環便り(ブログ)

売らないお店~古希祝い

本日は「売らなかった」お話。

 

本日最初のお客様。

古希を迎えるお父様への贈り物を見繕いにご来店。

穏やかで丁寧な物言いの男性。

 

自分が小売業をやりながら、50になって思うのが「お年寄りに喜ばれる〇〇」と言われる品物を見て、自分がそれを欲しいと思う方はかなり少ないのではないか、ということ。

 

病気や体に不具合があり、それを補ってくれる品物は助かればありがたいと喜ばれることでしょう。しかし「お祝いをこじつけた品物」が喜ばれるかと言えば、そうでもなかろうなと感じます。

 

お年を召した方は、必要なものは既にお持ちだし、今更あれこれ欲しがる物欲も無いと思います。足るを知ったお年頃ですもの。

 

そのお年頃のお客様とお話しすると、

「健康で過ごしたい」ということと、

「子ども達に面倒を掛けたくない」という2点が気掛かり。

男性女性問わず、この気掛かりを抱えている方は多いもの。

 

私の両親もそう。幸せの真髄は、健康で屈託なく生きること。若い頃には至ることが出来ない境地(苦笑

 

ところで、件のお客様は、既に「複数」「贈り物を用意」しておりまして、それでは足りない気がして当店に来たと分かり、当店を思い浮かべてくださったことに密かに感激。

 

ご自分の愛に見合うだけの贈り物が出来ていない気がすると「足りない、足りない」と思える男性の心に愛を感じました。多分、家族仲もよく、お父様を敬愛して止まない息子さんなのでしょう。

 

いつもは、肌触りの良いKONOITOのガーゼタオルケットをおすすめするのですが、今日は「それで十分だと思います」と背中を押すことにいたしました。

 

「あなたのお父様のこれまでの人生のお話を、この機会に、家族みんなで聞き出してみたらどうかしら。お父様だってご自分の人生をゆっくり話す機会、聞いてもらう機会も無かったはずですよ。自分がどんな人に愛され育ったのか知ることは、この先のあなたの自信や誇りにもなるかと思います」

 

わたくしが、そうでした。

楽しいばかりの話ではありませんし、むしろ苦労の連続で。その流れの先に、わたくしの今があることがとても幸せと思える話で、これは私だけの宝物。

 

彼は納得して、笑顔で「また来ます」と帰りました。

 

私も何やら気持ちが通じたことがうれしく、ゲリラ豪雨で店内人類絶賛滅亡しておりますが、幸せな気分でお店番。

 

小売店は品物を売ってこそですが、自分のところの商品とアンマッチな時には押し売りしないのが私の方針。

 

お盆になると、いろいろ思い浮かべちゃいます。

あ、うちの両親は健在で、バリバリ元気です(笑

 

※年を取ると眠りが浅く短くなってきますから、年中心地よく眠って、健やかにという思いを込めて、薬剤を使わない綿の自然な柔らかさを味わえるKONOITOのガーゼケットおすすめです~(こじつけ☆

 

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ストロー

プラスチック製品のごみ問題が、最近ニュースになっていましたね。その内、日本国内でもストローが消えるのかもしれません。

 

私自身は、日本人はもともと湯呑や茶碗といった、把手が無い器を手に持ち、中身の液体の温度や、器の肌触り、重さなどを五感で味わいながら、飲み干す文化だと思っております。

ストローは、無ければ無いで、馴染むだろうなと思っております。

 

あ、そうなると、ストローという言葉が無くなるかもしれないということか・・・(妄想が止まらない。

 

 

ストロー。

中空だから、中身が無い例えに使えますね。

それとも、物体が通る道という意味にも使えそう。

 

 

人間の体は、ミミズと大差ないそうですよ。

消化器官が走っているストローのような構造。
便秘はストローの詰まりで万病の元だから気をつける訳で、数日ならいつものことだからなんて侮ることなかれ。

心もストローの様だといいですね。

こだわりは、ストローの内側に出来た出っ張りみたいなもので、サイズによっては通せんぼする関所。いい時にはこだわりなど、特別な視点があるかのごとく言われますが、悪い時は頑固や執着と言われ馬鹿にされる。

私は、最近自分が出来ていないなと思うことに「傾聴」があります。

自分が話したい、話したいと、相手の話題に口を挟んでしまう。

日本語の特徴でもありますが、最後まで聞かないと意味が分からないので、勝手に話の先を読んで口を挟むようでは真意をくむことは出来ませんよね。コミュニケーションはストローみたいに、相手の言うことを素通しで聞かなくては、と思います。


ストローという比喩がなくなると、私は困るな。なんて。

 

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夢のうつつに浮かんだ言葉

以前から、自分の神様は他の誰でもない、自分である、と考えているわたくし。

「自分の神様」を信心している一人新興宗教の教祖であり、信者です。

別に、自分が人生の全てをコントロールできると勘違いしている訳ではなくて、自分を幸せにするために私は生きているという事を、言葉遊びしているだけ。

 

先日、You Tubeの関連動画で自動再生された西田昌司議員と百田尚樹氏の人生論を語る対談動画の中に「矛盾をどう引き受けるか人生」という言葉が出て来まして、妙に心に引っ掛かりました。

 

努力が必ず報われるとは限りません。
若い自分は、うまくいったのは○○をしたからだ、と思い込んでは次もやってみる。次は失敗した。何故だろう?と落ち込み悩み考える。

 

この繰り返しをしてきた気がするのですよね。

 

うまく行った先には相手が存在していて、自分だけでは何一つ完結出来ない世界なんだと知るにつけ、全ては必然というよりも偶然であり、だから一期一会に感謝して、今無事に生きていることを有り難く感じられるようになりました。

 

例え悪いと感じる出来事が起こっても、起こるべくして起こったのだろうから、これもまた、うまく行っているはず。

でも人間だもの、そんな風に思い切れない部分もあって、何が悪いのだろう?と悩み始める→今ここ(苦笑)(月末の支払い時期になると、毎回これやってる気がします)

 

私が自分にある落ち度を認め、改めるだけでは解決しないのが人生。何故なら私一人で生きている訳ではないのだもの(と、さっき認めていたじゃないか)

 

悪いのは私ではないなら、誰か他にいるのだろうか?こんな人生って意味はあるのかな…とループ突入しながら、うとうとし始めた時「無かった事にするには、お前があると思わない事だよ」と私の神様からの声が浮かんできまして、ああそうかと寝落ち。

翌朝。

確かに、若い頃の悩み事は、悩もうと思っても悩めない事柄になってしまっています。同じことか。

 

あると思えばある、無いと思えば無い。

 

もちろん、理解したからと言って、すぐ出来るでもないので、いまだループ内に留まっているのですが、近いうちに、早々に、抜け出そうと思いました。抜け出そう。まずその意思を持とう。

 

だって、死ぬまで生きるしかないのだから(ああ、まだかなりループ内

 

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ところで。
翌朝起きて、大事な言葉が降りてきたと思うのに、肝心の言葉があやふや。
見た夢が思い出せないのと一緒。
思い出せて良かった、、、(笑

