環便り(ブログ)

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心細さの手当て

 

1月に読んだ「箱の中」「檻の外」という小説の感動から、作家の木原音瀬さんのことが気になり、次は何を読んで見ようかなと思っていたところに紹介されて読んだ漫画「キャッスルマンゴー」木原音瀬さん原作。

 

「檻の外」で、どうしていいか分からないほど感情を揺さぶられ、号泣したもので、あそこまで感情が乱れるのが今の精神状態的に辛いなと思っていたところ、ご紹介くださった方が「木原ワールドだけど、ハートウォーミングな話でしたよ」というもので、読んでみました。

 

確かに木原ワールド。

薄暗い中に射す光を描くような、夜明け前が一番暗い的な、そんな流れ。

 

読者の私は神の目線。

でも、動いていく物語を、どうにも出来ず起こるまま見つめるしかない。

 

(あ、神様って本当にそんな感じなのかもしれないなと思いました。起こることは俯瞰で全部分かる、けれど手出し出来ない。だから人間はいつの世も、思い通りにならない人生に思い悩む。なんちゃって。)

 

キャッスルマンゴーは、父親が経営していたラブホテルの名前。

 

父親は自分の事業を愛し、こだわりとアイデアを注ぎ込んで経営をしていたが急死。残された母親はラブホテル経営をしながら、二人の息子を育てます。

 

長男は、小さい頃から大人びた子。周りの大人の顔色をうかがい、母や自分達へ向けられる遠巻きな気持ちを察して、家族を守るため頑張ってきた子。子供の頃に、子供らしい感情の表現が出来なかった子。

長男は、家族や自分を守る為に心が随分頑なになっていたのですが、自宅ラブホテルに撮影に来たAV監督の男性の不器用な心に触れ、その男性から向けられた優しさに気付き、その男性に恋をし、紆余曲折の後に受け入れてもらうまでの物語。

 

主人公の周りの人間関係、AV監督の周りの人間関係が丁寧に描かれ、二人がどんな育ちをして、どんな性格で、どういう価値観で…と話の流れの中で明かされていく上手さ、木原マジック。山あり 谷あり、やっとここまで来たかなと思いきや、まだまだ山谷が続く木原ワールド。残りページが無いのに、まだ山谷作るか!とハラハラしどうしでした(これも木原ワールドの特徴かと思います

 

私がとても惹かれて共鳴したのが、登場人物達の抱える「心細さ」

 

特に、長男くんの家族思いの頑張り屋の部分が、自分と重なる部分があり、そういう時に子供はこう考えちゃうんだよなと、思いが浮かんで仕方ありませんでした。

 

自分はもう大人だと思いたい高校生の年頃ならなおのこと、「リアルな自分」と心の「こうありたい自分」とのギャップに打ちひしがれて、思いだけではどうにも出来ない現実が否応なく迫ってくる。胸苦しさと供に、誰も助けてくれないのだと分かった時に、どうしようもなく心細くなるものです。


自分が大好きな誰かの役に立ちたい、助けたい。

だけど自分には力がない。その無力感は自分を傷つける。

 

そして、自分がもっと大人だったら良かったのにと、子供は思う訳です。

 

 

AV監督は、その大人の心細さを内に秘めて生きている1人。

大変な経験をしながら大人になっちゃったから、心細さがあろうが関係なく日常を生きる心の御し方を覚えてしまい、今に至る。弱る心を直視してたら、生きて来られなかったということもあるかと思いました。望んでも手に入らない現実を見つめすぎて、望む事を止めている様子。

 

長男くんに差し出す手は、当時自分に欲しかった手を思い出して施しているようにも読めました。

私は、年齢や社会的な立場としてはAV監督側になるのだろうけれど、感情移入していたのは長男側。私は50越えてますが、家庭持ちではない分、そこらへん若い人のまんま今に至るマインドも残っていますからね。大人と子供の境目みたいな高校生のお年頃にもまだまだ共鳴できます(エヘン(自慢

友達もいる。

お客様に商店街のお仲間など、たくさんの方に囲まれ、支えられて生きている自覚はあるのですが、友人知人の関わり方では、何かが足りない場面があるのです。誰ならいいのか分かりませんが、友人知人では足りない場面は、確かにあります。

 

 

大人になったからと言って、何かが大々的に変わるものでもないのに、大人だからという理由で、不自由になることもありますよね。

大人になってからどうにも出来ない時の方が、心細さ倍増だと思いませんか?

素直に吐露出来ないのもそうだし、大人のスキルが発達すると、役に立たない思いは封じちゃうこともあります。あんまりそれを直視すると、削がれてしまうから見ない振りの術。でも、消えないから、思い出しては引っかかる。

 

AV監督氏が友人知人ではなくなり、友人知人では埋められない何かを埋める相手になっていく、その事が羨ましくて、長男に成り代わりたくて感情移入。そして、自分の中にまだ残っている心細さを再認識。

 

まだまだ秋は先なのに、季節先取りでおセンチになっているような…

一人暮らしはこういう時、自分で自分の心を手当てするしかありません。でも、自分でやることって自分が分かっているから、どうも盛り上がりに欠けるのですよね、、、(苦笑

 

実は、木原音瀬さんの小説で、二人のその後を書いたものがあると知り、発注しちゃいました。それ読んだら、この仄暗い気分が、もっと明るくなれるかなと期待しております。

 

 

 

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この作品はBLカテゴリーですが、長男くんはゲイではないけれど、この人だから好きになったんだと思える話になっており、人が人を愛する話になっておりますし、漫画表現が若干少女漫画風味なので、BLカテゴリー抜きで読める話です(おすすめしてもらって、良かったです)

