環便り(ブログ)

期日前投票

不在投票へ行って、本日の行程は終了。

練馬区の皆さん、投票は忘れずにどうぞ。

TOPページにも書きましたが、選挙のたびに恒例の「選挙割」やります。これは、投票率が少しでも上がればいいなと、友達のお店が提案したのを真似しております。

 

本日配達されていた「選挙公報紙」

立候補者の個人的な支援者以外は、候補者の考え方を理解している方は少なかろうなと思います。この紙を見て検討する人もいるんだろうなと思いますが、何とも読みづらい。

 

いかんせん「文字が小さい」のです。

 

本文がルビか?と思うような小さい文字で老眼で読めない方、読むのが面倒になっちゃって放棄する方も続出かと思われ、憂慮。

お商売やっている身としては、これは、内容を知らしめたいという意思が感じられません。

 

『条例第4項第1条の規定』に則り、掲載しているからねと但し書きが入っております。同じ印象を与えるために、何かしらを統一規格化して、公平公正を目指しているんでしょうけれど、読めない公平公正は、意味ないです。つまり条例がおかしいなら変えるべきです。

この紙面では、税金の無駄使いじゃないかしら?

 

せめて、老眼でも読みやすい文字サイズ確保して欲しいな~と思うので、近いうちに選管に問合せしてみたいなと思いました。

これ、クレーマーじゃないですよね??(笑

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以下、私見。

愛とか、やさしさとか、がんばりますとか、精神論的な言葉が載ってる人は微妙だなと思ってしまう。

 

政策は、実行実現してくれなくちゃ意味がありません。公約は実現可能なルートを研究してから公言してくれてるならいいけれど、「~なつもり」発言だったら、がっかりですよね。その判別が出来るような政策を、HPなどに書き込んでいる方は皆無でした

(HPが無い人も、徐々に不利になっていく予感がいたします。情報開示はWebもあって当たり前の世の中ですものね)

 

空き店舗活用に補助金出すと書いてあった候補者がいましたが、私みたいにテナント借りて事業している身からすると、補助金よりは「適性なテナント賃料を実現して欲しい」と思う。

 

江古田~桜台~練馬辺りは、とにかくテナント料、高め。

 

それが事業継続を圧迫しているから、江古田はとにかく入れ替わりが激しい。マーケットは異常に小さいエリアなのに、見えてないのか、高値でも次が入るから不思議な街。そして潰れて入れ替わるという恐ろしい街でもあります。

 

あと、商店街振興って言うなら、そのエリアに必要な業種が入るなら、少し優遇してくれると、街の利便性が落ちずにいいのになと思います。古くから愛されてきたお店が、後継者無しで廃業した後なんか、特にそう感じます。

 

事業後継は、血縁関係ない場合に金銭的に補助してくれると、継承元も引き渡し易いかと思いますし、継承する人も、顧客引き受けて事業不安少ないから経営安定化しやすかろうと思う。

 

#練馬区長選  #練馬区議補選

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鉄分補給の誤解

大学で一人暮らしを始めて以来、自炊生活。

お金が無い頃は安いものを使うし、使って馴染めばそれでもいいかとなり、ステンレス、アルミ、ホーロー鍋、テフロンフライパンなど、様々な金属調理器具を使ってきた後に、南部鉄器(鋳物)の重たい鍋に落ち着きました。

煮るなら土鍋がおすすめですが、それ以外なら鉄鍋が最高。私が作る料理は大して凝ったものはありません。焼いたり、炒めたりするぐらいですが、その調理方法には鉄鍋が最高に合っていると感じております。

 

チキンソテーは皮がパリパリでお肉ジューシー。

餃子も手間なしで上手に焼けるようになりました。

野菜を蒸し焼きにすると、甘みが増す気がします。

焦げないから手入れも楽ちん。

 

使わないと分からないのが歯がゆいのですが、お料理は道具も大事だなと思うので、若い方にはぜひ、色柄やブランドではなくて「素材特性も見ながら」調理器具を選んでいただきたいなと思います。金属もそれぞれ違いはありますからね。


あと、金属製品は長持ちしますから、買う時にちょっと高く感じても、絶対元手が取れると思います。毎日使うものは、高くても買って良しという判断は、50歳のわたくし的には真実と思いますよ。