 

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NHK集金人の迷惑

東日本大震災の頃、テレビ番組の内容を見ても心が全く満たされない現実に気が付き、私はテレビを廃棄。テレビと関係無い生活を送っております。

開業準備~開業→店頭運営に関するルーチン確立までに、何しろやたら時間を使いますから、テレビを見ている暇が、というか、テレビを見るよりもやりたいことが多すぎて、地デジ化されてブラウン管テレビは映らない粗大ごみとなり、物理的な条件の羅列から、テレビを見なくなったという方が正解でしょうか。

 

面白いことに、テレビを見なくなって浮いた時間が何に使われているかを振り返ると、実は知りたいことを調べている時間が増えていて、満足いくまで書籍を読み、Web検索に明け暮れている感じ。

 

テレビを見なくても困らないどころか、本当に知りたい知識欲を時間を掛けて丁寧に埋めていけておりますから、テレビのような情報発信メディアは、私にとってはすっかり前時代的な過去ツール化しております。

無くても、なんら、不便がないです。

 

数日前の事。

22時過ぎに、NHK集金人(男性、声は若め)がピンポーンとやって来て言うには「長らくお支払いが確認できないお宅なので来ました」「ご説明したいことがあるので開けてください」

 

よくある話ですが、ピンポーンの後に自分は何者かを名乗らない。こちらが聞いてもNHK集金人だとは名乗らず、宅配便業者かと思わせるような言い方をする。

 

4年前にやって来た集金人には、昼間だったこと+とてもしつこかったこともあり、家の中にテレビが無いことを確認させて、何故契約出来ないのかを理解させたんですが、夜22時に、あざといやり方でドアを開けさせようとする輩に、同じことやる気になれず、不快感うなぎのぼりでした。

 

私も、いい年したおばちゃんですから、訪販的な業種の方が注意した方がいい法規を知っておりますから、

 

「あなた、こんな時間に訪問し契約していないから契約させようと勧誘することは違法だと分かっていてやっているのですか?」と言うと、ごにょごにょ言っておりましたが、案外すんなり帰ってくれました。

 

本当のNHKの集金人とも限りませんしね。

空き巣の下見、押し込み強盗、何でも疑ったらキリがないけれど、

やり口が汚い相手に、金を払う気にはならないものだな…と自分がお商売やっているせいもあって、あれはダメだろう!と不快感と共に、こんなやり方を許しているNHKがますます嫌いになりました。

 

facebookの友達が「イラネッチケーステッカーを貼りましょう」とのこと。

そのステッカーって、何ぞ?と思いググったところ、世の中には、「NHKから国民を守る党」なる団体があって、撃退ステッカーを配布したり、集金人が来た時にその場で掛けてください→どうしたらいいか教えてくれる電話番号公開しているそうです。

し、知らんかった・・・みんな、いろいろご存知で驚いたりして(笑


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わたくしがNHKが嫌いというのは、反日的な思想を正当化するような内容の番組を制作し放映しているから。今も変わっていないようだということは、SNSで、政治イデオロギーが近い誰かの投稿を見れば分かります。

視聴者からの料金徴収は民放には無いほどの権利利権。

 

そして集めた金で、何故日本を貶める内容の番組を作るのか理解不能。というか、そんな内容の番組を作るために、金を払えと言われて納得出来る訳もなく、株式を購入して株主として意見するほどの熱意がありませんから、テレビを捨てることにより、NHKとのつながりを切りました。

頑固な部分もあるなと、自分の性質に今更驚きます。

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萎える一言

この暑さの中、ふらりとやってくる初めての方というのは、半分涼みに来たのだと思って、接客もほどほどで静かに様子見が正しいと思っております。

 

当店、商店街の通りのちょうど中間地点なので、江古田駅から新桜台駅へ乗り継ぎ移動する方の暑さ対策地点という自覚あり。

 

 

飲食店だとこうはいきません。

入れば必ず何かを食べなくてはいけないという、暗黙の絶対ルールがありますからね。

 

 

いいな~、飲食店(黒笑 ふふふ

 

 

偶然入った方が、思いがけず楽しいなと感じてくださって、お買い物してくれるのはこちらとしても有り難い事。

 

だけど、たまに「これいいな~でもちょっと高い。セールやらないんですか?」という流れの話をされる時があって、時期的なこともあるし、セール前提なんだな~…と、萎えて力ない笑顔になる時があります。

 

初めての方で積極的な方の中には「こんなのあるといいのに、仕入れてくれませんか?」と言う方も多め。

 

開業当初は、これを「顧客ニーズ」と誤解して仕入れては、その方は二度とやって来ないという現実にがっくりしたこと数知れず。


起業本なんかに書かれている「見込み客」って、昔の私も誤解して読んでおりましたが、本当に買ってくれる人であって、買うかもしれない=よく分からない人のことではないのですよね。だから、リクエスト=ニーズと捉えるのは、誤認。今なら分かります。

 

 

江古田は普段来てくれる近隣住民の方に支えられている商業エリア。
不特定多数を呼び込む百貨店や繁華街とは成り立ちが違うのです。

 


事業規模も全然違いますから、セール=割引=利益率を落として販売することが、命取りになるぐらい零細なお店が多いと思います(特に飲食店など生ものを素材として扱う業種)百貨店や大手と同じこと=関係性の希薄な方にも、一律で割引やサービスを望まれても、残念ながら出来ません。

 

 

セールなんてやらない店が多いけれど、その代り、顔馴染みのお客様には、おまけしたり、値引きしたり、景品つけたり、時には人脈紹介したり、お裾分けもします。頼まれれば、お葬式のお手伝いに行くお店の方もいます。顔の見える生身のやり取りが商店街の身上。

 

商店街は、お客様をいかに「えこひいき」するかがサービスなんです。

 

 

だから、初めての方から、セールはいつ?なんて言葉を聞くたびに、失望させちゃうなーと思いつつ「うちはセールはいたしません」とお伝えします。

 


「セールが出来ません」とは言いたくないので、せめてもの意地かな(苦笑

言ったら、萎えるもの。。。

 

こんなことぐらいで萎えることが無いお店になるべく、力をつけていきたいなと思った夏の午後。

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命の長さ、時間の速さ

26年振りの大学の同級生がご来店。驚いた。

仕事で江古田に来たついでに立ち寄ってくれたのですが、お互い年が近い知人が亡くなった経験があるもので「今日会えて良かった」と喜びあえたし、明日きちんと目が覚めるとか、いつもが繰り返されるとか思わず、今日終わっても後悔しないように毎日楽しんで頑張ろうねとお別れ。

 

先日、武蔵大学の経済学部が一般公開している講義に参加。

 

和食料理店で使われる季節の葉っぱを販売する、葉っぱビジネスの会社、株式会社いろどりの横石社長が講師。

 

起業するまでの経験や事業を軌道にのせるまでの悪戦苦闘を赤裸々プレゼン。人に囲まれていくまでの過程は、本当に苦難の連続。でも御本人は、その最中でも苦労を苦労と感じることなく、動き回っているのです。

