事として成り立ち、私が生活していけます。経済的な意味合いだけでなく、心や精神的な充足感も、他者から与えてもらえる部分がほとんど。だからこそ、全ての方に、感謝いたします。

 

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1年目、2年目と、まだ経験が足りないうちは、頑張りが足りないと思い込んで、更に頑張って〇〇をしないと、と過剰なサイクルで仕事を詰め込んでは成果が見えずに落ち込んだりもしたものですが、そもそも頑張りが足りないと思っているのは自分だけで、他人のニーズとは無関係なことが多かった気がします。

では、他人のニーズが読めたらいいのですが、これが読めません。

 

よく、個人商店仲間とする笑い話で、「お客様ってそこに無いものを欲しがる」という話。

経験が無いと、叶えてあげるのが商売とばかりに頑張るのですが、苦労した割りに儲けが無い徒労感で、クタクタになることがあるよね、という笑い話。

酷い場合は、仕入れたり作ったりして待っているのに、言った本人が来ないので、持ち出しになって終わることもあり、こういうのは誰もが通る道なので、他愛ない笑い話として語られるのでしょうね。

私の場合、お客様のニーズを読んで当たる確率は、いまだに「分からない」ので、読むことを止めました。もう、計測出来ないことを思い悩むのに疲れた!止めよう!と思うまでに、5年掛かったという、判断の遅いわたくし、、、

傍目には、やっていることは変わらないように見えると思われますが、私が薦めたい商品を仕入れて紹介し、それがいいと思ったお客様と深く長くつながるようにする流れにシフトチェンジ中です。

傍目には、やっていることは変わらないように見えると思われますが、意識が変わると、物事の意味合いが変わってくるので、以前感じていた不安や徒労感は減り、目の前の日々がとても楽しく、楽に過ごせるように変化してきたと思います(店主、しずしずとメタモルフォーゼ中

昨日と今日と、何が違うのか分からないような連続性の中で生きておりますので、その差が歴然とするような、そんな節目を味わいたいものだなとも思います。願わくば、6年目は、その違いに気が付くような年になりますように、出来ることを、なしえますように。

 

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その線引きは?

寝る前に、翌日以降のためにお惣菜を作ることが多いです。
お料理は、やっている内に心が落ち着いてくる行為で、私にとっては、寝る前にやると精神衛生上良いもののひとつ。

私は、新鮮なカリフラワーは生で食べます。
包丁で塊を細切りにすると、ボロボロと小さい単位に崩れて、スプーンじゃないと食べられない細かさになります。これに玉ねぎの千切りやみじん切りを合わせて、ごま油+塩+酢+はちみつなど甘みを加えてマリネ。とっても美味しいので、ぜひ試していただきたい簡単料理。

でも、今夜のカリフラワーは、すぐに料理に取り掛かれず、一晩冷蔵庫で保存。冷蔵庫から出すも、何か違和感あり。

違和感の理由は、白いもこもこの間に、何故かぽっかり抜け落ちたような小さな隙間が空いていたこと。もしかして?と思って、根元側から葉の根本を押しのけて確かめると、中に芋虫の影。それも、かなり大きい。

見つけた時には背筋がゾクッとします。
虫は、ある距離感があれば、大概眺めていられるし、こちらから近づく分には、触れることが出来る生き物なのですが、食べ物と距離が近い虫は、ほぼ拒絶反応。

とは言え、ため息ひとしきりで気持ちを決めて、虫を取り去り料理します。

でも、今夜のカリフラワーはダメでした。

冷蔵庫に入れたせいか、芋虫は死んでいる様子。
裏側のあちらこちら、かなりたくさん、体液なのか、粘液が粒立って盛々とくっついていて、気味が悪いなと思ったら、もう食べ物に見えなくなってしまいました。

虫がつくほど新鮮だから、と言いますが、生きている虫がついている野菜は、案外平気で、虫を箸でつまんで外へサヨナラしては「すまぬ、きっと鳥に食べられちゃうかもね」なんてサヨナラ言うのですが、今夜見た、苦しみ死んだ痕跡+死体付きの野菜は、私の中では全く別物になってしまいました。

イカやタラの白子に寄生虫が付いていて、どちらも死んでいるのは平気。
却って、死んだ魚に生きた寄生虫がついて、動いているのはNG。

カニやナマコは食べるの平気。

活造りの刺し身も食べるの平気。

自分でも訳が分からないなと思っておりますが、

食べ物に対するこの線引きは、ルールが見えない、、、

私は、生きている物を踊り食いすることはありませんから、全て生き物の死体を食して生きているはずなのに、いいものとだめなものがあるという区別が、ゲシュタルト崩壊的に、特別不思議に思えてきて、何かバランスが崩れたような状態を自覚。反応しているのは心なのか、本能なのか。


食べ物を粗末にしているようで、気分的にとても重たい、、、

明るい時間帯に、誰かとこの件、話して意見を聞いてみたいなと思った夜。

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まちゼミねりま「覚えよう!風呂敷バッグ七変化」

練馬区の方は、新聞折込などでご存知の方も多いかと思います。

 

練馬区商店街連合が主催するイベントで、商店街のお店がそれぞれの専門性を活かしたミニセミナーを開催することで、街に住む方達と交流をはかるもの。

 

練馬区内では105店舗参加。

各セミナーは30分~1時間が多いので1日に数カ所でセミナーを楽しむことも出来ます。

 

特に、環の立地している江古田地区は参加店が多いので、はしごがし易いです。ぜひ、いろいろなお店でセミナーを受けて、文化の秋を楽しんでいただけたらと思います。

 

 

環のまちゼミは、風呂敷の包み方講座

題して、「覚えよう!風呂敷バッグ七変化」

 

1枚あると便利な風呂敷は、日本の伝統的なエコバッグ。いろんな包み方を練習しながら、風呂敷についての基礎知識を学べるような構成を考えております。

 

●参加は要予約です。

 

●実施日は、11/13(日)と16(水)

 

●実施時間、10時~/11時~/13時~/14時~の1日4回です。

 

●各回とも定員8名。

 お友達とご一緒に参加どうぞ。

 

●90cmの風呂敷ご持参下さい。

 事前にお申し出いただければ、風呂敷の貸し出しも可能です(数に限りあり、お早めにどうぞ)

 

●参加費¥500

 

●ご予約03-6914-8050まで

 

講師は、店主も参加している「ねりまクラフトーク」のメンバーが担当いたします。

 

「ねりまクラフトーク」FBページ

 

 

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日之影の竹細工職人 廣島一夫さんの仕事展

今日は店を休んで、ぜひ見たいと思った展示を見てきました。

「日之影の竹細工職人 廣島一夫さんの仕事」展

 

ギャラリーKEIAN

文京区白山4-8-11

03-3941-0022

 

個人商店の運営は、やること湯水の如く湧き出づるもの。線を引かないと、店から出られなくなってしまいます。行きたいと思ったものは、店を休んでも必ず行くこと。見て、感じることが、自分にとって大事。私が心豊かにいられないと、接客もギスギスになりますからね。自営業の約得で、店はおやすみ。

 

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店主には、大分は国東で地域おこし活動「みのや」を運営している友人がおります。

 

8月にあったみのやの東京イベントで、竹細工ワークショップに参加したのですが、見たものと、手で感じることのギャップに驚くとともに、やはり、「体験や経験したものだけ」が「自らにとっての真実の蓄積」になると改めて認識。

 

ついでに、竹細工に対して、楽しさも見い出せたので、もっと知りたくて、まずは良いものをたくさん見たいなと思っていたところに、FB友達の中津箒・吉田慎司さんの投稿で、ギャラリーKEIANの展示を知り、すぐに手帳にメモ。

 

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展示されていた竹籠など、人の手で作ったとは思えないほど、均一な様子。

 

この場合の均一とは、「バランスが良い」とか、「調和が取れている」と言った意味合い。ゆらぎのある美しさで、見飽きない端正な作りで、これを日常のありふれた道具として使っていた世代が、羨ましくて仕方ありませんでした。

 

何しろ立体、三次曲面も多い竹細工。

図面のようなものがあって作れるものもあるかと思いますが、竹は節がある素材で、節を無視して編むことは出来ないもの、というのは、友人「みのや」のワークショップで折込済み。

 

 素材を活かす「応用方法」の連続なのに、廣島一夫さんの笊や籠は、どれもとても美しく、年月が経っていてもほつれもなく、つやつやと美しい色合い。美しい比率や繰り返しの美に見入って、感動でした。

 

 途中、廣島一夫さんを特集したTV番組のビデオを見て、生前の廣島一夫さんの人柄に少し触れられた気分。話す言葉のひとつひとつに、人生の示唆を含んだいい言葉だらけ。思わずメモってしまいました。