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出任せ、出るに任せる

口から出任せ。
ウソや適当な事を言う意味で使いますよね。


最近読み返した本に「心に浮かんだままを言葉にする」という意味で使っておりました。

私は一人暮らしなので、家では誰かと話す事はありません。頭の中では「あ、あれをやらなくちゃ」「これ、どうなってるんだっけ?」と動作をするたびに一緒に言葉が浮かんでいるのですが、そういう言葉は流れて消える程度の軽い言葉。

 

そんな調子で気楽に「自分へ問いかけをして」、つらつらと「口から」出てくる言葉に耳を傾けるのです。

 

頭の中ではなく、口から出す事がポイント(と私は思います

 

例えば、この休店日。予定がいろいろございましたが、朝一番にベッドの中で「今日は予定がいっぱいあるので頑張りましょうね」と自分に声を掛けたところ「誰にも会いたくない」と口から出て来たのです。

 

どんな予定も、死なないなら飛ばしちゃっていい。

大体、死なない。大丈夫。

それで、この2連休は自分メンテナンスのために、家に引きこもり、眠ければ寝る、やりたいことがあればやるという過ごし方をしました。

 

自分が気付かない本心が出ることがあるので、出任せに言ってみる。おすすめです。

 

何か無になりきれずに集中できないという方へ。

そういう時は、林たけおさんの金魚のモビールでも眺めて、般若鋳造所の風鈴の音を聞いてみてください。店頭ではどちらも見本がございますから、実物の確認が出来ますよ。

【林たけおのペーパークラフトの金魚】
【般若鋳造所の風鈴】

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わたしはアート音痴

あいちトリエンナーレ、少女像撤去されたそうですね。

 

私はTwitterで回ってきた画像しか見ていませんが、昭和天皇や日本人(安倍首相)をモチーフに使った表現を見て、非常に不愉快に感じました。特に安倍首相モチーフの作品は、韓国の反日活動でよく見かける『日本ヘイト』そのもので、少女像(私にすれば慰安婦像)も併設と知り、呆れてしまったのが本音です。

(※踏みつける作品は今回展示されていないと後日知りました。でも例として分かりやすいかと思ったのでこのまま載せます。)

日本は、なんて自由な国なんでしょうね。

どっかの自由が全くない独裁国だったら、独裁権力がダメと決めたら、展示する前に潰されるでしょう。もしかしたら、主催側の方が社会的抹殺をされたりするかもしれません。

私は、自分のように不愉快と感じた方からのクレーム集中というニュースを見た時に、その一方で、賛同や応援も、同じくらい受け取っていると考えて見ておりました。ニュースになる時には、非難殺到の方が使われるけれど、見えない反対側も存在しうるのが自由な国・日本ですからね。

 

ところで、今回私が一番違和感を感じてモヤモヤし続けているのが

『アートなら、ヘイトも表現の自由だと許されるのだろうか』ということ。

 

ヘイトは許すべきではないと、世界的にも共通認識ですよね。

じゃあ、アートとヘイトの境目って、どこの何で、誰が判断することなのでしょうか。

 

私は元々、今だって、アートってよく分かりません。

概念として使われる時に、その概念が私には明確に無いのだと思います。


私はだから『アート音痴』
だからこそ、口出ししたり評価するほどの知見や基準が自分の中に無いもので、自分の嗜好や理解を越えたものでも、許容出来る範囲が広い方だと思っていたんですよね。でも今回は不愉快で苦々しく感じた。

アートという単語でひと括りにして「アートなんだからこれでいいんだ」と言われると、別な言い方で表現してみてと頼みたくなるし、「何言ってんの、説明したら意味が1つになっちゃうから面白くないでしょ?」と言われたりもして、でもそれアートだからで済ますのは思考停止だろう?ってますます分からないものとして私の中には存在しなくなっていくという、、、いまだにアート音痴です。

それに、アートだから、表現の自由が、という前に、

どんな自由だって社会的な枠組みの中で自由だと思うんです。

今回は助成金投入&公共施設使用など、税金を使っての出来事ですから、役所や納税者がこれはダメ、許せないと言うのは不思議なことではないと思います。

普通に大人の社会で仕事していたら、クライアントの意向で、とか、暗黙の了解的な事は起こる訳で、普通の大人なら意味は分かるはず。

 

Twitterを眺めていると、「表現の不自由展」賛同者には、

「自由はいいもので、他者から阻害されるべきではないし、阻害する他者は悪」

という見方をしている人が散見されるのですが、違和感あります。


原理原則としては正しいし理想的です。
でも、だけど、人が生きている世の中は、その他に「いろいろくっついてくる」

自分以外のたくさんの人も生きているから、それが平等な権利を持っていて、円満に暮らすために調整が必要だから公序良俗を守る枠組みが必要になる。人を殺してはいけません。盗んではいけません。などなど。

 

私が、どんな自由だって社会的な枠組みの中で自由だと言うのは、現実問題として、他者との共存を考えるからなんですが、原理主義の方からすると、そんな時と場合で移ろうようなものはよすがに出来ないということなのかな。

 

差別されない権利と表現の自由という権利は、どちらが上位なんて概念は無くて、同じ価値で存在しているものだと思います。でも、現実の場面では、いろいろな事情を勘案しながら、どちらかを上に下にと判断します。無の中に権利だけあるなら、こんな判断は必要無いことですが、現実は「いろいろ他の要素、条件、事情がくっついてくる」からそうなるのは大人なら理解は出来るでしょう。


もうひとつ、あの表現をどの立場で受け止めるかで感じ方に変化が出るかと思いました。

昭和天皇の写真を燃やして灰を踏みつける表現、安倍首相と思しきモチーフを踏みつけるような表現。(※踏みつける作品は今回展示されていないと後日知りました。でも例として分かりやすいかと思ったのでこのまま載せます。)