 

横石社長自身もそうだし、横石社長と一緒に事業をやっているおばあちゃん達も同じく、「楽しんで仕事しているし」「仕事が楽しいからいつまでも体動かして元気にしているし」「お金がちゃんと儲かれば嬉しくて続けられるし」働き方改革なんて必要無いんです!と笑ってお話されておりました。

 

これから就職される予定の大学生達はどう感じたかは分かりませんが、自営業のわたくしには「その通り」と響きました。

私の店に欠けているのは「お金がちゃんと儲かる喜び」だけです(苦笑

儲からないけれどこれをやっている理由は何?と問われたら、やはり好きが勝っているからなんですよね。辛うじて、食べていけているから、好きが大きくて経済的には弱くても、バランスが取れている内は倒れることなく回り続けることが出来ているのでしょう。

 

いつまでこのバランスでやっていけるのかな?と50歳になったら、うっすら心に引っ掛かりもいたします。

 

その思いが頭をかすめた時に、横石社長がお別れした105歳のおばあちゃんの話が勇気をくれました。

その方は、息子家族は他県で生活しており、独居老人。この先の人生、息子達に面倒を掛けたくない。

横石社長に後押しされて、75歳から植樹して木を育てながら事業に参加。楽しそうに元気に働くおばあちゃんの姿を見て、他県に住んでいた息子家族が戻ってきて一緒に暮らすようになります。結果105歳で亡くなる訳ですが、仕事を楽しみながら最後を迎える。

いつまで生きるかなんて、結局自分にも分からないのが命のルール。

だとしたら、先を短いものと思って先細った生き方をしていくのか、10年先を楽しむために今出来ることを精一杯頑張って生きていくのか、私の心がけひとつですよね。そして、道半ばで終わったとしても、目的に向かって進むことを諦めた訳ではないから、満足して死ねると思います。あの時、こうしておけばよかった、という思いを残さないことを頑張ろう。

50歳になったら、1日に出来ることが減ったような気がしております。

性格的に、予定や計画は、自分の能力以上に詰め込みがちなので、終われない予定を眺めてため息することを若い頃から繰り返してきているので、出来ない自分に耐性はあったはずなのに、最近出来ないことが増えた気がして、自分にがっかりが微増中なのです。

 

ジタバタしても、出来ることは出来る、終わることは終わる。

だから1つずつ着実に片付けていくのみ。(分かっちゃいるけど何度も落ち込むループ、ループ)

 

こういう焦りを感じる時は、

①物事の優先順位がついてない混乱と、

②気持ちの焦りから必要時間の過少見積り、が原因ですからね。
真逆を心がけるといいだけです。

 

時間の速さは、心の中から生まれる速度。

1日1つ終われば自分を褒めていこう。

 

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自転車の道路交通法

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政治的イデオロギー

私は右でも左でもありませんで、どれかに偏るのではなく「いいとこ取りするのが国民でしょ」と思っております。だから保守やリベラルとカテゴライズされるのを好ましく思いません。


このわたくしのような大人は多い気がいたしますが、何という呼称が適当なのだろうかと思っておりましたら、最近、門田隆将さんが「ドリーマーとリアリスト」という言い方をしていたよと人から教えられ、腑に落ちました。

歴史や憲法、国際法を自習するまでは、私は実現性なくても感情に訴えて来る「心地よい言葉」に踊りまくって「原発反対!」「9条を守れ!」「現体制に反対!」しておりました。

 

では、原発を反対したら、代わりにエネルギー政策はどうするのか、それは分からない。専門家や政治家、自分以外の誰かがどうにかしてくれないとどうにも出来ないし、分からない。自分がひどく不便になるのは想定していないから、ちょっとぐらいならいいとか言ってみる。

今までの自分はドリーマー、お花畑で平和になればいいのにと夢を見ていたとしか言いようがありません。今は、現実的に平和を希求するため、どうしたらいいのかを考えるようになりました。

 

以下、4月24日のツイッターで連投したまとめ。
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●私のあまり得意ではない左巻きの方は、国民ではなく「市民」と書く。関西ぽい感覚で「それどこの市やねんな」と突っ込みたくなる。私の目には見えない架空の何とか市があるんだろうな。そんで、そこの市民と私は同一次元に存在しないから彼らの思う素敵な未来には行けない(行きたくないからそれでいい


●日本の教育って近現代の歴史になるとモヤッとなるの。私の時はそうだった。おかげで先生が言う「日本は残虐で悪」という刷り込み授業が成功して、そうならないためにも平等公正で権力の悪を監視とか真に受けて信じていたんだけど、大人になって自らの興味で歴史憲法文化学んだらもう左に戻れませんヌ

 

 

●わたくしは、日本が大好きだし、そうじゃなかったら和をテーマにした雑貨屋なんて仕事選びません。大人だから是々非々で判断するところもありますが、根本は愛国と自由主義と現実主義であり、間違っても共産主義や社会主義は無い。暴力で全員から奪い、結果、全員平等になり幸せなんてどんな思想なのよ

 

 

●モリカケやセクハラなど、煽るメディアと野党を見ているとコミンテルンかと思わずにいられません。政治への不信感を植え付ける、そういう工作に見えてくるほど/陰謀論を思わずにいられないほど、まともに見えない状況で憂います(韓国みたい、悪いと言われたらとことん攻撃、死んでも関係ない的な酷さ

 

 

●私の店のお客様は情報弱者と言われる60代70代も居ますが、皆さん今の政局に違和感を感じていらっしゃるし、外交についての知識や意見もしっかりしています。一方的にどこかの国(例えば中韓朝)が正しいということも無し、日本の悪いところも認めながらで、自分の孫や子の代を見据えて「こうあれかし」

 

 

●そういうお客様に囲まれて、私も考え方やものの見方の勉強をしています。50になっても日々勉強。(江古田はいい街だ~)強制され続けるのいつか我慢決壊するでしょ。なら国も同じことよ。あちらこちらに遠慮して配慮して、自主性を発揮出来ないのって窮屈の極みだと思うし子や孫の代には残したく無い

 

 

●例えば吉田証言と朝日新聞みたいに同じ日本人がやらかしてきたのは確か。尻馬に乗って、中韓朝鮮が事実を見ないふりでここは政治的に日本を責めると国益UP的な動きをするのを責めたくなる。でもそれが国と国の政治で、どこも自国の国益優先なんですよ。欧米みてもそれが当たり前。

 

 

●日本人てお人好しで信じやすいし、一度約束したら守る風習があるし、普通に暮らしていると日本人相手で暮らせるから実感わかないかと思いますが、外国人は日本人ほど厳密に関係性を維持しようとする意識ないと思います。昨日と今日と死んだ細胞分、オレ違う人間だしってぐらい、約束反故は起こる。

 

 

●反故にさせないように、国の外交はやってるんだもん、難しいのよ。気に食わない隣人がいたら、やだけどこっちが引っ越しする事も出来る。国と国はそういかないもの、しかも相手の常識がこちらの非常識だったら同等に付き合えないから、騙し騙しやってくしかない