 

ところで、鉄瓶や鉄鍋の売り文句で「鉄分補給」が出ますよね。私自身も、そういう説明をしたことがあります。鉄瓶で沸かしたお湯には「二価鉄」が含まれており、「二価鉄は吸収率がいい」「体内に取り込まれる」と読んだことがありまして、体に必要な鉄にも種類があるんだなと思っておりました。

そう言えば、薄い知識しか無いなと思い出して、読んでみたこちらの本。
思い込みや勘違いを随分解消できました。

以下、読書メモ。

●酸素は生き物には毒。その酸素を使うことで従来嫌気性呼吸の20倍のエネルギーを生み出せるようになり、進化が進む。海水内の鉄は酸素と反応し、鉄がほぼ含まれなくなった頃、地上にある鉄を取り込むために植物が地上へ進出。食物連鎖も、鉄を取り込む目的とも言える。植物を食べて取り込む、植物を食べた動物を食べて取り込む…

 

●体内の鉄の量はパチンコ玉1個より小さい。

●鉄は他のミネラルと異なり、過剰摂取されることがない。体内で循環しリサイクルされる率が高く、余分がほとんど出ない。

 

●鉄が吸収される流れ:十二指腸粘膜上皮細胞の表面から吸収される。肝臓からの指示により吸収されるが、不足が無いと肝臓からの指示は出ないので、1~3日で上皮細胞は剥離して鉄も一緒に便として排泄される=不要な鉄は吸収されない

●三価鉄はビタミンC や酵素により二価鉄に変化して後、体内へ吸収。三価鉄では取り込めない。二価鉄は「毒性が高い」ので、取り込まれると細胞表面で酸化され三価鉄になる。

 

●鉄瓶でお湯を沸かして取れる鉄は微量。溶出量と吸収率を考えると、1日に500杯飲まなければ必要量に達しない。鉄分補給よりカルキ飛ばしや味のまろやかさのために使うのが正解。


●鉄不足の時は、植物性の鉄分の方が吸収率が高くなるので、レバーより葉物。

●ひじきやプルーンなど鉄分を多く含むと言われる食べ物があるが、含有量が多くても吸収されるかどうかは別で、実はあまり役に立たない。ひじきは無機ヒ素(毒性あり)を含むので注意。

 

●ビタミンCと一緒にとると吸収率が上がる。逆に、リン酸塩(卵、牛乳、チーズなど)シュウ酸塩(ほうれん草)タンニン酸(茶葉など)、食物繊維、ポリフェノール類は吸収を阻害するので、鉄不足の時には一緒にとらない方がいい


●玄米の「フィチン酸塩」と巷で玄米は体に良くないと言われる時の「フィチン酸」は別物。日本では混同されているが別物。フィチン酸にミネラルがくっついたものがフィチン酸塩。穀類を摂取してとれるミネラルはフィチン酸塩のミネラルを指す。フィチン酸塩のミネラルが体内に吸収されると、フィチン酸塩は足りないミネラルを補うために、体内にある余りミネラルや有害ミネラルをくっつけて排泄。(ただし玄米にもヒ素やカドミニウムを含むものがあるのでチェックは必要)

 

 

 

●鉄鍋で酢をちょっと使って調味した方が溶出量増える(酢0.1%水溶液で溶出量千倍以上の報告あり

 

 

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自国の歴史を自習

私は20代の頃、政治とか経済とかよく分からないので、「ノンポリ」を掲げておりました。

 

 

学校で習った自国の歴史は、受験が終わると記憶から抜け落ちる程度。若くて経験値の無い知能と心は、そんなものに価値を見出だせず。ノンポリ、ノンポリシーという言葉は、便利ゆえに使っていた便宜上のポリシー。

 

 

一方で、自分には何か欠けているという感覚はちゃんとあって、だからといって何が欠けているのか分からないから勉強しようもないし、不全感がたまり続けたのが20代30代。

 

 

仕事がきっかけで出会う中国人や台湾人とのやり取りの中で、彼ら彼女らが自国の歴史をよく把握しているのに驚きました。彼らは、地政学的な観点も交えて歴史を語るので、日本の歴史も絡めて理解しています。