 

 「私の勝手に いい を作ることは出来ない」という言葉が印象的でした。道具とは、使う人の役に立つものですから、使う人がこうあって欲しいという機能を満たすべきで、作り手が自己満足してるものはダメだよね的なことをおっしゃっておりました。

 

(私も、自分の思いの強さを押し付けることはしてはいけないなと再認識)

 

 ギャラリー主催の堀さんと、雑談した時にも話しましたが、お客様の中には、「これ、何に使うものなんですか?」と聞いてくる方がいらっしゃいます。用途は分かっていますよ、だけど、このサイズまたは形状を見ていると、「私の生活の中にはどう使えばいいのか思いつかない」ので質問しちゃうんだけど、「一体、これって何専用なんですか?」という問いなのです。

 

 ぶっちゃけ、今日の今日まで「なんて想像力が無い方なんだろうか」と嘆かわしい気持ちになっておりました。いまどきの方は、商品=提案があるものという電化製品的な売り方に慣れてしまって、その様式の売り方じゃないと、受け止めてもらえないのかなと困惑したものです。

 

 これ、いま振り返ると、私随分浅かったかも。

 

 でも、今日見聞した廣島一夫さんの言葉からすると、違う見方も出来るなと思いました。

  

 あれは、「私にとって」用途が分かんないものを作って、せっかく作ったこの品物には、「誰のための」「どんな価値がありますか?」って言っているともとれます。

まさに、道具とは、使い手の欲しいもの以外は、無用という真実を、お客様は訴えていたのではかなろうかと思えてきました。

今のように、出来合いを見て、自分の間尺に合う/合わないを判断するのは、実はモノづくりとしては順序が逆なんですよ、きっと!

 

「私はこういうのが欲しいの!」という個人の要望に、1点1点対応するような、そういうモノづくりは、今の大量生産的工業製品だと対応不可能なので、売れない商品が大量生産されることも多いのかな。

 

ニーズの無いものを作らないことは、資源温存で環境にも優しい。

そして、個人ニーズは有象無象あって、マーケットの大きさにかけては、存在する人数分ある訳ですから、オンデマンドな手工芸・手工業は、もっともっともてはやされるようになるはず・・・なので、私の大好きな工芸の未来って、明るいんじゃなかろうかと、モヤモヤ妄想しながら帰り道。

 

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KEIANの次、御茶ノ水で「お茶の水熱烈楽器祭×明治大学ホームカミングデー」で、最近知って気持ち入れ込んでいる「カルメラ」ライブを楽しむ。

 

 彼らのライブを見るたび、聞くたび、

「楽しくないとダメ」を思い知らされます。

裏返すと「楽しいことには私みたいな朴念仁さえ魅了されて踊る」

 

拡大解釈すると、何か世の中で価値を見出されずに廃れかけている、私が大好きな工芸分野だって、楽しい事がちゃんと伝えられたら、それいいね!ってファンが増える見本のように見えてくるのです。

 

 門戸を広く取るためにも、楽しさや快感を、どれだけ伝える事ができるかが、私のような小売店のお役目だなと改めて思いました。

 

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 楽しい1日でした。

 明日からまた、お店頑張ります。

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新聞折込チラシ

開業来、初めての新聞折込チラシ。

 

今まで試したことがなかったのですが、逆に言えば、自分ひとりで出来ることで、他のあれこれはやって来たつもりですし、継続もしているので、新しい変化を求めて、今まで手を出した事がない手法を試してみました。

確か、試してみようと思ったのは春先だったような…なのに今まで手が動かない、頭も回らない。本当に年齢とともにスピードダウンしております。

 

時々に目の前に起こる事柄との兼ね合いもあり、スルリと動かせない物事は放置・熟成の後、タイミングとなれば大きく動かすことが増えたような。。。

フットワークの重さがお年頃らしさと思いつつ(いいと思っていない)、一方で、周囲や自分の流れとは無関係に、誰かに決められた締め切りに、無理やり帳尻を合わせようと力押しで仕事するストレスはゼロですから、これはこれで、いいのかなと思っております。

 

新聞の折込は、基本的には「高齢者ターゲット」の媒体。定年退職しても、新聞を取り続けるという経済力がある方向けの媒体。と、一般的には思われております。それ、本当なのかな?というところもあり、反響が楽しみでした。

折り込んだチラシ内容は、環を知らない方向けを意識。
定番の商品紹介と共に、今回の目的、「漆器や着物を断捨離したい方と使ってみたい方をつなぐ」を激白。(何を考えてどうしたいのか、HP内で説明しているページへ飛びます。お時間ある方は、どうぞ読んでみて下さいませ。

ザクッと書くと、
漆器や着物が廃れていくのが残念。
好きな若者だって多くいるのに、手に入れるハードルが高くて、簡単に買えないから、始められない方も多いと分析。

断捨離したい方から無料で譲り受け、手直ししたりで安く提供したり、場合によっては無料提供しながら、初心者に対して、使うという機会をつなぐ。

やっぱりいいぞと思った若い方は、ハードル下がるはずだから、新品を買い求め、使い続ける可能性が増える→漆器や着物、関連工芸の作り手達へ、仕事がつながるかもしれません。

祖父母、両親など、血脈・血縁で継承してきた、風俗や習慣が途切れるなら、血縁越えた世代間の交流で補ってもいいと思う方同士を、つなぐことが出来たらいいな、というお話。自分の損得を越えて、民族としての文化継承を考えると、今の時代は、血縁越えないと、カバー出来ない状態じゃないのかな?という、問題提起。

友達の店、昭和レトロ雑貨+着物のお店「ガラクタや ネバーランド」さんが、着物なら協力したいと申し出てくれたので、仲間がいる安心もあって、始めた一歩が今回の新聞折込でした。

ぶっちゃけ『あなたの要らないものを下さい、私がそれを安く売ることで、儲けたいんです』という風に曲解されたらどうしようかと、不安を抱えてのリリースでした。

でも、折り込まれてからやってきた数人の方から頂いた言葉は、心配の真逆で、「売ろうかなと思っていましたが、役に立つならただでいいから、出したいと思いました。あなたが書いてくれたので、気持ちが決まったわ。」というもの。

 

じわりと、感激。

 

中には、チラシがきっかけで、仕舞ったままの着物を、もっとちゃんと着てみたいと思い出したという方もいらっしゃいまして、お直しの方を紹介して欲しいという申し出もありました。着てくれるなら、ストレートに着物が活きますから、素敵な余波。

多分、着物に関しては、着れないサイズが大半かと思います。でも、着方の手順を覚える練習用には、丈や裄が間に合ってなくても、使えるはずですから、差し上げてもいいし、持ち続けるのがしんどいという方には、貸出してもいいし・・・

教える人は、訪問着付け美容師の伊藤じゅんこさんが協力してくれるはず。小竹向原駅の音楽喫茶アカシアのフッキーも協力してくれるはず。私のカリスマ美容師の美容室FESTAきょうこさんだって、きっと協力してくれるはず。

「うちに来てくれたら着方を教えられるわ。ああ、その前に、家の中掃除しとかないと。掃除しますわ!」と声を掛けてくれた方もいらっしゃいました。

環のチラシに反応して下さる方々は、どうも真面目で明るい系統みたいです。

ちなみに、通説通り、断捨離世代がやってきますから、新聞折込は高齢者向けの商品・サービスについてのチラシなら、反響が望めるかと思います。

以前は、自力でポスティングもやっていたのですが、最近はweb発信ばかりかまけておりました。webも、反応をもらうまではかなり時間と労力が掛かるものなので、注力した経過は疑問無しなのですが、これからは紙媒体も効果的に使ってもいいと思える結果でした。

次は、使いたい方へ届けるルートの準備を、試行錯誤しないといけません(頑張ります!