 

 

●私は一生隣国関係は諸手挙げて仲良くなんてならないという立場で、隣国と利害が一致しないんだもん仕方ない。こちらとしての最善が叶わないのだから常に次善を探る外交の粘り強さを期待していて、何なら他国を利用してでも、日本の国益を引き出すことは善だと思います。

 

 

●日本人的にはスッキリ節目がない状態は慣れないかも知れないけれど、嫁姑問題みたいなもんよ。ずっと目の端に居て、イライラし合う関係なんだけど、生きてるうちは無視出来ないし、やり過ごす。生物の多様性は種族の強さに必要だからね。そういう正解(わたくし、独身で嫁姑問題は経験ナッシングw

 

 

●ちなみに、個人的には中国人、台湾人の大切な友人が居ます。だから彼ら彼女らが苦しむのは嫌だし、敵対もしたくない。とはいえ、中国共産党の国民はいざとなれば従うしかないという行動原理も理解しているので、仮に有事が起こっても、恨む気は無い。

 

 

●だけど、私がイデオロギーに反する行為を行う時に感じる摩擦と、中国人が「だって仕方ない」と感じる摩擦は違うかもなと正直思っている。だって人権の範囲が日本と中共は違うもの。生きるのと家族を守る事の必死さは、もしかして中国人の方が強いかなと思っています。

 

 

●ああ、随分横道へそれてもうたな。私は自分とイデオロギーが違う人を拒絶したくなる気持ちがよく分かる。それは自分が正しいと思う限り消えない感覚だと思います。だけどね、お互い日本人なんだから意見交換して知らない情報インプットし合ううちに差取り出来たらマシかなーとは思います。

 

 

●と、ここまで来て、再度いいますけど、わたくしは日本が大好きです。日本を貶める発言をするような方はどうしてそういう思考に至ったのか聞いてみたい気がしますが、ごめんなさい、個人商店って忙しいので付き合ってられないのが実情。いつか思いっきり話し合いたいとは思います。

 

言葉足らず

連休中は各地で同時多発的に催事、イベントが開催されますよね。

 

住宅地の商店街に立地する当店は、こういう時は普段よりのんびり営業になります。帰省してきた娘さんとぶらぶらやってくるようなお客様はのんびりしていますし、このゆったり感がたまらなくリラックスできる時期なんですよ、ゴールデンウィーク。

 

いつもの月だと、月初にやる仕入れを、4月だけは中旬から月末に掛けて早めに終わらせるので、月末月初のドタバタも少ないせいで、店側としてもまったり過ごせるの、ゴールデンウィーク。

ところで、取引先は休みでも、営業担当は各地の催事対応で結構忙しいと聞きます。

それを知っていたのにやらかしてしまった昨日。

 

 

連休明けに入荷すると聞いていた「母の日向けの品物」があったのですが、早く入荷したので届けましょうか?というメールが入っておりました。

わざわざ少しの品物のために、営業氏を動かすのは心苦しく、「予定通りでいいですよ」と返信しようと心に決める。

 

続きを読むと、今日届けるとしたら、4月納品だけど伝票は5月の日付で作っちゃったから、その日付でもいいですか?という問合せが書かれてありまして、「はいはい、予定通りだと5月納品だから5月で何ら問題ナッシング」と読み終えて『それでお願いします』と返信。すっかり「納品は予定通りでいいですよ」が抜けているのですが、おばちゃん的思い込みでスルー。

昨日は、瞬発力を要する仕事が終わっては舞い込む、立て続く日だったから、量をこなすことに一生懸命で注意力散漫だったのですよね。

で、あらかた落ち着いた18時前に何の気なしにメールを読み返し、慌てて取引先へ電話してみたところ、連休仕様の留守番電話。あー、これは誤解させてままで止められなかったなと思ったら、営業氏到着。平謝りです。

営業氏は、別に来るつもりで動いていたから大丈夫だと言ってくれましたが、申し訳ないなと反省しきりでした。


経験値からすると、相手の書いてきた文面の半分ぐらいだと手短かの範疇ですが、それ以下だと丁寧さを欠いているような気がします。今回は、短すぎましたから、そこで「おや?」と立ち止まれたら良かったかなと思います。

忙しい時ほど、ゆとりを持って対応しないといけませんね。
と、書いたところで、またやりそうですけどね(笑

※画像の扇子は【こちら

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期日前投票

不在投票へ行って、本日の行程は終了。

練馬区の皆さん、投票は忘れずにどうぞ。

TOPページにも書きましたが、選挙のたびに恒例の「選挙割」やります。これは、投票率が少しでも上がればいいなと、友達のお店が提案したのを真似しております。

 

本日配達されていた「選挙公報紙」

立候補者の個人的な支援者以外は、候補者の考え方を理解している方は少なかろうなと思います。この紙を見て検討する人もいるんだろうなと思いますが、何とも読みづらい。

 

いかんせん「文字が小さい」のです。

 

本文がルビか?と思うような小さい文字で老眼で読めない方、読むのが面倒になっちゃって放棄する方も続出かと思われ、憂慮。

お商売やっている身としては、これは、内容を知らしめたいという意思が感じられません。

 

『条例第4項第1条の規定』に則り、掲載しているからねと但し書きが入っております。同じ印象を与えるために、何かしらを統一規格化して、公平公正を目指しているんでしょうけれど、読めない公平公正は、意味ないです。つまり条例がおかしいなら変えるべきです。

この紙面では、税金の無駄使いじゃないかしら?

 

せめて、老眼でも読みやすい文字サイズ確保して欲しいな~と思うので、近いうちに選管に問合せしてみたいなと思いました。

これ、クレーマーじゃないですよね??(笑

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以下、私見。

愛とか、やさしさとか、がんばりますとか、精神論的な言葉が載ってる人は微妙だなと思ってしまう。

 

政策は、実行実現してくれなくちゃ意味がありません。公約は実現可能なルートを研究してから公言してくれてるならいいけれど、「~なつもり」発言だったら、がっかりですよね。その判別が出来るような政策を、HPなどに書き込んでいる方は皆無でした

(HPが無い人も、徐々に不利になっていく予感がいたします。情報開示はWebもあって当たり前の世の中ですものね)

 

空き店舗活用に補助金出すと書いてあった候補者がいましたが、私みたいにテナント借りて事業している身からすると、補助金よりは「適性なテナント賃料を実現して欲しい」と思う。

 

江古田~桜台~練馬辺りは、とにかくテナント料、高め。

 

それが事業継続を圧迫しているから、江古田はとにかく入れ替わりが激しい。マーケットは異常に小さいエリアなのに、見えてないのか、高値でも次が入るから不思議な街。そして潰れて入れ替わるという恐ろしい街でもあります。

 

あと、商店街振興って言うなら、そのエリアに必要な業種が入るなら、少し優遇してくれると、街の利便性が落ちずにいいのになと思います。古くから愛されてきたお店が、後継者無しで廃業した後なんか、特にそう感じます。

 