 

 

自分は自国の歴史さえぼんやりとしか分かりませんから、自信をなくしたものです。



大卒の学歴で社会人も10年以上やっているのに、何故か自国の事になるとよく分からなくなるのです。これは単に知識不足だからなのですが、一方で知らずとも仕事をこなせば生きていけるし、ずっとスルーしてきたと思います。知らないことへの後ろめたさがありながらスルーしてきたのには「知ることの怖さ」がありました。

今までの私は、戦争について知ることを恐れていたのだなと、今になれば思います。残虐非道な事柄を知ることと、学ぶ楽しさがイコールにならず、心がブレーキを踏んでいた感じです。 

 

 

ところが、隣国との関係性の摩擦係数がうなぎのぼりの状況をみて、何故中国、韓国、北朝鮮はこんなにイライラガツガツと日本を攻撃するような態度なのだろうかと知りたくなり、とうとう自習開始。

 

 

去年は、50歳という節目に至る年だったし、どうせなら近現代史だけでなく、全体的な穴埋めをしたいなと思い、古事記から現代史まで、様々な書籍をたくさん、たくさん、読みました。

 

日本は、いろんな角度から研究・分析された内容の書籍が出ておりますから、浅い疑問から深い疑問へと、

ちゃんと答えてくれる内容の本が見つかります。ありがたいことです。


自分なりに、

一段落したと思えるところまで自習したら、自虐史観から抜け出て、心がすっきりしております。自虐史観は、事実として知ることは必要ですが、そこで止まる必要は無いと「未来志向」の考え方をしていこうと決意できました。

 

 

私はインテリアデザインの仕事をしてきましたが、歴史の勉強は、美術やデザインの勉強よりも先にするべきだったなと「後悔」しました。国語と歴史は「心のために大切な科目」だったんだなと、認識を改めました。多分、どの仕事、生き方にも共通することで、子どものうちから、若いうちから、自分のルーツや国の成り立ちを知ることは、それが私達日本人の感性の元に存在するものだから、本当に大切なことだなと感じました。



日本人らしさ、この中身不明の曖昧なことば。

でも、私には「分かる」感覚があります。

日本人なら「我々日本人」と「外国人」とでは、違いがあるのだと分かっているはずです。良し悪しではなくて、違いの存在。包括的表現をしにくいのだけれど、日本人の精神性や行動原理など、歴史を知ることで分かる部分が多かったです。

 


もうひとつ、気がついたこと。

学校で勉強する流れの歴史では「自国の歴史がよく分からない」構成になっていると思います。

 

 

この事に思いが至った時に、何故そうなっているのだろうかと疑問がわき、そちらも自習対象となって、裾野がどんどん広がっているところです(死ぬまで勉強中

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呼吸法、体験

今日は自分の為に不定休。

呼吸法を体験してみたくて、体とこころを整える「あいき講習会」に出かけました。

 

物理学者であり、合気道の名手でもある保江邦夫氏の本を読んでいたら、スマイルリフティング協会という存在を知り、本来それを体験しに行きたかったのがきっかけ。

呼吸法も以前から興味があり、自分で普段毎日やれそうなことで、気分転換や体に良さそうなことが出来たらいいな~という緩い気持ちでお申し込み。

小さい頃は全く人見知りしない性格でしたが、大人になったら若干緊張するようになりました。外来種の私が混ざっても、和気あいあい出来ますようにと神様にお願い。

余談ですが、中年以降は新しい友達が出来にくいと言われる原因をわたくしなりに解説すると、新たに出会う人とは社会的に関係無くても生きてきたし、その先も、関わらずとも生きていけるから、仲良くする理由が希薄。だからそんな通説があるのかしら?と思います。

今日は10人足らずで、互いの顔が見える雰囲気だったことと、私よりもお兄様お姉様が過半数で、受け止め上手が多かったおかげで、のびのびと楽しむことが出来ました。

ところで呼吸法。
言葉はよく聞きますが、知識と経験的には深呼吸程度。

今回やったものは、動きとしては汗もかかない軽いものでした。

出来るリズムでの鼻で吸って口で吐く呼吸を繰り返す+合わせてイメージングと軽い動き。これなら、お年寄りでも出来ますし、わたくしみたいに運動する習慣が皆無の人間でもやりきれそうです。