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佐藤画伯、江古田デビュー

店主、今年から商店街の平役員をやっております。

環が立地する、江古田ゆうゆうロード商店街は、練馬区で一番最初に出来た商店街と聞いております。江古田は、当時からこだわりの店がひしめいていた土地柄、良い物が欲しければ江古田へ行けと言われ、昔は年末のアメ横のような混雑が普通だったとも聞きます。

 

そういう商店街だと、昔取った杵柄を振り回す硬直化した老害的なブラックなところがあるのかも・・・と所属する前は妄想していたのですが、何のことは無い、どの店の方も寛容で、懐の広い方ばかりでした。

面白いこと、新しいことが大好きで、利己的なところが無くて、商店街や地域社会がより良く楽しくなるために出来ることを一生懸命やりたい!という意思が強いのには驚きました。

こういう商店街だから、「雑務をやる人欲しいんだけど、役員やらない?」というお誘いを受けた時に、面倒だなとかすめましたが、結構素直にやろうと思いました。

自分でお商売始めて、他のお店の方ともたくさん知り合い分かったことは、何かやろうとしたら、飲食店は物販とは比較にならないぐらい日々のルーチンが大変なので、物販屋が雑務をこなさないと、一緒に何かすることは不可能という事実。

私は、日常必需品を扱う小売でもないから、他所に比べたら、日々欠かせないルーチン業務が少ない方だから、役に立てるならやろうと思いました。何しろ、商店街が盛り上がれば、当店への来店誘致にもなりますからね。

 

今年は、マザーグースさんと一緒に、偶数月15日に実施しているセール系のイベントの担当をやっておりまして、ふたりであれこれ相談しては、試行錯誤をしている真っ最中。

その一つとして、イベント時の賑やかしにと、のぼり旗を作りました。

原案はわたくし、佐藤画伯デビューです(笑)

コンセプトは、庚申塚にちなんだセールイベントなので、

庚申塚の石像をモチーフに、極楽浄土的な賑やかさを、

ポップに表現してみました。

 

 

今回は、新しく商店街の役員として、おっかなびっくり仕事している私へのご祝儀もあって、皆さん「うんうん、いいよ、いいよ」と飲み込んでくれた感があります。受け入れてもらうこと、とてもホッとするし、嬉しいことです。


内部の自己満足ではなくて、商店街を利用して下さるお客様が楽しめるように、先輩たちとジミジミと改善をしていきたいものです。

 

余談ですが、庚申塚の青面金剛様をキャラ化した「庚申くん」結構気に入っております。このキャラを使って、広告に4コマ漫画載せたらどうかな?なんてマザーグースさんと相談中。「ネタはあなたが考えてよ」とお互いがギューギュー押し付け合い中なんですが、ネタ作りって、ほんとに難しいですよね、、、、(募集中です

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映画「君の名は。」

先日の定休日に見てきたアニメ映画。

見た後に、幸せな気分になり、一緒に見た友達との会話が盛り上がりました。

予告動画を見ている+「君の名は」という昔のドラマを知っているせいで、「運命のいたずら、すれ違い、若い恋」というキーワードでフィルターが掛かって、最初のシーンでもう涙が浮かんじゃう人がいるようで、隣近所で涙を押さえる方が多数。

 

音楽PVのような、音楽と映像とストーリーが一致するような演出が、心地良かったです。シンクロして感情を高ぶらせる感じで、涙もよく出たような、、、(苦笑

店主、おばちゃんですからね。
相当生臭くリアリティを追求しちゃうところもありますから、いきなり体が入れ替わって、それも異性で、かつ処女童貞が、その現実を「ちょっと遅刻程度」で乗り越えてしまうぐらいの逡巡で済むのは「無いわ!無い!無い!」と思いつつ、テンポの良さで流されてのめり込む感じ。

 

自分も、厨二的なお年頃に、自分の人生が辛くて、誰かの人生を生きてみたいと、王子様がやってくる運命の赤い糸系の妄想に浸ったり、超人ロックみたいな物凄い力を持っていて、いざとなったら能力解放で嫌な奴殲滅系の妄想に浸ったことがありますから、そこはご都合主義で。。。

途中、3.11を暗喩するようなシーン、人間がどうにもできない現実や、簡単に死んで無くなる命の儚さみたいなものを、つきつけられたドキリ。

私は関係縁者が結果大した被害なく今も元気に暮らしているもので、自分も日々を楽しんで暮らしていると、当時のショック状態の心を忘れて、まだ被害から立ち直っていない人達の存在を忘れがち。だから、凄く、ドキリ。

 

一番は。好きな人がいて、会いたいから死にたく無い!
この普遍的で、永遠の真理みたいな、愛情の法則を音楽にのせて、浴びせかけられたのが効きました。抗えない。。。感動のトリガーは「愛」

親兄弟、友達、同僚、ご近所さん、通りすがりでもなんでも、私の美しい世界を構成する誰かは全て大事な人達。大好きな人達。

涙ながらに見終わった人達は、全て愛する人がいる証拠。

そんな風に思って、周りを見渡しました。

 

見終わって、大事な人を思うような、そんなところが素敵な映画でした。

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あそこが良かった、

ここで〇〇思い浮かんでた、
そんな話で夜通しお酒が飲めるようないい映画でした。

どうしようかなと迷っている方は、映画館へGO!
何故なら、あの美しい絵と心を煽る音楽は、テレビ放送やDVDでは味わえないから!

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はじまりのコップ

副題「左藤吹きガラス工房奮闘記」

 

私は漆が好きなだけで、他のうつわの知識はみなさんと同程度だと思っております。

でもお店の人ですから、勉強はしなくちゃなと思いつつ、素材の本、作り方の本、使い方事例の本、などなど、たまに本を借りて読みます。

ただ、もうおばちゃんだから、固有名詞や数値を覚えたりするのは苦手なので、大雑把につかむと満足して、何だか一向に深まって行かないのが難点。

いくつになっても勉強出来るといいますが、基礎的な情報は暗記も必要で、それは若いうちがいいかなと思うのです。覚える根気と体力があるうちに、今すぐは何に役にたつのか分からないことでも、知る+覚えることで、後に生きる応用力の元になると思うのです。

学校通ってる年頃の子に、こんな話をすると、そんな先の事が想像できないし、努力しても暗記が苦手だったりすると、気持ちが凹んでるだろうから、「自分には要らない」って言いわれそうです。

でも、無駄じゃないから、やってご覧、と言いたい(笑

学校なんて、時間が来たら卒業したり退学したり、ずっとそこには居られない場所。私が言う勉強は、その先も生きていく時間のためにするもの。

学歴なんて、詐称出来る程度のものなんだと思ったことがあります。

どこの学校を出ていたって、相手の信頼や愛情を得るものは、本人の発する言動由来。人が人を好きになるのは、いい学校を出た人だからではないもの(なんて分かりやすい例えなんだろう☆


最近、たまに見かける若い子が、ウツで苦しんでいると知りました。店主だって50年も生きてきた中で、何度か人生の山谷を体験しておりますから、その中でウツになって事もあります。最中は、自分では身動き出来ない生きづらさで、誰か助けて欲しいのに、抜け出すのは自分でしか出来ないから、救いが見えなくてひたすらしんどい毎日でした。

あの頃、自分以外の何かがウツを治してくれると信じて、医者へ行き薬を飲んだし、ストレスやトラウマが影響しているんじゃないかと思っては、カウンセリングを受けてみたし、スピリチュアル系の何かを試したり、占いしてもらったり。答えが見つからずに逆戻りしてみたり、忙しかったものです。

 

ある日、ある時、叔母が来れたメールに「いくつになっても、悩みは無くならない。いまだに同じようなことで思い悩むよ。でも、それが生きてる証拠」みたいな事が書かれていたのを見たら、そこから薄皮をはぐように自分を取り戻せました。

確かに、子どもの頃の悩みで無くなったものもあれば、似た悩みに出会うこともある。いくつになっても、ゼロにならないものなんだなと思いました。そして、私以外の全ての人が、同じように繰り返す悩みを抱えて、日々生きており、私一人が悩んでいる訳ではないとようやく「分かり」ました。

つまり、「答えが無い」ものもあることを「本当に分かり」ました。
今見つからないだけで、いつか見つかる答えもあると、希望にも気づきました。

他人に答えを求めても、私のことは私以外には分からないものなと思い、外へ答えを求めるのは止めました。もう、どんなヘビーな問題に出会っても、気持ちを落ち着けて、対処出来るようになり、出来ないことを無理にやろうと粘ることもしなくなったら、つまづき感や不全感が減りました。

 

話戻って、「はじまりのコップ」


左藤玲朗さんの作るうつわが素敵だなと思って、写真が見られたらそれでいいやと思って借りた本なのですが、今の工房に至るまでの紆余曲折の中に、私の人生の紆余曲折を見出して共感の連続で、図書館に貸出延長を頼んだほど眺め続けた本。

自分のやりたい仕事を見つけて、仕事を作ること。

自分の方向性を模索すること。オリジナリティの考え方。
仕事のクオリティを自分で作っていく過程、思ったこと。
事業としての計算。

お客様からの反応をどう受け止めるか。

心通わせられる取引先との出会いと取引の継続。

それら全部、でも頭から外して無心に楽しんでいる製作時間。

 

左藤玲朗さんも、多分、日々同じ「ような」ことを悩んでいるんだろうなと思いました。「同じ分野」「同じような」悩みはつきない。そういえば、叔母さんが似たようなメールをくれたよな、と思い出して…(刺激を受ける本を読んでいると、頭の中、いろんなことが行ったり来たり、忙しいです。