事業後継は、血縁関係ない場合に金銭的に補助してくれると、継承元も引き渡し易いかと思いますし、継承する人も、顧客引き受けて事業不安少ないから経営安定化しやすかろうと思う。

 

#練馬区長選  #練馬区議補選

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鉄分補給の誤解

大学で一人暮らしを始めて以来、自炊生活。

お金が無い頃は安いものを使うし、使って馴染めばそれでもいいかとなり、ステンレス、アルミ、ホーロー鍋、テフロンフライパンなど、様々な金属調理器具を使ってきた後に、南部鉄器(鋳物)の重たい鍋に落ち着きました。

煮るなら土鍋がおすすめですが、それ以外なら鉄鍋が最高。私が作る料理は大して凝ったものはありません。焼いたり、炒めたりするぐらいですが、その調理方法には鉄鍋が最高に合っていると感じております。

 

チキンソテーは皮がパリパリでお肉ジューシー。

餃子も手間なしで上手に焼けるようになりました。

野菜を蒸し焼きにすると、甘みが増す気がします。

焦げないから手入れも楽ちん。

 

使わないと分からないのが歯がゆいのですが、お料理は道具も大事だなと思うので、若い方にはぜひ、色柄やブランドではなくて「素材特性も見ながら」調理器具を選んでいただきたいなと思います。金属もそれぞれ違いはありますからね。


あと、金属製品は長持ちしますから、買う時にちょっと高く感じても、絶対元手が取れると思います。毎日使うものは、高くても買って良しという判断は、50歳のわたくし的には真実と思いますよ。

 

ところで、鉄瓶や鉄鍋の売り文句で「鉄分補給」が出ますよね。私自身も、そういう説明をしたことがあります。鉄瓶で沸かしたお湯には「二価鉄」が含まれており、「二価鉄は吸収率がいい」「体内に取り込まれる」と読んだことがありまして、体に必要な鉄にも種類があるんだなと思っておりました。

そう言えば、薄い知識しか無いなと思い出して、読んでみたこちらの本。
思い込みや勘違いを随分解消できました。

以下、読書メモ。

●酸素は生き物には毒。その酸素を使うことで従来嫌気性呼吸の20倍のエネルギーを生み出せるようになり、進化が進む。海水内の鉄は酸素と反応し、鉄がほぼ含まれなくなった頃、地上にある鉄を取り込むために植物が地上へ進出。食物連鎖も、鉄を取り込む目的とも言える。植物を食べて取り込む、植物を食べた動物を食べて取り込む…

 

●体内の鉄の量はパチンコ玉1個より小さい。

●鉄は他のミネラルと異なり、過剰摂取されることがない。体内で循環しリサイクルされる率が高く、余分がほとんど出ない。

 

●鉄が吸収される流れ:十二指腸粘膜上皮細胞の表面から吸収される。肝臓からの指示により吸収されるが、不足が無いと肝臓からの指示は出ないので、1~3日で上皮細胞は剥離して鉄も一緒に便として排泄される=不要な鉄は吸収されない

●三価鉄はビタミンC や酵素により二価鉄に変化して後、体内へ吸収。三価鉄では取り込めない。二価鉄は「毒性が高い」ので、取り込まれると細胞表面で酸化され三価鉄になる。

 

●鉄瓶でお湯を沸かして取れる鉄は微量。溶出量と吸収率を考えると、1日に500杯飲まなければ必要量に達しない。鉄分補給よりカルキ飛ばしや味のまろやかさのために使うのが正解。


●鉄不足の時は、植物性の鉄分の方が吸収率が高くなるので、レバーより葉物。

●ひじきやプルーンなど鉄分を多く含むと言われる食べ物があるが、含有量が多くても吸収されるかどうかは別で、実はあまり役に立たない。ひじきは無機ヒ素(毒性あり)を含むので注意。

 

●ビタミンCと一緒にとると吸収率が上がる。逆に、リン酸塩(卵、牛乳、チーズなど)シュウ酸塩(ほうれん草)タンニン酸(茶葉など)、食物繊維、ポリフェノール類は吸収を阻害するので、鉄不足の時には一緒にとらない方がいい


●玄米の「フィチン酸塩」と巷で玄米は体に良くないと言われる時の「フィチン酸」は別物。日本では混同されているが別物。フィチン酸にミネラルがくっついたものがフィチン酸塩。穀類を摂取してとれるミネラルはフィチン酸塩のミネラルを指す。フィチン酸塩のミネラルが体内に吸収されると、フィチン酸塩は足りないミネラルを補うために、体内にある余りミネラルや有害ミネラルをくっつけて排泄。(ただし玄米にもヒ素やカドミニウムを含むものがあるのでチェックは必要)

 

 

 

●鉄鍋で酢をちょっと使って調味した方が溶出量増える(酢0.1%水溶液で溶出量千倍以上の報告あり

 

 

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自国の歴史を自習

私は20代の頃、政治とか経済とかよく分からないので、「ノンポリ」を掲げておりました。

 

 

学校で習った自国の歴史は、受験が終わると記憶から抜け落ちる程度。若くて経験値の無い知能と心は、そんなものに価値を見出だせず。ノンポリ、ノンポリシーという言葉は、便利ゆえに使っていた便宜上のポリシー。

 

 

一方で、自分には何か欠けているという感覚はちゃんとあって、だからといって何が欠けているのか分からないから勉強しようもないし、不全感がたまり続けたのが20代30代。

 

 

仕事がきっかけで出会う中国人や台湾人とのやり取りの中で、彼ら彼女らが自国の歴史をよく把握しているのに驚きました。彼らは、地政学的な観点も交えて歴史を語るので、日本の歴史も絡めて理解しています。

 

 

自分は自国の歴史さえぼんやりとしか分かりませんから、自信をなくしたものです。



大卒の学歴で社会人も10年以上やっているのに、何故か自国の事になるとよく分からなくなるのです。これは単に知識不足だからなのですが、一方で知らずとも仕事をこなせば生きていけるし、ずっとスルーしてきたと思います。知らないことへの後ろめたさがありながらスルーしてきたのには「知ることの怖さ」がありました。

今までの私は、戦争について知ることを恐れていたのだなと、今になれば思います。残虐非道な事柄を知ることと、学ぶ楽しさがイコールにならず、心がブレーキを踏んでいた感じです。 

 

 

ところが、隣国との関係性の摩擦係数がうなぎのぼりの状況をみて、何故中国、韓国、北朝鮮はこんなにイライラガツガツと日本を攻撃するような態度なのだろうかと知りたくなり、とうとう自習開始。

 

 

去年は、50歳という節目に至る年だったし、どうせなら近現代史だけでなく、全体的な穴埋めをしたいなと思い、古事記から現代史まで、様々な書籍をたくさん、たくさん、読みました。

 

日本は、いろんな角度から研究・分析された内容の書籍が出ておりますから、浅い疑問から深い疑問へと、

ちゃんと答えてくれる内容の本が見つかります。ありがたいことです。


自分なりに、

一段落したと思えるところまで自習したら、自虐史観から抜け出て、心がすっきりしております。自虐史観は、事実として知ることは必要ですが、そこで止まる必要は無いと「未来志向」の考え方をしていこうと決意できました。