 

自分の親兄弟が、暴力的で蔑むような意図で表現にモチーフとして使われたら傷つくし、本当に止めて欲しい。冤罪で家族や自分が「悪いことをしたのを忘れたのか!」とギャースカ騒がれたら、見に覚えのないことだったら怒るし反撃する。(私は韓国が主張している慰安婦問題は無かった、という立場です)

それを、表現の自由や、アートだからこれでいい、これがいいと言われても、私には嫌悪感しか無い。そんな自由は「自分勝手、好き勝手」に置き換えられる自由もどき。

名古屋の河村市長が「日本国民の心を踏みにじる行為」と言ったそうですが、私も「誰かの心を踏みにじる=ヘイト」と感じました。

近頃の韓国で行われている反日ヘイトの数々、正直、腹立たしく思って見ておりますが、『同じ様に』日本人が韓国や韓国人に対するヘイトを腹立たしく思って見ております。

 

確かに、どちらのヘイトも根絶出来ていないから、日本国内でも存在し続けているのが現状。外国人の政治活動が禁止されていようが、お構いなしでやってくるし、それを警察は逮捕することもないし、どうっちも共存させているのが今の政治、行政。そして私達庶民も。

「アートに政治介入するような日本なら、叩き壊してくれ」なんて書いていた人もいましたが、よその地では今と同等な自由を得る事が出来ないと思うけれど、分かっているのかしらねぇ。今でさえ、日本はどこまでも自由な国なんですけどね。

まあ、ここまでみんなの意見喚起が出来たのだから、意味があったと思います。

 

そして、私は「アート音痴」継続決定。

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花魁草もとい風蝶草

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灯台に恋したらどうだい?

寝る前の、気楽読書におすすめの本をご紹介。

「灯台に恋したらどうだい?』

 

写真がきれいで、文字数も少なめでさらっと読めます。

 

子供の頃に見た、灯台守のドラマが大好きでした。感動して泣いた記憶。そのせいか、私の灯台へのイメージは、元々抜群に良かった訳ですが、そういえば、灯台のことをあまり知らないなと思い、図書館で見かけて手に取った本。

 

灯台は、設置国以外の国籍の船の安全運行「にも」必要なもの。人類の安全のために大切な施設、灯台。

 

灯台の構造や構成素材、光る信号の発信の仕組み、信号の種類と意味など、感心すること必須です。

 

難しい表現なしでスルッと頭に入って来るので、学生さんにもおすすめ。

 

これを読んだおかげで、機会があれば灯台に登り、レンズを眺めてみたくなっております。海図も見てみたくなりました。

 

もう、灯台のレンズを作る国は無いそうです(集光して遠くへ直進させるレンズ)(発光機能であるランプがLED化されていく方向)

 

 

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店内の青

毎日お店番をしているせいか、見慣れて変化が欲しくなる時もあります。うちの店内、全体的に茶色いなと思って、赤を増やそうかと思ったのですが、暑苦しいかなと。

 

ラッピング資材を注文しようとカタログを見ていたら、季節の店頭装飾のページに、鮮やかな青を発見。そう高くも無いので、早速頼んで下げてみました。

雨が降る、雨の線のイメージで下げたのですが、店内には林たけおさんの金魚やシーラカンスが泳いでいるから、水の中の泡が立ち上る感じにも見えます。

 

化成品は、発色がきれいですね。

キラキラした金属光沢はよく光りますし、扇風機の風にも揺れます。

 

人工的な鮮やかな色は下品な気がして、先入観で嫌っていたのですが、差し色で使えば引き締まる気がいたします。

 

8年目にして外せた思い込み。

モノがダメなのではなくて、使う側の使い方次第なんですよね(そうだった

色って不思議で、心落ち着く色合いを眺めていると穏やかな気分になれます。この青に力を借りて、梅雨時のスッキリしない気分を乗り越えたいなと思います。

 

 

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小さな子供が喜ぶものは

「4歳ぐらいの女の子に何がいいかしら?」

品の良い高齢の女性が旦那様と連れ立ってご来店。

 

同居している訳ではないから、好みが今ひとつ分からないけれど、今度遊びに来るから、準備しておきたくて、というお話。

 

「女の子だからこれがいいかな」と花を模したつまみ細工の髪ゴムを手にして「同じ色のものが2つある方がいいかしら?」と声を掛けてきました。

 

大体の大人は、子供らしいというイメージ→子供が喜ぶ、と思いがち。

 

「4歳の髪だと髪質が大人と違うし、束にしても細いから、滑って落ちちゃうかもしれませんよ、それよりはパッチン留めの方がいいかと思います。」とお伝えしたのですが、

 

「それよりも…」とご紹介したのが「小さな万華鏡」

 

持ち歩けるほど小さいもので、周りの景色を模様に取り込む『テレイドスコープ』

 

実際、当店に来店する子供は、抱っこされている小さい子から大学生、大人だって感動して魅入るアイテム。

 

そして、小さな子供は、これは!と感動すると、次に絶対「ママ!これ見て!」という流れになりますよね。

 

感動をママやパパ、兄弟と分かち合いたくて話し掛けるし、「きれいね~!」と親の反応を見た時の子供の笑顔の可愛いこと!(大人もこれが出来たら、もっと世の中円満になるのになと思うほど)

 

そんな話をひとしきり。

すると女性は「そうね、子供ってそういうところあるわね。ちゃんと話を聞いてあげないと拗ねるしね。」と万華鏡とパッチン留めをお買い上げくださいました。

 

ちなみに、件の4歳児が今お気に入りの会話が「大人になったら何になりたい?」だそうで、女性は何て答えようか考えとかなくちゃ、と笑顔でお帰りになりましたよ。

 