会ったこともない左藤玲朗さんのことが、とても身近に感じられた本でした。
いつか、お会いしてみたいものです。

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映画「くちづけ」

お友達のお店、小竹向原駅前の音楽喫茶「アカシア」。隔月で小竹界隈に住む人達の交流会を開催しております。会費620円で飲食持ち込みOK、みんなで持ち寄ったりしながら、雑多な会話を楽しむ会。

そこで先日知り合った「谷川功」さんは俳優とのこと。若い方なのですが、ひと時、とても気持ちいい会話が出来たので、彼が出演している映画と聞いて見てみることに。

知的障害者がいる家族のお話。
末期がんで時間が無い親が、知的障害者の娘の行く末を案じて殺してしまったという実話に基づいたお話。

谷川功さんは、知的障害者のグループホームの同居者。アカシアでビールを飲みながら話していた姿とのギャップに、さすが俳優!化ける!と見入ってしまいました。

泣かせようという演出は少ないので、淡々と見られましたが、やはり最後は涙。私は、親の気持ちに立って、自分のこともかぶせて、涙。

娘の首を絞めて殺す親心は、そこにいたるまで「オレが居なくなったら、この子はどうなるんだろう?」と不安で一杯。不安を囲っている時は、悪い未来しか見えないもので、入ってくる悪い情報にも心が揺れる。

些細なことから坂道を転がり落ちるように状況が悪くなり、抜け出せなくて追い詰められる感覚は、生きていれば誰しも味わったことがあるはず。ああいう時は、何故か自分は底へ底へと進んでしまうのですよね。

リアリティがどうのと感想を書いている方がいらっしゃいましたが、私は想像力というか、変換力で見ていたので、自分がいつかなるであろう「独居老人の不安」、「介護が必要な家族の不安」なんかにも置き換えられ、もっと広げて、一人で何とかしなくてはいけない、誰も助けてくれない社会の閉鎖的生きにくさとか、いろいろ象徴されているようで、ムネアツ。見終わって少し考え込む感じの映画でした。

健常者だって、何かあった時に100%頼らせてくれる相手がいることは稀です。親兄弟だって、それぞれの事情があれば、面倒をみてあげたくてもみられないのはざらです。いわんや、他人をや。

行政にそこを望むのも分かりますが、自分が出来ない事を他人に解決してもらおうという点では、身内が出来る以上のことが出来る訳もないと覚悟しておいた方がいいかなと私は思っています。

お金で他人を動かしてやってもらうといっても、他人も人だから、心が動かないと続かない。金を払っているのだから、という方がいますが、それも、相手の満足する金を払っているなら声を大にして言ってもいいかなと思いますが、相手が満足していない額を払って、全部やるのが責任だと押しかぶせるのは、理性的には受け止めがたい話じゃなかろうかと、お商売やってる人の立場で、考えたことがあります。


私の思う解決策は、もっと周りの方とのおつきあいを大事にすること。
10%、いや、下手したら1%の助けを積み重ねて100にするぐらいのつもりで、周りの方と調和して暮らすこと、周りの人とちゃんと生身で関わることが、ヒントじゃなかろうかと思っております。

そして、人から1%でも助けをもらうには、自分も相手にとって必要な助けを、相手が必要とする時に差し伸べられるか、そういうマインドでいられるか。

難しく考えることはないと思うのです。
相手に興味を持ち、仲良くなれば、自然と「そのぐらいなら私がやってあげる」と自然と言えますから。

 

「そんな相手なんて、どうやって見つけたらいいの?今の私の周りには、そんな人はいないもの、、、」という方は、ぜひ、小竹向原駅前の音楽喫茶「アカシア」の交流会に足を運んでみて下さい。

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メルマガ止めます

止めます、ではなくて、止めました。
どうも、更新することが負担になって来まして、それで。

楽しみにされていた方が、いたのかさえも、実は実感できていなかったことも、理由のひとつです。

また、やりたくなったら再開しようと思います。

 

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大体、こういうことは、半年はどうしたものか、悩んで迷って結論にたどり着きます。

お商売に関わること全般、始めたら最低1年はやってみないとダメと先輩経営者に言われます。私自身も、そのように感じます。

某〇〇百貨店のメルマガは、そういうスタイルのお商売だから、そこに注力するべきだからやっている「仕事」ですよね。振り返って自分の店を見ると、通販メインのお商売ではなくて、来店型のお商売が本質。だとしたら、来店誘致に対して、時間を割くのが本筋かなと思いました。

 

ということで、続けるのしんどいなと思う枝葉業務は、一度止めて、要望があるようなら再開で。

もしも、メルマガを楽しみにしてくださっていた方がいらっしゃいましたら、1対1でより個人的な風情でメールをお送りいたしますので、お問合せフォームから「かたみち文通希望」とお送り下さいませ。

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台湾土産

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まだまだ水キムチ

どんどん習熟してきておりまして、自分なりの工夫ポイントがいくつか出てきました。

1)具材は、いずれ水洗いしてから漬けるので、下処理の塩もみ、塩漬けは、たっぷり塩振ってシナシナさせること。時間短縮にもなりますし、発酵後に汁と一緒に食べる時の食感が断然良いです。

2)キムチ糊のでんぷん質と、具材の糖分だけでは足りないようで、ちゃんと砂糖を足した方が酸味がはっきりスッキリした味で出来上がる気が致します。乳酸発酵は糖質を分解して発酵するので、システム上、糖分は必要。甘さが分かる程入れる必要はありません。

3)唐辛子は入れるべき。

発酵すると泡立つものだそうですが、雑菌も繁殖している可能性が否めず、唐辛子を入れた時の方が泡立ちが制御されていた印象。乳酸があるレベルまで増えると酸性になり、雑菌が死滅する仕組みだとか。だとしたら、雑菌の繁殖を抑えるアイテムとして唐辛子は入れるべきです。1日目、辛さが強く感じたとしても、数日経って酸味が強くなれば、徐々に味のバランスが取れて、辛さが突出しなくなり、気にならなくなります。

4)大根+人参+小ねぎ+熟し過ぎたプチトマトが店主的にベストな具材。シュウ酸がある野菜は、酢を最初から混ぜて発酵させるとエグミが減り、美味しいと思いました。

5)途中、発酵の進み具合で、味のバランスが崩れたなら、塩を足したり、酢を足したり、調味することも楽しめば良い。

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体重は変わらないのですが、続けているうちに、お腹の膨満感が解消され、ウエストラインが変わってきました。

食べ過ぎた日の翌日、持たれることが無いです。かつ、食べ過ぎた胃腸の嫌な感じがリカバリするのが早くなりました。

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受け取り上手

今週の水キムチは、小松菜+大根+みょうが+小ねぎ+りんご。具の量が多すぎたせいでしょうか、発酵の泡が今までになくブクブク。味見するといい酸味を醸しております。

毎日飲んでおりますが、絶好調お腹の調子がいいです。母がたまに医者に処方してもらう便秘薬の名前が「ヨーデル」というのですが、薬なんかよりもヨーデル感が凄いです。

ところで、表題の件。
お勘定の時に「いいわよ」「いいのよ」「今日だけだから」「そうはいかない悪いから」なんて押し問答する人々っていますよね。

傍目に見ている時は「どうせ大した金額ではないというのに、いつまで続くんだろう」と構えて見ていることが出来るのに、いざ、自分がその立場になると、先に払わないと「負ける」ぐらいの勢いで、押し問答始めちゃうことがあります。

二度と会わないならいざ知らず、またこんな機会が訪れる人間関係なら、固辞せずに受け取ればいいかなと思うのです。見え見えで当てにされたら不機嫌になりますが、真面目にお付き合いしている同士なら、男性だろうが女性だろうが、ちゃんと本意は通じるはずですし、「ありがとう、とても嬉しい」と気持ちを表現するだけで、随分雰囲気柔らかに場を収める事ができるのではないでしょうか?