 

 

私はインテリアデザインの仕事をしてきましたが、歴史の勉強は、美術やデザインの勉強よりも先にするべきだったなと「後悔」しました。国語と歴史は「心のために大切な科目」だったんだなと、認識を改めました。多分、どの仕事、生き方にも共通することで、子どものうちから、若いうちから、自分のルーツや国の成り立ちを知ることは、それが私達日本人の感性の元に存在するものだから、本当に大切なことだなと感じました。



日本人らしさ、この中身不明の曖昧なことば。

でも、私には「分かる」感覚があります。

日本人なら「我々日本人」と「外国人」とでは、違いがあるのだと分かっているはずです。良し悪しではなくて、違いの存在。包括的表現をしにくいのだけれど、日本人の精神性や行動原理など、歴史を知ることで分かる部分が多かったです。

 


もうひとつ、気がついたこと。

学校で勉強する流れの歴史では「自国の歴史がよく分からない」構成になっていると思います。

 

 

この事に思いが至った時に、何故そうなっているのだろうかと疑問がわき、そちらも自習対象となって、裾野がどんどん広がっているところです(死ぬまで勉強中

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呼吸法、体験

今日は自分の為に不定休。

呼吸法を体験してみたくて、体とこころを整える「あいき講習会」に出かけました。

 

物理学者であり、合気道の名手でもある保江邦夫氏の本を読んでいたら、スマイルリフティング協会という存在を知り、本来それを体験しに行きたかったのがきっかけ。

呼吸法も以前から興味があり、自分で普段毎日やれそうなことで、気分転換や体に良さそうなことが出来たらいいな~という緩い気持ちでお申し込み。

小さい頃は全く人見知りしない性格でしたが、大人になったら若干緊張するようになりました。外来種の私が混ざっても、和気あいあい出来ますようにと神様にお願い。

余談ですが、中年以降は新しい友達が出来にくいと言われる原因をわたくしなりに解説すると、新たに出会う人とは社会的に関係無くても生きてきたし、その先も、関わらずとも生きていけるから、仲良くする理由が希薄。だからそんな通説があるのかしら?と思います。

今日は10人足らずで、互いの顔が見える雰囲気だったことと、私よりもお兄様お姉様が過半数で、受け止め上手が多かったおかげで、のびのびと楽しむことが出来ました。

ところで呼吸法。
言葉はよく聞きますが、知識と経験的には深呼吸程度。

今回やったものは、動きとしては汗もかかない軽いものでした。

出来るリズムでの鼻で吸って口で吐く呼吸を繰り返す+合わせてイメージングと軽い動き。これなら、お年寄りでも出来ますし、わたくしみたいに運動する習慣が皆無の人間でもやりきれそうです。

 

正直、言われた通りに出来ていたかどうか、自分でもよく分かりません。

でも、終わってみたら体がぽかぽか。

手足だけでなく全身くまなくぽかぽかで、普段触れたら冷たく感じる脂肪の多い部位の表面でさえ、ぽかぽか。

 

呼吸が深く入ってくる感覚もありました。

最初は何だか無理やりだったのですが、やっているうちに体が楽に動く方向が感じられ、そこに意識を向けて出来ない方は無理をしないという動きを繰り返しているうちに、どちらも出来るようになって、気付くと呼吸が深く入るようになっていて、体の凝りが取れた感覚。

終わってみて思うのですが、多分、動作を抜いて深呼吸だけで1時間安静にやっても、近い効果があるような予感。今度実験してみたいなと思いました。

気功の体験も出来ました。

何故?という感じで、飛ばされる感覚。

これは、口では説明出来ませんね。

保江先生提唱の愛で相手を倒す合気の端っこを体感出来た気がします。

説明出来ません。何で?と考えながら、体は反応しているものであって、今回の数回でつかめるものではありませんから、不思議なままですが、ん~~~~言語化出来なくてもどかしいけれども、こういうものがあると分かったことが楽しかったです!

 

終わってから、みなさんが持ち寄ったおやつを広げて雑談。

この作法を聞いていたら、私も江古田みやげを持ち寄りたかったです!!

お姉様の一人が、やおら日本酒の封を切り「ちょっとだけ~」みたいなノリでお仲間に勧めながら楽しそうにひと口飲んでいるような様子が、いちいちホッとする緩さで、微笑ましかったです。

 

講師の髙橋先生に、正解はなくて、自分で感じるしかないものもあると聞いて、ちょっとホッとしました。出来ないとかいうの、考えなくていいという話に変換。自分が思う方法で試し、工夫を重ねろということとして読み替えました。

 

この教室は江古田からちょっと距離があるのですが、店の都合が許せば通いたいなと思いました。

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50歳のマルチタスク

マルチタスクとは、あれとこれとそれを同時平行的にこなすこと。ながら族。

若い頃は、そういうやり方が得意だと思っておりましたが、50歳ともなると、やろうとしても出来なくなって来ました。

高校の同級生・木ノ本景子せんせーが書いた「脳の取扱説明書」という本を読んだところ、脳は注意を払っているものしか認識出来ていないそうで、同時進行していると感じていることが幻想→マルチタスクなんて出来ないんだと知りました。(事例や例え話が豊富で分かりやすい図書でした)

 

一生懸命に注意をあっちにこっちに移して、どれもこれも把握している気になりながら、注意を向ける先の切り替えにエネルギーを使うから疲れるし、気持ちを移したところで作業的な進捗は少ないのです。

だって、頭は一つ、手は2本、足も2本ですもんね。

 

たくさん、たくさん思いついても、実施は1つしか出来ないのです。

物理的に出来るのは、頭と手と足が、同時になせることだけなんですよね。

 

しかもこれ、50歳になったから出来なくなったんじゃなくて、

若い時からずっと出来ていないことなんですよね。

 

若い頃の自分へ、何であんなにセカセカとチャカチャカと焦って頑張ったかなー!落ち着いて~!と言いたいです。今の若い方へ、進みの鈍さを嘆くことなかれ、進んだ一歩こそを見つめるべし。ある日後ろを振り返った時に、ここまで来たと思うのは、一歩一歩進んだ結果。

 

そして、私と歳の近い皆さんへ。
出来なくなったんじゃなくて、ようやく実力が見えて来たんだなと思っていいようですよ。じっくり目の前の事に注力して、ひとつひとつ片付けることが、最短ルートと思っていいようですから、命の時間は常に終わりに向かって流れていくのが生き物の摂理だし、「どうでもいいよそんな事!」なんて心でつぶやいちゃうようなことに時間を割くのは止める/自分の人生において大事な事を優先して時間を使うようにしたいなと思います。