テレイドスコープの通販はこちら

 

いい話の後で何ですが、この万華鏡、老眼が強い方だと覗いても焦点が合わなくて、きれいな景色が見えないこともあります。店主も老眼進んでますから、老眼ネタは実感あるから心底笑えて後、やだやだって思います(苦笑

 

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梅雨の俳句

本日は絶賛梅雨の大雨ですが、営業してます。

 

最近、隣の西村文具から水筆で書く書道マットを買いまして、面相筆で遊びで絵を描いたり楽しんでおります。

 

今日のは、長谷川櫂の俳句。

「梅雨の傘 たためば水の 抜け落つる」

 

梅雨の俳句ってどんなのがあるのかなと思ってググってみつけました。情景を思い浮かべて、しっとりいい気分です。

 

正岡子規の「紫陽花や 昨日の誠 今日の嘘」も文字面と語感と、含みのある意味を思うと、苦さが張り付く感じですが、いいなと思います。

 

開店準備中、通り掛かりの珈琲豆の清水屋さんが「今日はダメかもね」というので、天気には勝てませんからねと雑談。

 

先日来日した中国人の友達から「雨の粒がつながって一筋の線に流れるのを見るのが好き」とメールがあり、彼女のマンションの窓から見える北京の空の色を想像。

 

梅雨だから水を愛でる時間もいいです。

 

→そして店内人類滅亡

→誰か遭難者がやってくればいいのになんて妄想

 

今日も、お待ちしております(笑

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工芸の可能性のありか

仕入れを休んでいた、九谷焼のハチワレ招き猫が入荷いたしました。

 

昨年、高齢の絵付け職人さんが骨折した影響で、在庫が無くて仕入れが途絶えておりました。高齢だと、復帰の前に「これを期に引退」の文字がよぎる可能性もありますから、ドキドキしながら復帰の連絡を待っておりました。

 

在庫切れの間も、全国から問い合わせが入ってきておりましたから、招き猫を探している方は多い印象。

 

それと、ハチワレ猫と暮らしている方からもお問い合わせが多かったので、ハチワレスキーのネコスキーもとても多い印象。

 

当店のSNSの中で、一番情報掲載が早いのがTwitterなのですが、昨日投稿したら前々から入荷したら見に行きたいと言っていた方がご来店、お嫁入り。

 

こんな風に、ひと目見て「大好き」「欲しい」と強い情動を呼び起こす商品は、そうそうございませんから、ある意味凄い魅力を放つ招き猫。

 

昔からある九谷焼の技法を使っているというのに、古さを感じさせず、人を惹きつける秘密があるとしたら、それはこの品物を見る側の心にヒントがあるのではないでしょうか。

 

良いな、素敵だなと思う方の心の中に、良いイメージ、幸せなイメージ、心地よいイメージや思い出、それがたくさんあって、ハチワレ招き猫へ投影している。それが商品の魅力になって、売れる商品となる、そう、わたくしは分析しております。

 

あらゆる商品に共通のお話だと思っておりますから、私が仕入れを検討する時には、そういう辺りも考慮するようにしております。

 

伝統工芸は古臭くもありませんし、廃れる一方の絶滅危惧種でもありません。産地はそれぞれ試行錯誤しながら、よりよいモノづくりを頑張っているのですよね。

 

「よく考えられている作りだし、素材もいいから品質が高い、でもその分、値段も高くて買えない」と言われる辺り、つまり、欲しいと心動かされる『情動面でのクオリティ』とのギャップが課題。

 

メーカーや工房の皆さんは、いつもその情動面でご苦労されているなと思います。

良いイメージ、幸せなイメージ、心地よいイメージや思い出。

品物を見て、どれだけ買う側に理解され、思い浮かべてもらえるか。買ってくださる方、使ってくださる方の心の中が覗けたら、工芸

業界の皆さんは商品企画が楽しくなりそうな気がします。

 

でも、職人仕事や手工芸って作る事に時間を割いて成り立つもので、売り場に立って、思い思いにバラバラな話に耳を傾けて、まとまったデータを得ることに時間を割くのが大変なこと。そこから何か傾向を導いたり、アイデアをひねり出したりするのには、分析する力も必要ですしね。

 

メーカーや工房にそれをやれという無理を言うよりは、エンドユーザーとの接点の小売店が、そこをもっと頑張ればいいのですよね。昔は問屋さんがその役割を負っていたと聞いております。

仕事の流れの中で、前後で関わる工程の担当同士は、相手を思いやることで自分の仕事が円滑に回ったり、成功する。昔の問屋さんの代わりは今は小売店、つまり、私が頑張らなくちゃいけないところですね(頑張ります

 

 

 

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幸福の日

今日は5(こう)月29(ふく)日、なんですって。


Twitterをやっていると、毎日いろんな記念日が目に留まりますが、こういう語呂合わせは多い気がします。

 

幸せを感じる時というのは、いろいろとありますが、一番をつけるとなると難しいのですが、一番に浮かんできたことが「制限の無い状態を楽しむこと」でした。

 

例えば、遅刻する、締切があるような状態は、どこか思考や行動に制限を課せられていて、楽しい事ややりたい事以外を優先しなくてはいけないから、ストレスになります。

 

だから「好きを仕事にする」ことへ万人が憧れるのだと思います。

 

「今起きないと遅刻する、でも後ちょっとだけ(むにゃむにゃ…」と二度寝落ちする瞬間の気持ちよさは、遅刻よりも、自分の快感や幸福を選択した気持ちよさでもあるかなと。

 

いま、ひとり個人商店を経営し、会社員の頃のような意味合いで、誰かの都合で動くことが無くなったから、そう実感しております。

 