また、同じように食事に誘っておごり返す、なんてのも、固執すると野暮かも。出来る時に、相手が負担に思わない程度、サラッと渡す「おやつ」「お裾分け」でも十分心は伝わると思います。「ああ、あの時のお返しだな」と相手もうっすら思うだろうし。

お金は数字で表せる価値を持っているせいか、お金が絡む出来事は数字のプラマイで考えがちですが、心は数字では表せない本質なので、プラマイゼロを目指す必要は無い(断言

それに、受け取ってもらうことは相手に受容してもらう体験でもあります。「いえいえ、私が」というのは、繰り返される回数だけ、拒絶の申し出に近づいていく気もいたします。

その場でプラマイゼロにしたいなんて、貸し借り無しでいたい、相手に迷惑掛けたくない、あなたには頼る価値が無い、あなたに頼られたくない、という裏返しの行為にも見えてきます。

ありがとう、と受け取る。心から、嬉しい楽しい美味しいを伝えて、受け取ることは、慣れていない方には難しく感じるかもしれませんが、やれば段々慣れます。

そして、感謝の気持ちから返礼行為が出来ていれば、結果的に、また相手から受け取る機会が訪れ、お付き合いの連鎖が続いていくのです。

受け取り上手になりましょう。

今夜、お勘定時に押し問答してきたので、次は押し問答しないぞと思いながらのこのブログw

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9/6NHK-BS「イッピン」これって本当に漆器?~青森・津軽塗

環の漆器を塗ってくれている、津軽塗の五代目・木村正人さん。今年、東日本伝統工芸展で2位入賞(岩手県知事賞)を受賞。

 

9/6(火)NHK-BS「イッピン」19:30~20:00
津軽塗の特集番組だそうで、職人インタビューでちょこっと出演するそうです。

 

「ところで、どんな話をしたんですか?」と聞いてみたところ「ん~、たくさん話したけど、どこが放送に使われるか分かんないから、、、でも、かなり真面目~に話したつもり」と冗談を言っておりました。

 

木村さん、津軽弁のなまり方がマイルドな方なので、字幕なしでちゃんと聞き取れるはず(多分)ぜひ、お時間ある方は、番組を見ていただけたらなと思います。

 

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昨日の小さなお客様~子どもと遊ぶ

昨日の小さなお客様のお話。

 

夕暮れ時に、小学生女子4人組が「ガラスペンで、書いてみていいですか?」とやって来ました。

 

どうやら、中の1人が、前にママと一緒に試し書きを体験したことがあるようで、お友達を誘って寄り道しにきたようです。

 

「いいわよ、何色のインクで書いてみたいの?選んで」と言えば、「え、今すぐ書くとか、ほんといいのかな?ママに聞いてみないと分かんない」なんて言いだすのを聞いて、勢いで来てみたけれど、緊張しているのだなと気がついたわたくし。にっこりです。

 

「ママに聞くまでもないわよ。書いていいわよって言ってるのはこっちなんだもの、壊れたって大丈夫よ。でも、書いてみたら分かるけど、案外、壊れないものよ。」

 

姪っ子と同じくらいの年頃だな~なんて思いながら、事前の注意点を少し話して、ペンを渡しました。

最初の子は、インクをペン先につける辺り、おどおど。書きだした途端、「わー!何か、面白い!」おかげで、残りの3人もちょっとリラックス。

 

「何書こうかな?・・・思いつかないよ」なんて言う子には、みんなで「アレ書いたら?」「コレ書ける?」やいのやいの言いながらせっついて、ケラケラ笑い合うひと時でした。

 

みんなで書きながら始めた遊びが、中々面白かったのでご紹介。

 

●書き手が描いたものに、不思議設定をつけていく遊び。会話しながら書き足していくのが、面白かったです。

 

スイカ→縞が上手に描けなかった!ちょっと変かも!→きっと中身も怪しい→食べると何か起こるかも!?→どうなるの?→う~ん…真っ赤になっちゃうの→種も凄いんだよ→どうなるの?→食べたら真っ黒になるの!→黒いのヤダなーw→やだよね~ww→そう言えば、スイカの種食べるとお腹で芽が出るって言われたことある?→あるある、うちのパパは、お腹でスイカが成って破裂するって弟をビビらせてた→それ結構怖いよね→マジ怖い~w

 

●書き手が描いていく過程で、何を描こうとしているのか、当て推量ゲーム。

 

→画力の怪しさと、何故か物ではなくて、状況を描こうとするのでワケワカメ。途中の意見を聞いて「それ、いいね」と描こうとしていたものを即変更する柔軟さとか、もうカオス!とにかく大カオス大会で大笑い!

途中、入店してきたお客様が、嫌でも聞こえてくる会話があまりに微笑ましく、堪えられずににっこりです。笑顔伝播。

 

思いがけず楽しかったようで、女子達、描いた紙を持ち帰ってお家で話したかった模様「でも、この紙を切り分けたら、話がバラバラになるよ、どうしよう」と悩む姿が可愛かったので、また来て描けば?と言えば「え!いいの?」と嬉しそうな顔。

 

子ども達へ

いろんな体験をして、大きくなって下さい。見聞だけではダメですよ。ちゃんと、五感を使って、実感してみてね。その経験と知識は、今すぐは使わないかも知れないけれど、いつか役に立つ時がくると思うの。だから、また遊びに来て下さいな。

 

私もとても楽しかったです。

 

※子どもとだって楽しめるガラスペン。

文字だけでなく、絵も描けますよ。

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何て簡単、水キムチ

前回作った水キムチ。朝晩飲んで、飲んで、あからさまにお通じの臭いがしなくなったのに気を良くして、2回目。

 

常温放置、丸1日。
前回よりも小さな泡が多く出ており、酸味も強いです。材料でも左右されるのかと面白く感じております。

 

前回からの変更点は、ネギを入れたこと。キムチ糊を多めに入れてみたこと。にんにくと唐辛子を減らしたこと。具材が更にしんなりするように、薄く薄く切ってみたこと。

 

1日目の試飲では、ネギを入れた方が私好みと発見。家庭の数だけ、野菜の数だけ、バリエーションが存在すると言われる水キムチ。2回目にして、失敗するのが難しいぐらいかも?という感触を得たので、自分の好みを探してどんどん冒険してみたいなと思っているところです。

言っている合間に、もう一つ、カボスを入れたバリエーション製作。調度、カボスをいただいたところだったので、試しにちゃちゃっと準備。この簡単さがまた、水キムチのいいところです。

そして、放置でこんなに美味しくて体に良さげなものが出来るなんて、発酵とはなんと面白いのでしょうか。

発芽玄米といい、時間をかけたら簡単に出来るものがたくさんあるなと気付いてから、あれこれ作ってみたくなっております。次、味噌か納豆にチャレンジしてみたいです。

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眉毛の話

店主、眉毛を全部剃っております。

高校時代だと、そんな奴、ヤンキーしかおりませんでした。

何十年と経って、当時不良の象徴のような眉無し顔。

遺伝だから仕方ないことなのですが、私の眉毛は父親そっくりで、父の顔になら調度いいだろうに、私の丸顔にはどうにも収まりの悪い形。

しかも、体の歪みが現れているのか、左右で形が違い、高さもずれているので、化粧をするたびに左右のバランスが取れずに四苦八苦しておりました。

 

私は中島美嘉さんの顔が割りと好きなのですが、彼女の顔は、眉毛があってもなくても美しいのです。眉毛って、もしかして無くてもいいんじゃなかろうかと思ったら、一度剃ってみようかなと思い立ち、ザリザリとさようなら。

 



剃りながら、やってはいけないことをしているような、不思議な感覚で、元をたどれば、学生時代に流行っていた不良ファッションの要素なので、禁止の刷り込みが強く入っていたんだなと自覚。

でも、ちょっと伸びてくると、鏡に近寄って化粧する私には眉毛ラインがバッチリ見えるもので、やっぱり眉毛を見ながら化粧してしまい、結果、左右のバランスがおかしな「いつもの顔」になってしまいます。

生まれてからずっと目にしてきた自分ですから、良くないものだから止めようと思っても、中々簡単に消し去れないもので、忘れたくてもフラッシュバックしてしまう、トラウマのような存在に思えてきました(笑

自分の事だからこそ、変えることなんて、簡単なんだという思考回路に、早く慣れてしまいたい。朝三暮四でもいいから、いいと思う方向へ、変えることを厭わない思考回路になれたら、人生はもっと自由なんじゃなかろうかと、朝の化粧のひと時、うまく描けない眉毛を見ながら思った次第。

今年は、私自身もそうなのですが、周りの人、お客様から聞く話も、変化が起こる+流れが早くて目まぐるしい方が多くて、いい事なら喜ばしいけれど、悪いことだと捕らわれてしまいがち。何で、どうして、こうだと良かったのに…変えられない過去を思ってグルグルするのは無駄ですもんね。

私にとっての眉剃りと同じように、これはダメと自分に知らず課している制限って、「どうしてダメなの?」と自分に問うてみるといいですよね。

大した理由が出て来なかったり、自分以外の誰かに迷惑をかけないようにとか、他人を言い訳に使っていたりしたら、自分には要らないものだなってすぐ分かりますから。

一昨日、実家の家族が上京してきまして、久し振りに一緒に過ごしたのですが、ヤンキーみたいに全部剃ってる私の眉毛を見ても、両親とも「なんて格好しているの!」と責めることはありません。

 