ひとまず、無駄に焦りを感じてもやもやしないようにしたい、です。

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えこだの顔

江古田の情報サイト「えこだ島」の新企画、「えこだの顔」にインタビューを掲載してもらってます。

この企画は『江古田の気になるお店をインタビュー形式(Q&A)でご紹介。気になるポイントを聞いちゃいます。』だそうで、気にしていただいて光栄です。

http://ekodajima.com/eface_vol02/

「えこだ島」を運営しているデザイン事務所「虎の子屋」さんは、江古田にある武蔵大学OB。

「江古田の魅力」をたくさんの方に知ってもらいたいという思いをベースに運営しているから、うちの店も他の店舗・イベント主催側が情報掲載してもらう時に、広告代など、金品を請求されたことは皆無。

 

「papalion」というバンド名でミュージシャンとしても活動しているから、ダブルワーカーというか、多才な人達だからいろいろやっており、つまり忙しいんだけれど、えこだ島の運営や取材に関してはボランティアでやってくれているので、感謝してもしたり無いぐらいなんです。

 

虎の子屋さんのえこだ島の活動は、社会的にも認められていて、誰もがお世話になったことのある「マップルの昭文社」の運営サイト「ことりっぷ」のパートナーメディアになっておりまして、ことりっぷサイト内に「えこだ島」ページが設けられております。

 

 

虎の子屋さんが振ってきたインタビュー設問は、とてもシンプルな問いかけばかりだったのですが、これが案外答えにくい内容で、正直「ちょっと何よー!チェンジ!チェンジー!」って言いかけました。

読んでくれた方は「何でこの質問が答えにくいのか」ワケワカメかもしれませんね。これね、答え易かろうと、瑣末な事を聞いてきているんです。だけど、私にすれば自然で当たり前のことが、他人にするりと通じるとも限らないので、表現を配慮しなくちゃで(特に3問目、4問目)答え難くて堪らんーー!とぐるぐるする結果となりました。

記事になったものを読み返して「お、なかなかいいこと言って切り抜けたな」なんてほくそ笑み中です(黒笑

 

お時間ある時に、読んでみてください。

そして、私と雑談してみたくなったら、いつでも江古田に遊びにきてくださいね。

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好きが増えると、悲しみや孤独は減る

三寒四温を繰り返す春。今日は春の雨。雨は涙にも例えられるお天気。

お商売柄、いろんな方の身の上話を聞く機会が多いです。

 

このところ増えてきたのが、親や旦那様を亡くされて、悲しみにくれている話。年齢的に起こりうる出来事としても、愛する人を失う悲しみは、特別なもの。

 

この方は、今いま亡くして強い悲しみにくれている。

 

ああ、この方は1年経ったけれど、まだ強い悲しみにくれている。

 

時が経てば、癒える悲しみもありますが、大事な方、心の拠り所を失う悲しみは、容易に薄れるものではないのですよね。わたくしは、人様の話を聞きながら、いつかやってくる自分の場合を想像し、心の準備をしているところがあります。

 

もしも、自分が親兄弟を亡くしたら、私は独身だし、いよいよ「天涯孤独になった」と感じたら、その時は、悲しみよりも孤独感で埋め尽くされて、涙も出ない予感がいたします。

 

「時間が薬」という言い方をしますが、人の時間は流れ方が同じではないから、1年経てばこうなって、2年経つとこうなって、なんて言えないところで、当事者も周りの方も、言葉少なでじっと過ごすしかない辛さがありますよね。

 

当店も気付いたら7年目。

そういう方の中にも、ある傾向を感じます。

 

例えば、他の家族がいる。孫がいる。

例えば、仲の良い友達や仲間がいる。

例えば、ペットと暮らしている。

例えば、仕事を持っている。

例えば、趣味がある。

 

そういう方は、「時間の薬」が短期間で済む気がいたします。

 

悲しみにくれることは、とてもエネルギーを使うことです。
人は、感受性が強い生き物。

取り巻く環境に対応しながら、老化を含めて変化していく生き物。

 

 

ずっと悲しみにくれていたくても、自分以外の人や状況に悲しみに浸る時間を邪魔される訳です。子どもや孫は、そっとしておこうなんて忖度も長くは続きませんから、浸りたくても妨害され続けることになりますよね。お仲間がいる、仕事がある、趣味がある方も、同じように他の方の存在に引っ張られます。

 

そうやって、気持ちを逸らされ、気付けば悲しみの淵から抜け出ていた、そんなイメージ。

亡くした方への愛があれば、

残っている人にも愛を感じているもの。

 

好きなものが残っていれば、自分の愛によって救われて、ちゃんと立ち直るのではないかな、と思うようになりました。

 

私の親兄弟だって、いつか亡くなることは確か。

私が先に逝くこともあるかもしれませんが、一応順番通りになることでしょう。

 

でもその時までに、たくさんの好きを作ろうと思います。

皆さんも、たくさんの好きを作りましょう。


私をこの世につなぎとめる、そんな好きは、

既にたくさんあるんだけれど、

店をやり始めてからの時間で特別増えたように思います。

春の嵐で雨風強く、
店内人類滅亡しようとも、

明日からまたがんばります~(笑

 

 

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頑固の裏側

昨日久しぶりに中国整体師A子さんところで体メンテナンス。

凄く体が楽になりました。

食事を正しても、睡眠をとっても、ストレッチしても、何をどうしてもどうにもならないもやっと不調を抱えたら、A子さんに頼るべしです。

 

A子さんとこで施術を受けていると、こちらは横になっているだけですから、暇。ふと心に浮かぶものがあれば、とつとつと聞いてもらうひととき。

 

A子さんは、体が緩むと、心にも影響が出るものだと言います。

 

本人が意識していないような、押し隠してしまった悔しい悲しいといった強い感情が出てくることがあって、何だか分からないけれど涙が出てきた、という方もいるそうです。

 

昨日わたしに浮かんで来た言葉が、

「私は中立でいたいのに、実際は、自分と違う意見に出会うと相手を説き伏せたくなるのが嫌。」

 

中立ってどういうこと?と思いながら口から出るに任せて話したのですが、A子さんが引き受けて返すには「きっと年を取って、頑固になってきたのよ」

 

頑固になるのは何故かと言えば、守りたいものが出来て、大好きなものが増えて、「変化させたくない気持ちが増えてきたから」なんだなと、心の中にA子さんの言葉の意味が降りてきました。

 

そうか、私には変えたくない今があるということで、私は幸せだってことだな、と納得です。

A子さんは「私も頑固だよー」と笑わせてくれます。幸せ自慢しあいっこ。

 

頑固な年寄りなんていうと、嫌な感じですが、裏には幸せが潜んでいるなんて思っても見なかった発見。

 

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A子さんの中国整体サロン

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家に人を入れたくない!