失敗は全部自分に帰結するから、その事の重大さに震える時もありますが、それでも他者からの制限はありませんから、ストレスの質が、変な言い方ですが、意味を感じるストレスになりました。(だから、嫌ではない)

そんな気付きがあって、誰かがわたくしの都合を優先してくれたり、私の気持ちを大事にしてくれたりすると、以前より相手のその行為に対して尊さを感じるようになったし、相手への感謝の気持ちが深まった気がします。

二度寝する幸せに代表されるように、幸せなんてほんの一瞬感じる感覚なのだと思います。

続かないとはかなむよりも、その一瞬を、どれだけ有ると気づけるか。

どれだけ積み重ねたり、連続させられるか。

幸せと感じる要素・項目が、身の内にたくさんある、それが人生の豊かさに通じるかなと思います。

年を取るごとに経験は増えて、項目も増える。

だから、たくさん幸せになるには時間も必要。

だから、年を取る事や老いは悪いことばかりじゃない。

そう思えます。

 

昨日、川崎で恐ろしい殺傷事件があり、私のTwitterのタイムラインは誰かの悲しみや怒りで埋め尽くされました。

この事件ひとつとっても、幸せは永遠じゃない証明のように感じます。

世の中は本来不条理で、その不条理を減らそうと社会システムは存在しているはず。それでも毎日事故や事件は起きるし、それが自分に降り掛からない幸運の元、今の自分が生きている、そんな事を思いました。 

 

誰かの凶行で終わる人生なんて、悲しすぎる。

子どもがたくさん亡くなった事が痛ましい。

 

 

犯人を非難する気持ちが収まったら、次は再発しないように、何が出来るかを考える、行動する、改善するしか無い。そこは試行錯誤になるから、絶対や万全は無いと思いますが、確率を減らす努力をすることが、大人が子どもに対して負うべき責任かと思います。


あるTwitterアカウントが「私達がこの世の中を形作っている」「生きる事の素晴らしさを子ども達に教える事ができるだろうか」と落ち込んでいるのが目に入りました。

 

私は独身で子育て未経験だし、自分が人生の山谷を生きている最中なので、〇〇マスターや、プロフェッショナルやプロフェッサーではないから、教える事が出来るとは思えません。

 

だけど、大人の自分が、不条理はあると認め、だけど楽しく生きて見せることで何か伝わりますように!と思って生きなくちゃなと思いました。

 

 

幸せは、生きてるから感じられる、生きてきたことへのご褒美かもしれません。

 

生きる事が辛いと感じているあなたや私は、先々感じる幸せを思って、頑張って生きましょう。

 

 

 

(未来に、アニメ/サイコパスのドミネーターみたいなのが出来たらいいのにね)

 

 

 

 

 

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モノ・マガジンで紹介されました

ご紹介したい新商品がいくつかあるのですが、ちょっとその前にお知らせ。

 

現在発売中の『モノ・マガジン 5-16号』に、林たけおのブラック鯉のぼりが掲載されております。

 

(表紙、ゴッツイ~)

 

「自分の中の、こども心の鎮魂に」なんて、取材&ライター&イラストレーターのふかさわ人さんも相当こども心が残っている男性とお見受けしましたから、共感して書いてくれたコピーだな~と、ニヤリ。

 

1ページの中に、開発ストーリーや商品の特徴、林さんの人物紹介に当店の紹介まで、コンパクトに内容をまとめていただいております。

 

林さんの似顔絵、似てるといえばよく似てる(ふふふ

 

これを見て、江古田に遊びに来てくれる大人が増えるといいな、増えますように。

 

おみやげグランプリ2019

グッズ・ノベルティ部門「デザイン賞受賞」

【ブラック鯉のぼり通販】


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寂しい手招き「貞子さん」

美彩さんの新作「貞子さん」

 

まだ夏には早いというのに、幽霊女。

 

髷の形、着ている着物を見るにつけ「若いのにねぇ」なんて思ってしまう、薄幸の美少女。

 

花の名前のあのお方?と聞けば、違うというので、名前は貞子さんといたしました。

 

招くような白い手。

寂しそうな表情をしていますが、

その手の先には誰かがいる想定。

 

現世への未練がその先にある。

独りじゃないのに寂しい貞子。

 

店主、接客していて思うのですが、話を聞いてあげるだけで結構気が済んでしまう方って多いんですよね。

 

だから、貞子の話を聞いてあげてくださいな。

 

ああでも、満足したら、

成仏しちゃって、消えちゃうかもしれません(笑

※貞子さんをお迎えの方は【こちら

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令和となりました

令和になっても通常運転。

 

新天皇陛下ご即位、お慶び申し上げます。

 

私が小さい頃は、皇室関連のTV番組が放映されていて、浩宮様と従兄弟の男の子と、何かが違うなと思いながらも、どこか身近に感じておりました。

 

現人神とはいいませんが、やはり天皇陛下は特別な存在と思っています。昭和天皇、明仁上皇のご公務や被災地訪問を見るにつけ、そう感じるようになりました。

 

私が同じ所作をしても、意味をなさず、誰でも代わりに出来る訳ではないお役目を、担っていらっしゃる方と思います。

 

そして、私達一人一人も、自分の人生に対しては、同じように誰も代わりになれない「自分を幸せにする」というお役目を担っております。

 

幸せとは、感じるものであって、資格不要、何か努力してなるものでもない。(形が無いから、留める事が難しいけど。)

 

老若男女、誰もが必ず幸せだなと感じることは出来るのです。

 

美味しいな→幸せ

気持ちいいな→幸せ

いい香り→幸せ

楽しいな→幸せ

美しいな→幸せ

 

切なさや悲しさを感じる事は、惜しむ相手を得られた事に幸せを感じた裏返しの感情ですから、やっぱりそこには幸せがあったと言えます。

 