やってしまえば、越えてしまえば、制限なんてそんなもんだなーと、あっけなく思いました。

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水キムチ、2日目

常温で1日過ごした水キムチ。

ご覧のように、小さな泡が立ち始め、水色も少し濁りが出てきており、発酵は順調に進んでいる模様。

飲んでみると、作りたてには感じられなかった酸味が出ており、昨夜は強く感じたにんにくの風味もマイルドに馴染んでおります。

 

 失敗したなと思うのは、唐辛子の量。

2Lタッパに唐辛子1本入れたのですが、半分でも良かったぐらい。日本の唐辛子は辛いから加減が必要です。

 

赤羽の韓国惣菜屋のおばさんが作る、思い出の味とは似ても似つかない味なんですが、これはこれで美味しいなと、自己満足。

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初めての水キムチ作り

知らず、随分とブログを放置していたことに今更気づく。

 

店主は以前、赤羽に10年ほど住んでおりました。

清野とおる「東京都北区赤羽」という漫画が深夜枠のテレビドラマにもなった漫画があるのですが、まさにあの漫画に出てくる「居酒屋ちから」の近くで、オンタイムであの漫画に描かれていた赤羽を味わっていたひとりです。

今はもう無くなったと思うのですが、アーケード街に韓国惣菜屋さんがあって、そこで買うものが何でも美味しくて、おばさんと話すのも楽しみで、随分通ったものです。おばさんは「韓国ではみんな自分のうちで作るから、そう特別でもないんだけれど」と言うのですが、あんな美味しい味が私に作れるとは思えず、トライすることもなく今に至ります。

でも、折々思い出すのですよね。

Tさんに「あの時食べた水キムチがとにかく美味しくてね~」と話したところ、Tさんは自分でも作るというではありませんか。案外簡単に作れるし、冷麺の出汁に使うと、あまりの美味しさに、外でわざわざお金を払ってまで食べる気にならない、とまで言います。

それで、俄然やる気が出まして、今夜とうとう水キムチを仕込んでみました。常温で1日、泡が出てきたら冷蔵庫で1日。味見して、酸味の調子で食べごろを決めるといいそうです。

今回、材料入手で困ったものは「米粉」
近くのスーパーでは米粉が見当たらず、どこへ行けば手に入るやら?と思っていたら、Tさんが「白玉粉が米粉だよ」と教えてくれたのでハッとしちゃいました。その通り。

ちなみに、白玉粉はもち米粉。上新粉はうるち米粉。あんまり違いが分からないので、ひとまずもち米粉を使うことにしました。

具材は大根と人参。塩で短時間で浅漬にして、水洗い。
白玉粉と水でキムチ糊を作り、さまします。

生姜、にんにく、好みで唐辛子を刻み、浅漬と混ぜ、キムチ糊を加え、水を足し、味付けは塩。

発酵を助けるために、Tさんはラブレをほんの少し入れるそうなのですが、ラブレが見つからなかったので、食べ残して酸っぱくなった普通のキムチをちょこっと投入。

もう、今の時点で美味しくなる予感(うふふふふ

明日にでも、発酵過程を画像で投稿しますね。

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諏訪の神

江古田駅南口のみつるぎカフェのオーナーさんは、神官の勉強をするため、かれこれ3年ほど学校へ通っていたと聞いております。

FBだったかで、「この本を読もうと思う」と書かれていたのを見て、興味本位で図書館で借りました。

自分の趣味や知識欲から借りたい本が無い時には、こうしてどなたかの読んだ本や、読みたい本を読んでみます。新しい世界が見つかったりするので、なかなか刺激的。

ちなみに、諏訪の神は、結構衝撃的な本でした。
何しろ、サブタイトルが「封印された縄文の血祭り」です。

読み進めるうちに、全く思い浮かべたことが無かった、別な神を信仰する人々の存在を感じるような内容に、ドキドキしました。

 

大して信仰心を感じない現代生活の中で、まだ守られている風俗や習慣が、もしかしたら、遠い過去に根ざしていたものだと思うことさえも、新鮮でした。

 

前に、絵巻物に描かれた絵から、風俗なり当時の事実を読み解く手法を読んだ時も、気付かなかった過去の事実が、こういうふうに可視化されるのか!と驚きと共に感動し。

一見、筆書き文字が読めないので「ふーーーん」と流して見ていた歴史資料が、私には読み解けなくても、〇〇な情報が残っているといいなと思って読む人が見れば、お宝資料となる現実を実感して、時代を超えて「残す」ことの意義を、本当に実感したような気が致します。

 

私には、こういう分野の基礎知識が欠けているので、これがどういう位置づけの事実なのかが分かりませんが、今まで見ていた世界観と違う層が見えてきたことが、とにかく新鮮で刺激的で!!!ちょっと興奮気味。

文章は、正直読み進めるのが辛いぐらい、分からないことが普通の口調で羅列されるので最初の方で挫折しかけること請け合いですが、1/3ほど超えると「うおっ!」ってなりますよ、この本。

●神に生け贄を大量に捧げる信仰のスタイルがあったかもしれない

●神は、私達が知っている神以外が存在したかもしれない
●私達が知らない神を信心する人達を葬り去った歴史があるかもしれない

●違いは、この変化は受け入れられないというサインかもしれない

私の若い頃は、長野といえば避暑地からスキー場、ペンション旅行ともてはやされた地ですが、何故か足が向かない地だったのですが、この本の論調に乗っかってみると、私は今の正史の神様を信じる民族みたいです。だからこそ、この本が投じる、私が今まで存在すら思わなかった人々と信仰をつきつけられて、ガツン!と衝撃を受けました。

世の中には、いろんなことを研究している方がいる、それが、とてつもない価値を含むのではないかと、自分では理解出来ないことながら、今回の衝撃が大きくて、

 

受け入れられないからと言って、潰してはならぬ!と私の神様が言うので、その通りかなと感じた次第。

過去には行けませんから、事実は分かりませんが、今ある私達は、様々な可能性の先に生き残ったという幸運をことほぐことが、まず肝要と、思いました。

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正直、変な本ですが、衝撃が大きくて、捨て置けないというのが本音

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いつか来た道

仕事の打ち合わせで、若い起業家に出会いました。

自分の事、

最近起業した後輩、

起業後苦労しつつも、やりがいを感じて頑張っている友人・知人、

 

そんな顔を思い浮かべ、その方としばし話し合いました。

 

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事業が軌道に乗っている方にさえ、これを言うとキョトンとされることが多いのですが、私は、仕入れさえ、自分が隠して守るべき秘密と思っておりません。

何故なら、お商売は、同じ品を扱ったとしても、店の立地が変わればお客様が変わり、中の人が変われば売り方や接客が変わり、時間的な継続で見たりすると、様々条件が一致しないので、誰かが真似たところで同じようにはならないという確信があるのです。

うちの店の隣りは、似たような面積の空きテナントですが、隣にコピー店舗が出来たとしても、同じようにはならないと思います。完コピで真似してもらって、より左団扇で暮らす近道を見つけてもらって、教えて欲しいぐらいです(黒笑

私は、自分が開業時に、先輩経営者に私の思いを長時間聞いてもらい、事業計画に対してアドバイスをもらい、今があるので、同じように誰かに返してあげることで、恩返し的な事をしたいと思っているのかもしれません。

起業家さんと話す内に、だんだんと横道へ反れて、色んな話をしあう内に、私の経験値では、相手の方に適切なアドバイスが出来ない立場と気が付き、取引先の方やFB友達に代行を相談したところ、快くOKをもらえました。

皆さん、いつか来た道と思って、自分で良ければという感覚なのでしょうか。

 

受け入れる側からすれば、他人の悩み事を聞くようなものですから、初対面同士で突っ込んだ話をするのは、嫌がるはず。(でも、そこを話してくれるということは、事業価値の真髄は、初心者が感じる悩み事の部分には無いという裏返しかもしれませんね。)


起業家さんにもお伝えしたのですが、絶対、節目時には誰かに出会うもの。

まずは、紹介された相手には、会いに行ってみたらいいのです。じっと頭の中で思い煩う時間ほど無駄なものはなくて、自分で解決出来ない問題こそ、誰かに会って話を聞いてみるとヒントを貰えることが多いと思うのです。

今回、「私で良ければ会います」とおっしゃって下さった御二方に、感謝。私の面倒事を受け止めて下さった事は、イコール、私への好意と同じ意味ですから、とても感謝。いつかお返しが出来るようにと、心に留め置きます。

チャンスをもらった起業家さん、頑張れ。
まずは誠心誠意、体当たりでホンネの話をしてみて下さい!応援してます!