先日の積雪で、アパートの屋外水道が凍り、洗濯機が使えないのでコインランドリーのお世話になっておりました。

中々気温が上がらず、氷も溶けないようで水が出ない日が続き、そろそろいいかなと洗濯機に水を注水してみたところ、蛇口とホースの接合部分から水が漏れて噴水化。

どうやら、凍りついた時に蛇口に亀裂が入り、そこから水が漏れている模様。滅多に無い出来事に遭遇し、頭の中が真っ白です。

不動産屋に電話をして、すぐ来てくれと頼めば済む話。だけれど、家の中があまり整頓出来ていなかったもので、これを修理の方に見られたくないな~と思い、躊躇してしまいました。

これが夜20時の頃合い。

夜だし、今日は疲れたし、お腹が減っているし、明日掃除をしてから電話しようと自分への言い訳が湧いて出るばかり。

そこから1週間グズグズして、コインランドリーのお世話になりながら「私と来たら、何をやっているんだろうか?」と馬鹿馬鹿しくなりました。

 

たった1回会うか会わないかの見知らぬ修理業者さんに恥ずかしさを感じて、暮らしやすさを犠牲にしているのが今の状態ではありませんか。

(その前に、掃除しろ、自分)
(いやいや、掃除したところで、乱雑な部屋なんだから諦めなさい)

 

それで、不動産屋の前を通った時に相談したところ、「実は業者が忙しくて、そのぐらいの仕事ではすぐに来てくれないから、あなた自分でやってみませんか?」とのこと。

気負って行ったのに、すぐに来てもらえないという新たな事実。
修理屋さんが「そのぐらいでは」動いてくれないというのはどういうことなのかしら?とちょっと嫌な気分になりました。一方で、「え、そのぐらいの事なの?簡単なの?」と気持ちが動きました。

このまま時間を経過するのは不便の上塗りだからと、やり方を聞いてDIYしてみることに。


教えてもらった部品を購入し、近所のお店の方に工具を借り、やってみたら本当に簡単に部品交換完了。

やってみたら納得の「そのぐらい」でした。

 

ピカピカの蛇口を見ながら、修理に来てもらう側は自分では出来ないからと思っているが、業者さんにすればこんな簡単なことで行ったり来たり時間は掛かる、作業時間は5分でも出張費用を請求した途端に、助かったけど高いと不満を言われるという場面が浮かんできました。やっぱり、人が嫌がるには何かしら理由があるものなのでしょうね。

そして、修理する側の立場で考えると、修理現場の作業環境が気になるだけで、家の中の生活感溢れる状態なんて気にならないはず。自分に置き換えてみても、相手に興味がなければ、その相手がどんな場所でどんな風に暮らしていても、どんな趣味だろうがどうでもいいなと思いますもの。それに、相手の方の方がたくさんの家庭から仕事を請け負ってきていれば、私ぐらいの乱雑さなんて見慣れているに違いないのです。


自分の自意識過剰さに、笑いが出てきました。あははは。

でも、こんな思考回路で、変な我慢をしている人は多い気がしますよ。

だから、我慢できる不便だからいいと自分を騙すことなかれ。
不便を解消して、心地よく生活した方がいいですよ。

ひとまず「いつも真面目に掃除しなさいよ」と、自分に言い聞かせております。

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みんなの意識が変われば変わる

江古田駅北口にある3商店街合同でやっている活動があります。

その活動の新年会が今頃開催されまして、みんなの意見を聞く中に、某会長さんがわたくしと全く同じ考えを持っている事が分かりまして、「おお!同志発見!」とこっそり気分が大盛り上がりました。

 

昔々の商店街の存在意義は「百貨店に対抗するための個人商店の団結」「集合することでのスケールメリット」でも、今どきはそういうの、とっくに終わっていると思っています。

 

商店街の平役員をやる前は、中で何をやっているのか見えないこともあって、商店街って何が出来るんだろう?とか商店街の存在意義が知りたくて、一時、関連図書を乱読したことがあります。

 

まあ、あんまり役に立つ本は見つけられなかったのですが、「なぜ、横浜中華街に人が集まるのか/林兼正」が一番腹落ちする内容でした。良書なので、経済活動に興味ある方なら、万人読んでみて欲しい本です。

 

同じリアルな環境を目の前にしていたら、同じ答えにたどり着くことは不思議ではない。


でも、同じ情報を得ていても、同じ結論にたどり着かない場合もある。

 

同じ結論に至っても、行動を共に出来るかはまた別。

 

普通に、「別」はたくさん、山ほど存在するものです。その「別」をかき分けて、今一緒にいて、一緒に語らい、一緒に行動出来る誰かは、マジ大切、重要な仲間だなーと最近思います。

 

「出会いの奇跡」なんて屁みたいなもんだなと、最近のわたくしは思うのです。

 

出会ったその先に、個人の利害を調整して、一緒に○○する相手は、奇跡を越えた、稀少で貴重なつながり。

 

仮に私が言った言葉がきっかけだとして、それを自分なりに真実だと突き詰めたなら、某氏が発見した真実は、私には不可侵の領域です、某氏にとって超真実。

 

似たような考えにたどり着き、さてどうしようかと模索しているなら、一緒に手探りする価値は十分ある。いい企画を、一つでいいから、組み上げられたら、お互いとても気分いいだろうな~と思いました。

 

最近読んだ高橋洋一氏の著書「さらば財務省!」

とても楽しい本でした。

 

この中で、高橋洋一氏は小泉総理や、第一期安倍内閣で果たしたお役目について「コンテンツ・クリエイター」という用語を使っておりました。

カタカナ言葉はわたくしには馴染みませんから、自分なりに意訳すると、「目的に対する効果が見込める企画を立案するアイデアマン」

 

この、型にはめにくい、ある意味雑用係的な働きが、いろんな利害を「横断」出来たなら、大切なおおごとになる気がしております。何か抽象的ですが、年間キーワードとして「横断者」を意識した夜。

 

 

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常連さんほど使われる

わたくしだけでは無いと思いますが、

ひとり個人商店のオーナーあるある。

 

顔馴染みのお客様がやってくると、

「ちょっとお店番お願い」と預けて席を外すこと。

 

滅多な人には頼みませんから、

間違いが起こったことはございません。


それにしても、席を外さざるを得ない状況とは?

と思われる方もいらっしゃるでしょう。


例えば、友達のカフェの場合。
近所へコーヒーの配達に出ようと思っていたら、

お馴染みさんがやって来た。
後でまた来てというぐらいなら、

中で待っていてもらう方がお互いのためになる、

というようなケース。

 

例えば、わたくしの場合。

や~ん、トイレ緊急事態ーー!という時に

お馴染みさんがやって来た、以下同文(笑

 

江古田のお客様達、

人間的に誠実で気さくな方が多くて、大らか傾向強め。

育ちが良くてのんびりしている傾向強め。

こちらも、つられて大らかになってしまう(笑

 

日本といえども、他の土地ではこうはいかないと、

海外暮らしをしたことがあるからこそ思いますよ。

 

一応東京23区の江古田、だけど50年前の日本のような

イメージの中の「優しい日本人がたくさんいる」みたいな街。

 

そのぐらい、江古田は素敵な土地。

 

巷では、常連さんほど大切にされると思われておりますが、

それはお客様側の「そうであって欲しいという願望」かなと思います。

 

実際は、常連さんほど、このようにこき使われるものです。
誓って、ぞんざいな扱いではなく、信頼の証。

 

いっぱい甘えさせてもらってます。大感謝。

 

 

 

 

 

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