だからみんな、必ず幸せになれると私は信じています。

 

当店は『一瞬で過ぎ去る特別な一日より、 繰り返される毎日を気分よく過ごせる方がより幸せ』をコンセプトに、普段使いの雑貨をご紹介しております。

 

令和の時代も、いつも通りで、長く続けていけますように、頑張りたいと思います。

 

引き続き、よろしくお願いいたします。

 

張り子の目出鯛通販

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新元号は令和

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3つの元号を生きるわたくし

お風呂の電球が切れたので、商店街のお仲間のお店「でんきショップ栄町」へ。球切れした電球を持って「同じものをください」と言うと、今どきはこのタイプの電球は無くて、LEDですよと勧められる。

 

LEDの出始めから試しにと使っていますが、価格が高くても国産ブランドは球切れすることは無いし、海外製よりも安定した品質だなという感想。

 

初期は、既存の器具だとLEDに対応していないから壊れるので、器具を新しくしないとダメと言われていましたが、今どきは「大丈夫だから使って」終わり。

LEDに変えたら、白熱灯40W相当という謳い文句ですが、随分と明るくなりました。何だか、あまりに明るくなって、風呂場なのに裸でいるのが恥ずかしいぐらい(何それw

 

明るくなったおかげで、見たくない現実がよく見えて困ったりして(隅っこのカビとか

 

そういえば、4/1になれば、新元号が発表されるのですよね。
私は昭和生まれだから、2回目の改元で、3つめの元号を生きるんですよね。

特別なタイミングで生まれて生きてきたような気分になります。

私の若い頃はバブルもあったし、ドラマチックな時間を生きている気分になります。

 

私の世代はどちらかといえば上向いた感覚の中で生きてきたと思います。

短いながらも、働けば楽に儲かった時期に若い社会人時代を過ごし、人手不足から若くても大きな仕事にチャレンジさせてもらったし、総合職なんて言い方で女性の社会進出の実績第一号的に扱われたし、遊び含めていろんな体験にお金を使うことを成功事例として肯定された世代だったし。

自分の人生を特別と思いたい中二根性がいまだ残っているもので、つい自分の世代はドラマチックと言いがちなのですが、現実はそうでもないのも知っていますよ。

 

親の世代は高度経済成長。

祖父母の世代は大東亜戦争。

その前の世代は江戸から明治への過渡期を体験。
その前の世代だって、江戸時代は常春の国のように安定していた訳でなし、常に人の命が尽きるまでにはそこそこの事件や問題が起こり、みな心はジェットコースターのような気分を味わいながら、平和と平穏を望んで生きてきたのではないかと妄想いたします。

 

K国やC国といった隣国との緊張含み、経済も波乱含み。

お客様の話を聞けば、会社に学校、隣近所、親戚関係に家族関係など、人間関係も波乱含み。

今の日本はちょっと心の平穏が足りない気がいたします。

 

一部のアベガー!族の方は「安」という字が入るの反対!と、安倍ヘイトで猛反発しているようですが、「安らぎ」「安心」「安全」そういった意味合いの文字として「安」が使われてもいいじゃないかと私は思います。

 

元号が、時代を形作るなんて思っておりませんが、願いや思いは反映される気がしますから。

 

平成と発表された時、何て地味な文字面の元号なんだろうと思いました。その印象はそのまま継続中で、第一印象は間違ってはいなかったなと思っています。私のからみたら、平成は盛り上がりに欠ける「平たい」時代でした。

 

商店街の役員同士で雑談した時に、頭文字AかKかJという候補が出ました。

当たったら、みんなでそれを肴に盛り上がるはず。

次の元号は、今のリアルが不穏さを含んでいればこそ、穏やかで安らかで明るくて温かい、そんな意味合いを象徴するような言葉を当てて欲しいなと切に願います。

うちのお風呂場のLEDのように、新しい明るさはダントツのパワー。あの新しさの力そのものの光を、日本国と国民に示してくれるような、だからといって筋肉馬鹿みたいな無骨は嫌われると思うから、優しくて柔らかい字面も欲しい(わがまま

 

 

愛国心を元に、国民の平和と安全を満たし、他国に対しては毅然とした国であることを意識出来る元号がいいなと思います。

 

そんな思いを抱きつつ、私の予想は「順治」「淳明」頭文字J推しです。

 

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3/26じゅん散歩見てね

本日はテレビに出ますよのお知らせ。

 

テレビ朝日「じゅん散歩」

3/26(火)9時55分~10時25分

 

ご覧くださいませ。

 

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高田純次さんは72歳とスタッフさんから聞いたのですが、もはや年齢不詳。立っている姿がシュッとして、私が若い頃から見ていた通りのカッコよさでした。

 

そしてどこかテキトー。

あの、人を傷つけないテキトーさ、見習いたいです。

 

そして当日は結構な雨降り。

撮影隊が帰った後は、案の定「人類大滅亡」したという(雨にも負けない店になりたいものです

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遠方からのご来店

本日のわたくしは、青江三奈の伊勢佐木町ブルースをセクシーに歌い上げる自信満々(シュビドゥバーッハー♪

 

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今年の花粉症は変動性。

日によって痛かったり、痒かったり、場所が変わったり。

 

この数日は喉にきていて、今日は声がガサガサで痛い。粘膜の腫れで呼吸も苦しいし、咳込みも度がすぎて喘息になりそうな激しさで、今年の花粉は大変だと言われますが、体感しております。

 

昨夜は咳が止まらず寝付けない夜。

今朝、明るくなって8時頃ようやく寝入る。

 

あー、もう今日は遅刻開店してもいいから、ちゃんと寝て体力戻さないと…と寝落ち。それでも12時には目が覚めたので遅刻出勤。

 