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今日着る服に悩む

先日、としまえんに映画を見に行った時に乗った電車の、社内広告。

 

この悩み、今のわたくしには皆無なのですが、サラリーマン時代は悩む日もあったもので、懐かしく思って眺めました。

 

好き嫌いがはっきりしているので、好みが固定的で、迷う余地が少なかったわたくし。

 

なのに、朝の時間が無い日に限って、どの服もダメに感じる時がありまして、服がダメな日は、髪型も化粧もダメダメで、何をどう直したらいいのか分からないぐらい混乱しては、泥のような気分で遅刻出社したり・・・・

 

今思うと、自分の気持ちが満足してないことが原因で起こる発散行為だったのかなと思います。だから、こんな本を読んで納得しても、何度でも繰り返したろうなと思います。

 

仕事や人間関係、プライベート。

自分以外の外的要因は、波風立てず受け入れることが大人の対応だと思い込んで、本当は異議申し立てをしたいのに、反論せずに流していい人ぶっていた自分。心のどこかに不満足として降り積もる。

 

我慢が常態だと、我慢していることに鈍感になる自分。

だけど、心の中では不満が積もり続ける訳です。

で、許容量を超えそうになると、例えば「今日着る服が決まらない」なんて、子どもが駄々をこねるようなどうでもいい事で、「もう嫌だ」と本音を引き出そうとしていたんだなと、そう思っています。

今の私は、自分のやりたいことをやって生きているので、しんどいことも多いですが、満足して生きております。楽しいです。泥のような気分で過ごすことが、時にあっても、週単位なんて皆無です。そこに落ち込む前に、浮上しちゃいます。長くその状態でいると、心が疲労して、嫌になって抜けてしまうのです。

人並みの悩みは、普通にあります。

ただ、他者との関係上で、自分の気持ちを隠していい人ぶるのを止めた→全員から好かれずとも良いし、全員から好かれることは奇跡だと腑に落ちたら、楽になりました。

 

自分が受け入れたくない事柄や相手を、拒絶してもいいと、自分に許可を出せるようになったのです。嫌われるのが怖いと思っていたのが、どうでもいいと本気で思えるようになったら、楽になりました。

 

私の場合、この気づきの特効薬は、家族の愛でした。

起業に際し、家族が私を大事に思い、信頼してくれる気持ちを感じた時に、よそで何があっても、私はここに帰る場所があるんだと思えたら、どんと心の安定感が増して、楽になりました。

両親、兄弟にとても感謝しております。私も、とても愛してますよ。

 

私はたまたま、家族に恵まれましたが、ひとには、血縁ではなくとも、必ずそのお役目を引き受けてくれる誰かがいて、出会うのではなかろうか、つながっていくのではなかろうかと、最近思うようになりました。

 

というような流れがありまして、朝着る服に迷う人は、まずは一人引きこもらずに、誰かに会って、話を聞いてもらうことから始めてみることをおすすめいたします。

 

いろいろあって、そんな相手がいないと思う方、寂しく思わずに。

大丈夫。江古田に来るといいですよ。

 

私の店に来てくれてもいいし、個人商店のオーナーさんて、どの店の方も、真面目に話し掛けたら、受け止めてくれる人が多いですよ。素敵な街なんです、江古田。

 

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キャッチコピーの「変な服を買わなくなる」が物凄く気になります。つい買ってしまった変な服を披露する会を催して、笑い合いたい妄想がわいて仕方ありません、、、

 

 

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TOO YOUNG TOO DIE

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よく見ると、にっこり

印傳大好きなわたくし。

今日入荷した「波うろこ柄」は、単純なんですがいい柄だなと思って見ております。

 

よ~く見ると、一つ一つの粒が、そら豆か花豆のような形で、かつニッコリ笑顔の口元のようにも見えます。

 

ご存知の方も多いと思いますが、印傳の模様には伊勢の型紙が使われております。

 

だから、この粒々した模様の一つ一つを、どなたかが彫ったのだなと思って見ております。自分には出来ない根気仕事、尊敬の念。

 

そして、漆の粒の表情が、この粒だけ太って見えるぞ、なんてスモールワールドで遊んでみたりすると、梅雨時の暇な店番もあっという間に夕暮れ時。

もとい、「波うろこ」

うろこがある生き物連想で、蛇。面構えやウネウネした動きなど、くちを開けた姿なんて、とても強そうですよね。うろこは身を守るための天然の鎧。かつ、脱皮する姿がまた、脱皮しないヒト族には神秘的に映ります。そんな辺りから、魔除けや厄除けの意味が込められた模様なんだとか。

 

厄年の方がうろこ模様を身につけて、難を逃れる、なんておまじないもあるそうですよ。

 

今日は、一粒万倍日。明日も一粒万倍日。

一粒のもみから、万倍もの収穫が望めるといういわれのある日で、お財布を新調して金運UPや、何かを始めると、後でいい事たくさん起こって大成功するなどと言われている日。

それで、お財布がまた少し入ってきたのでHPへUPしていたのですが、最中にうろこ模様が目に留まり、観察というかひとり鑑賞会になってしまった、夕暮れ(涼しいより肌寒し

そうそう、画像の小銭入れなのですが、仕切りがないタイプ。

最近、カード入れを探しに来るお客様が増えたのでご提案がてら仕入れた形なのですが、クレジットカードに診察券にメンバーズカード、結構入ります。常備薬を持ち歩くために使っている方もいらっしゃいます。昔からある地味な形ですが、便利なんですよ。

※厄年の方へうろこ模様を贈りたい方は【こちらからどうぞ

 

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一人じゃ出来ない

商店街の活動の一環として、防災関連の集まりに出席。

 

街の中に備蓄倉庫があるのは知っていたのですが、中身を見たのは初めてのこと。救助に使える様々な道具が収納されておりました。

近くの公園まで運び、そこで1つずつ動作確認をしながら、いざという時に使い方が分かるようにと、体験しながらの操作方法説明会でした。

区役所の防災課の担当者が説明しながら実演。
案外、二人一組で動かないと、使えない道具が多いことが分かりました。

また、その道具だけあっても、治具代わりの何かが無いと、実際の作業時に困るものもありました。例えばジャッキ。重量物を持ちあげたら、下にかませる板材や柱材が無いと、作業する際の安全確保が出来ないので、やはり怖いです。

参加者を見渡すと、高齢者ばかりなり。

もっと若い方が参加しなければ、意味が無いんだけどな…

 

最近は、町内会に入っていない人も多いと聞きますから、情報が行き渡っていないのでしょうね。

二人一組じゃないと、操作できない道具を目の前に、

こういうのに参加することが、いかに大事か実感です。

機会があれば、多くの方が参加すべきだなと思いました。

他の参加者と顔を合わせること、大事。顔見知りになっておくだけでも、緊急時の情報共有や共同作業がやりやすくなりますからね。自分も助けてもらうし、助けるし、相互扶助の入口が、防災活動だなと思った日曜の朝。

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信頼の正体とは

早朝、携帯メールの着信音で目が覚めた、わたくし。
見れば、何ともネガティブな空気漂うメール。

 

放置して二度寝も浮かんだものの、返信。
何となく、内容は何でもいいから、返信することが大事なんだと思ったから。

「信頼関係を築けない」と落ち込む文面を見て書いた返信内容。

我ながら深い意味を見出してしまったので、備忘録代わりにここに書きます。

「実は、自分が相手を信じる事が、信頼関係の正体だと思う。

 

相手から何かをもらう訳ではなくて、自分が信じているから、相手の言動を受け入れられる。

 

誰も、私を幸せにはしてくれないし、親兄弟だって、実は私が思うような人ではないのかもしれない。

 

だけど、私は相手を信じているから、相手は信じるに足る人として私には映る。だから信頼する、それだけ。

 

私だって、孤独で救いのない人生を歩んでいるのかもしれないよ。

でも、親兄弟や友達、周りの人達を、私は信じている。信頼しているから、安心して過ごせる。何かあっても、帰る場所があると、安心していられる。」

信じる気持ち、信仰は、誰でも何かしら心の中にあるはず。

(宗教に結び付けず、考えて欲しい)
誰も認めなくとも、私は大事だと思う「その自分の気持ち」を信じることは、ほんとに大事なことなんじゃなかろうか。

そんな特別なもの、私には無いもの!と言うことなかれ。
深刻な思いしか価値が無いと思うことなかれ。
些末な内容で、取り立てて凄くもないと思うことなかれ。

自分にとっての真実なら、全部大事でいいじゃないの。と思うわたくし。

自分に厳しい人、辛いよね。と思った朝の出来事。

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部活動

商店街の平役員を受けました。

役員といっても、雑用係なので、金銭的なメリット無し。
その分、人儲け=仲間が増えて、何だか楽しい予感です。

 

商店街の活動は、外から見ていると、プロモーション効果の感じられない、旧態然としている割引や景品イベント(バラマキ系)のイメージで、そこに税金も使われてるかと思うと嘆かわしい、、、というのが開業当たりの印象でした。