 

正直、言われた通りに出来ていたかどうか、自分でもよく分かりません。

でも、終わってみたら体がぽかぽか。

手足だけでなく全身くまなくぽかぽかで、普段触れたら冷たく感じる脂肪の多い部位の表面でさえ、ぽかぽか。

 

呼吸が深く入ってくる感覚もありました。

最初は何だか無理やりだったのですが、やっているうちに体が楽に動く方向が感じられ、そこに意識を向けて出来ない方は無理をしないという動きを繰り返しているうちに、どちらも出来るようになって、気付くと呼吸が深く入るようになっていて、体の凝りが取れた感覚。

終わってみて思うのですが、多分、動作を抜いて深呼吸だけで1時間安静にやっても、近い効果があるような予感。今度実験してみたいなと思いました。

気功の体験も出来ました。

何故?という感じで、飛ばされる感覚。

これは、口では説明出来ませんね。

保江先生提唱の愛で相手を倒す合気の端っこを体感出来た気がします。

説明出来ません。何で?と考えながら、体は反応しているものであって、今回の数回でつかめるものではありませんから、不思議なままですが、ん~~~~言語化出来なくてもどかしいけれども、こういうものがあると分かったことが楽しかったです!

 

終わってから、みなさんが持ち寄ったおやつを広げて雑談。

この作法を聞いていたら、私も江古田みやげを持ち寄りたかったです!!

お姉様の一人が、やおら日本酒の封を切り「ちょっとだけ~」みたいなノリでお仲間に勧めながら楽しそうにひと口飲んでいるような様子が、いちいちホッとする緩さで、微笑ましかったです。

 

講師の髙橋先生に、正解はなくて、自分で感じるしかないものもあると聞いて、ちょっとホッとしました。出来ないとかいうの、考えなくていいという話に変換。自分が思う方法で試し、工夫を重ねろということとして読み替えました。

 

この教室は江古田からちょっと距離があるのですが、店の都合が許せば通いたいなと思いました。

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50歳のマルチタスク

マルチタスクとは、あれとこれとそれを同時平行的にこなすこと。ながら族。

若い頃は、そういうやり方が得意だと思っておりましたが、50歳ともなると、やろうとしても出来なくなって来ました。

高校の同級生・木ノ本景子せんせーが書いた「脳の取扱説明書」という本を読んだところ、脳は注意を払っているものしか認識出来ていないそうで、同時進行していると感じていることが幻想→マルチタスクなんて出来ないんだと知りました。(事例や例え話が豊富で分かりやすい図書でした)

 

一生懸命に注意をあっちにこっちに移して、どれもこれも把握している気になりながら、注意を向ける先の切り替えにエネルギーを使うから疲れるし、気持ちを移したところで作業的な進捗は少ないのです。

だって、頭は一つ、手は2本、足も2本ですもんね。

 

たくさん、たくさん思いついても、実施は1つしか出来ないのです。

物理的に出来るのは、頭と手と足が、同時になせることだけなんですよね。

 

しかもこれ、50歳になったから出来なくなったんじゃなくて、

若い時からずっと出来ていないことなんですよね。

 

若い頃の自分へ、何であんなにセカセカとチャカチャカと焦って頑張ったかなー!落ち着いて~!と言いたいです。今の若い方へ、進みの鈍さを嘆くことなかれ、進んだ一歩こそを見つめるべし。ある日後ろを振り返った時に、ここまで来たと思うのは、一歩一歩進んだ結果。

 

そして、私と歳の近い皆さんへ。
出来なくなったんじゃなくて、ようやく実力が見えて来たんだなと思っていいようですよ。じっくり目の前の事に注力して、ひとつひとつ片付けることが、最短ルートと思っていいようですから、命の時間は常に終わりに向かって流れていくのが生き物の摂理だし、「どうでもいいよそんな事!」なんて心でつぶやいちゃうようなことに時間を割くのは止める/自分の人生において大事な事を優先して時間を使うようにしたいなと思います。

ひとまず、無駄に焦りを感じてもやもやしないようにしたい、です。

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