店の前にたどり着くと、隣の西村文具のベンチで日向ぼっこをしている50代男女。花粉で苦しい私は「何でも無い人、羨ましいや」とチラ見。

 

私がシャッターを開け始めたところ、女性が携帯で電話を掛け「やっと来て、いま開けているところ、早く戻ってきて」

 

そこでようやく、お二人が私の出待ちをしていたと分かりました(一気に緊張

 

「北海道から来た」「次の予定があるから、いつ開くのか気が気じゃなかった」と言われて、ハラハラさせて申し訳なく思った次第。

 

で、何がお目当てだったかといいうと「たわし孫の手」

TV番組で紹介されているのを見かけ、東京なら当店で買えるから、上京ついでに買いに行こうと思って来てくださったのだとか。ありがたいことです。

 

それなのに、私と来たら間が悪い、、、

 

遠くから来る方は、行くつもり予告をくだされば、当日は這ってでも店開けますから、前日までにメッセージくださいね。

 

孫の手以外もおすすめですよ。

高田耕造商店の職人手巻きの棕櫚たわし。【こちら

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休むのも仕事

そう言えば、3/14ホワイトデー直前なのに、12,13と休んでいいのだろうかと11に思い浮かぶ。

 

うちは若い子向けの商品を狙って仕入れている訳ではないから、ホワイトデーだからといって推し商品が特になく、強いて言えばsato's teaの紅茶ぐらいでしょうか。。。

 

(毎年、何でか駆け込みで出ていくのが、画像のガラスの靴モチーフのアクセサリー。これはイヤリング、ピアス、ネックレスがあります。)

 

もう、おばちゃん若く無いから、若い子が喜ぶものなんてよく分かんないんですー(苦笑

私自身を振り返ると、贈り物は相手の気持ちを受け取るものだという考え方が強かったし、自分が自分で稼いだお金を好きに使うことに重きを置いていた価値観だったから、男性が自分のお金で買うものに関して、四の五の言うのはどうかなと遠慮もありました。

 

そんで、若い時は、ファッション、アクセサリー、化粧品、香水、旅行レジャー、映画、音楽、美術館、読書、あたりが大好きで、そういうものにお金を使っていたような記憶。

 

 

今だから言っちゃいますが、去年のクリスマス辺りから季節イベントが盛り上がらない印象をずっと引きずっておりまして、特に男性から「使わずに済むならスルーしたい」思いが透ける率が高く、ホワイトデーも盛り上がらないのだろうなと分析中。

本日12日であらかたの用事が済んだから、明日開店しても問題は無いのですが、そんな調子なので13日も自分のトリートメントのために休んで時間を使おうと思います。

 

先日、個人商店仲間と話をしていたら、「まだ休むのが怖い」という方がいまして、私もいつか来た道だなと話を聞いていて思いました。休むと売上げが減る気がしちゃうんですよね。毎日の売上げ金額が安定していないと、余計にそう感じちゃうんです。

本当の問題は、その安定していない状態をどうにかすることなんですよね。

そんな偉そうなこと、言える立場か?と思いますが、あえて書きますね。

 

開けていても、来るのか来ないのか分からないから、釣りをしているのと一緒な状態。

だから、時間を掛ければ針に掛かる確率が上がるから、売上げが増える気がするんでしょうけれど、その人が次もここで商品・サービスを買いたいなと思ってもらえる工夫を試行錯誤、工夫していないなら、勿体無い時間を過ごしているなーと感じてしまうのです。

 

そういう事に頭を使ったりするために、休んででも、時間をちゃんと確保した方がいいと思いますし→もちろん考えた結果の成果も導き出す必要があるし、ひとつでも考えついているなら、即実行すればいいだけ。

 

ちなみに、休むの怖いと言っていた個人商店仲間は、ちゃんと施策を思いついて、近々実行に移していて、出来ている方。

 

私から言わせたら、先々を不安に思うのは『何一つ思いつかなくなった時』だと私は思うのです。もう、万策尽きて、店を閉めるしか無いやと、その時に落ち込んだりするでいいと思うのです。

 

それに。

疲れ果てたお店の人を見るよりも、元気ハツラツで楽しそうなお店の人の方が感じいいし、話題が面白い方が盛り上がれるし、お客様を楽しませる事が出来ますよね。だから、お店の人は、心と身体を休めて、新しい要素を吸収する何かを楽しんだ方が、最終的にはお店の運営や売上げにつながるような気がしております。

 

私は、本日仕入れで想定外の問屋さんに立ち寄り、あるものを見つけて心躍りました。

夏商品なのですが、今からワクワクしております。

聞くと、今年の夏作るかどうかまだ未定ということで、強烈プッシュして参りました。

 

何しろあまり見かけないもの。
我ながら「あまり見かけない」と断言できる辺り、自分が休み時間を利用して、いろんな検索をしたり、見て回ったりしているおかげだなと実感です。

 

 

休みが怖いという個人商店仲間も、早くそこを抜けて「この間の休みにこんな楽しい事(もの)に出会ったんだけど~」って会話を交わせますようにって祈っております。

 

休むのも仕事って言いますけれどね、休んでも大丈夫って「自信」が、本当は必要なんでしょうね(大丈夫、何とかなる!w

 

 

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ナイトミュージアム@顔真卿展

ナイトミュージアム初体験。

友達に誘われ、店を早仕舞いして東京国立博物館へ出かけました。

 

ひとり個人商店をやっていると、休店日は仕入れや打合せなどで明るい時間は潰れることが多く、公共施設の閉館は早いので、夜21時まで見られるというのはとてもありがたいなと思います。


以前にも、故宮博物館展で顔真卿の書は見たことがあります。

 