あの頃の価値観は=まだサラリーマンだった自分の感覚。
こんなものを誰が喜んでいるんだろう?と思って否定的だから、喜んでいる人が見えて来ませんでした。

運営側に入っていませんでしたし、内情も知らないから、それこそ、全く事実に触れていない状態だったのですよね(主観でしか見れていなかった。。。

そもそも、サラリーマンの感覚というの怪しくて、それが個人商店より上なのか?と聞かれると、昔の自分なら上だと答えたことでしょう。

自営業の人から「サラリーマン楽でいいなーって思うよ」って言われるたびに、何だとー!と反感覚えつつ、何でみんなこれを言うのか、実感として理解出来ておりませんでした。自分のお金で事業を運営して初めて、自営業は大変だなーと思うようになりました。


いま、ゆうゆうロードの商店街に属して、仕事をし始めて感じていることは、「商店街って、実は自と他の境界を超えて助け合うという、凄い組織なんじゃないか」という事実。


多分、私の所属している「ゆうゆうロード」が特別なのでしょう。

「練馬区で最初に出来た商店街」と聞いております。

年末のアメ横に負けない混雑が毎日という時代もあったとか。


その土地で生まれ育って事業をしているお店の方が、新規参入事業者を受け入れ、仲間として一緒に活動してきたという、素晴らしい歴史を持っております。その柔軟性が、今でも生きているのが「ゆうゆうロード」

よそ者を受け入れることは、存外簡単ではございませんよ。
世の例で分かりやすいのは、転校生いじめとか、嫁姑問題とか、新参者をいじる系。

同じ会社組織→利害が一致、社風など、精神的な面で一致していると思える何かがあって、繋がってる感があって、、、そういう前提条件、商店街は皆無ですからね。

別個の個人が経営している店の集まりということは、アイドルが人気を競って、喧々諤々(けんけんがくがく)も有り得る「相手の事なんて関係ない」集団。

 

そいういうのを、超えてるのが、我らが「ゆうゆうロード」なのです。

 

凄く温かい目で新参店を見ているし、商店街として、協力出来ることがあれば、積極的に働きかけようと機会を見ては接触しているし、それもこれも、自分の事業にメリットないどころか、工数割かれて面倒事を背負う前提で、皆が「互いに良くなるなら」と動いている印象。

 

とはいえ、慈善事業ではなく、全体にメリットがあるようにと考えられてます。だから、実施してきたことの成果が積み重なって、今の立派な商店街の風紀、雰囲気が出来上がっている。なんて素敵なのかしら、ゆうゆうロード商店街。

アラフィフおばちゃんがひとりでやっている個人商店ですから、時間と体力の余力無いんですけどね、だけど、出来るだけ参加して行きたいなと思います。その先に、江古田の街の空気感を維持するという成果があるなら、やりがいがあるなと思うのです。

内緒ですけどね。
40~60代が皆でわーわー作業したりすると、ちょっと、部活っぽい楽しさもあるんですよ。進学校で部活もぼちぼちだったもので、遅ればせながら青春もどきも楽しんでおります。

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江古田ひょうたん

ペーパークラフト作家の林たけおさんと雑談。
最近、お互い行って美味しかったタイ料理の立ち飲み居酒屋「ひょうたん」の話題。

ひょうたんは、タイ人のシェフが作る地元味。

香辛料がしっかり使われていて、期待するようなタイ料理の味が楽しめます。辛いものはしっかり辛いのがうれしいところ。「小皿料理」で提供されるので、2~3人もいれば、あれこれと楽しめるので、注文する時に大盤振る舞いの快感が味わえます。

ただ難点は「チューハイを頼むと、めっちゃ濃い」

ふたりとも、飲むのは好きな方なので、ひょうたんの焼酎は美味しい焼酎だと分かっているのですが、割って出てくると思っているものが、ストレートかと思うぐらい濃いのに驚いた!と大笑い。

あ、それ、やっぱり思った!?だよね~的な共感で大笑い。

お店の方に「もうちょっと割ってくれますか?」とお願いしたところ「自分の好きな濃さで出してるから、アハハハハ、ごめんなさいね~濃すぎた?」と朗らかに言われまして、何てお酒に強い方なんだろう!と思いつつ、それにしても商売気がなさすぎの濃さ!と驚いたくち。

陽気で気楽で、楽しいお店です。

焼酎の濃さだけ、ご注意(笑

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言うほど、簡単じゃない

先日訪問した、月島の下駄専門店のあづまやさんと、

何か仕事上でコラボが出来ないだろうかと思い、可能性をリサーチ中。

 

あづまやさんが4代続く下駄専門店。

対して環は雑貨屋、何でも屋。

あづまやさんの商品を軸に、販売方面で環が協力する形が自然だなという発想で検討スタート。

 

コラボって、相手の業務内容を理解しなければ、互いに楽しい+楽な方法+事業面の採算性など、配慮できませんから、うまくやりたいならそこら辺を腹を割って話しつつでフレームワークしなければ、まとまらない。

 

お商売の大先輩あづまやさんは、私の採算と商品のセレクトの自由度を考えて、環の仕入れが最小で済む案をひとつ提案して下さったのですが、いきなりつまづき中。

 

下駄業界ならではの流通のお約束が分かっていないせいで、持ちかけた相手にことごとく断られ中なのです。簡単に言えば、環がキング・オブ・小規模店なので、下駄業界の間尺に合わないということ。

 

あづまやさんのアイデア以外を模索して、いくつか案を思いついたのですが、どれも互いの事業の流れをどこか阻害する要素が含まれている状態。

 

片方がやりたくても、片方がやりたくないスタイルもあります。

ヒト・モノ・カネが整わないアイデアばかりで、行き詰まっているのが現在。お商売は、無理押し厳禁。うまくいかないのは、1回は何とかなっても続かないから、手を掛けるだけ無駄の法則を、私は信じております。

 

今期の下駄シーズンはもう始まっているのですが、その期間中にお商売の形がつくイメージがわかないので、1年後をめどに、もう少し考えさせて欲しいと、あづまやさんへ話してきました。

 

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あづまやさんの魅力は、数々あれど、敢えて3つ選ぶなら、

 

ひとつ目は人と人の対面営業。

中の人の「人柄」に接して、丁寧に扱ってもらって、気分よくお買い物が出来るところ。

 

履き心地という「感覚」が商品なので、お客様の様子を見ながら、エスパー(死語?)的な分析力と判断力が常に頭の中、走ってるのですよ。

 

次は商品、「選べる」こと。

小さい面積のお店ですが、下駄自体が「台と鼻緒」という少ない部品構成なので、必要なバリエーションがコンパクトに揃っているという凄さ。

 

コンパクト、と表現していますが、実際、種類豊富です。「出来るだけ、在庫を抑えているんだけどね」と笑っておっしゃいますが、あづまやさんのお客様のニーズを全方位的に叶えようとしている厳選具合は、やはり専門店一筋の目利き。見れば見るほど、なるほどな~と脱帽の構成。

 

肝心要の3つ目は、「鼻緒をすげる際の調整技術」が提供する「心地よい履き心地」。

お客様の感覚を先取りしてこうだろうと調整することは、経験の積み重ねが無ければ出来ないところで、やり方を手順として覚えたところで真似できない凄いところ。

 

あづまやさん、「教えるからこの際、覚えたら?大丈夫だよ、足が目の前にあれば何とかなるって」なんて言ってくださるのですが、アラフィフの私の経験値が「習っても、私には出来ない種類の価値がアンダーで山程転がってるから、無理無理」とアラームがピカピカするのですよね。

 

あづまやさんの奥様のさっちゃんに「コラボなんて言って、ひとの事業の美味しいところを簡単に吸い上げるようなのは、そうそう出来ることじゃないとよく分かりました」と言った言葉が、我ながら言い得て妙だなと思いました。

 

利用するとかじゃなくて、うちは格下の後輩ですもの、何やったって、最後はあづまやさんにおんぶに抱っこですからね、、、(何か出来たらいいね!と言ってもらえたことが既に有り難い事ですよね。

環とあづまやさんは、お客様に「心地よさを」提供するというポリシーの面ではやっていることは遠からずだと思うのですが、私の方は、あづまやさんのようにお客様の感触・物理的な感覚へ訴える部分が無いのですよね。どうすれば吊り合えるのか、今の私には思いつかないというのが正直な気持ち。

ま、無理押しはしないのが主義なので、いい案が浮かんだら、またご相談に上がりますと、今年は保留といたしました。

今回の件は、自分と相手の事業を大事にする活動としてのコラボのあり方を考える、いい機会になりました。

 

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あざみの花

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