私自身は書道のたしなみも無いもので、何がどういいの悪いの、判断が出来ませんから、絵を眺めるような感覚で書を眺めた訳ですが、当時、思いがけず「何て美しい文字なんだろう」と驚いた記憶。

 

無知無教養なわたくしにでも分かる、絶対美があると思いました。

 

顔真卿展と銘打っておりますが、顔真卿の時代の前後の資料が盛りだくさんで、顔真卿以外の書、例えば草書の流れるような美しさにため息をついたり、見応えある展示でした。

 

個人的に面白く感じたのは、顔真卿の若い頃~晩年の文字の変化。文字が老成していき、味わいが増すのが分かりました。

改めて漢字はすごい発明だと思います。

 

私達2019年の日本人が見ても「愛」は「愛」と読めるし、分かる。伝えられて、使われ続けた事にも改めて思いをはせてみた。形としての美と、意味の美、文章としての流れの美。昔の物書きの才能は桁違いだったのだろうなと思います。

 

想像するとびっくりだったのが、髪の毛ほどの細さの筆で、細密線描で王羲之の書を模倣したものがあり、墨の調子や筆のかすれまで描かれていて、これが線描!?と呆れるばかり。人が一気に書いた勢いや流れを感じる模倣でした。

 

完成品が普通に紙に筆で書いたとしか思えない状態の資料なので、ふ~んと見過ごしてしまいそうですが、私は「これをどうやって作ったのか」常に気になる製作工程オタク。パッと見はただの文字だけど、その裏を考えた時に、その線描模倣の職人の技が計り知れなくて、ゾクッとしました。あれは、学芸員解説があればもっと良かったなと思います。

 

 

玄宗皇帝の書、嵯峨天皇の書など偉い人の書も展示されており、こなれた筆致。ああ、教科書や歴史本で見知っただけの方ですが、生きていたのだなと、感慨深く感じたりして。こんな文字を書く方は、どんな性格だったのだろか、そんな事も気になります。研究されている方は、そんなところからも読み解くのだろうか、なんて。

 

昔のドラマだと「普段丁寧な字を書く人なのに、この手紙は走り書きだ、よっぽど慌てるような事が起こっていたのかも。」なんてセリフがあったものです。今はメールだからフォント頼りですから、手書きの文字に現れる人柄や思いを汲むことを訓練しておりませんものね。

 

ふと、飛行機事故で最後の言葉を書いた手帳、または、残されたメモ発見を妄想。あの人の欠片が文字に宿ってる気がする→何かベタな設定だけど、結構泣けるなーなんて思ったりして(センチメンタル妄想)

 

「祭姪文稿」は行列が凄くてスルー。縁があれば、目にする日もあるでしょう。ベルトコンベア式に単に眺めるのは本意ではないので、後悔なし。

 

ナイトミュージアム、混んでいても、来場者が物見遊山系少なく、ゆったりした雰囲気で鑑賞出来ましたから、良かったと思います。他の美術館も、やっているところを見つけて、見に行ってみたいなと思いました。

(画像の半券、ポケットに突っ込んでいたからシワシワ)

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幸せへのプレリュード

昨日寝る前に読んだ本「人生を変えるアニメ」

私が大好きな声優さんの一人、平川大輔さんが「自分を切り拓く道を前にして」というタイトルで、初っ端に文章を書いておりました。

 

平川さんがラジオなどで話しているのを聞いていると、滲んでくる人の良さや誠実さ、優しさに癒やされる気がいたします。

今の平川さんは、もちろん年齢重ねた人間性の厚みや深さということもあるでしょうが、若い頃からとても繊細で丁寧な声の演技をされる方で、演技の幅も広く、年の割に老成していた方だったかと思います。

本の中では、ご自身が主人公の親友役をやったアニメ『巌窟王』を紹介しながら、転機に差し掛かった頃の自分について書いているのですが、水のように入ってくる内容と無駄のない美しい表現に惹きつけられ、眠いのに何度も読み返してしまいました。

(巌窟王は2004~2005年放映、ちょうど海外で働いていた頃で見逃しているアニメ。見てみたいです。)

 

リアルな人生の転機は、パツっと1秒で全部変わる事は少ないものです。生きる時間というのは、連続性の中で変化していくものだから、化学の実験みたいな反応は起こる方が珍しいはず。

 

実は後になって「あそこが転機だったな」と分かる程の時間+状況変化だってことが多いのではないでしょうか?だから、変化の最中にいる人は、変わりたい/変えたい心を抱えて逡巡したり、もがいて壁にぶつかるしで辛いものだし、いつ抜けるか不明で不安。

 

いつ、このトンネルを抜けられるのだろうかと、見えない先を見る、そんな感じ。

 

私は、しんどい時ほど本を読みます。

自分の心を代弁しているような表現に出会うと、それだけで救われる気がして、更にその物語の結末が好ましい雰囲気だったりすると、私もそうなりたいと奮起したり。私は、他にヒントや救いを求めるタイプなんですよね。

 

平川大輔さんは文中で、自分も声優だけで食べていけていない時期だったし、その不安が作品と配役にシンクロしたのかもしれず、だからこそいい表現が出来たし、あの表現は二度と出来ないと書いておりました。この振り返りは、数年経って変化した平川さんから出てきた言葉。

 

いい事からよりいい事が生まれるから、何もかもいい事だらけがいいなんて無い。苦しい切ないところから、何かをすくい上げる方の方が多いのではないかと思います。

 

前回のブログでも書きましたが、私達は生まれながらに、幸せ変換装置を装備しているのです。

 

今、切羽詰まっている方、今あなたの辛さは、幸せになるためのプレリュード(前奏曲)

 

大丈夫、何とかなる!ほんと、ほんと。


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