今年の連休の思い出

連休最終日は雨。

結構な雨量、今日は絶対、人類滅亡。見越して持ってきた本を読了するのが目標です。

この雨はきっと「お休みよ、フォーエバー」な人々の気が集まり、風を呼び、雲を呼んだに違いない(妄想

 

とはいえ、春の雨は、植物には恵み。

疲れた人に、休みを促す癒しの雨。

雨音聞きながら、のんびり過ごせばいいかなと思います。

ああ、でも雨の日は売上が落ちるのつらたん(死語

思い起こすと、若い時は「そういう日もある」と考えることが出来ず、「雨が降らなければよかったのに・・・」と降らなかったら起こったであろう「いい事」に繰り返し思いを馳せたものです。

雨が降らなかったとして、いい事が起こるとも限らないのに、です。

現状が、自分にとって好ましくない、と感じているせい。
現状でなければ、好ましいと思っている、思いたい。願望。

過去に時間は巻き戻らない。

過ぎた時点の可能性をあれこれ考えるのに、時間と労力と心を使うなんてバカな事・・・

今の私は、そういう思考癖を辞められたので、降らなければ良かったのにとは思わなくなりましたが、きっと人類滅亡するだろうから売上ナッシングかも、と良くない未来を想像。

この起こるかどうか不明な未来を想像することも無駄なのに、何をやっているのやら。

最近、近所の洋服メインのセレクトショップ「テルゾ」さんと閉店後に初飲みのさし飲み。テルゾさんは5/20で今の店を閉店すると聞いていたので、一度ゆっくり話をしてみたかったと声を掛けたら「店閉めたら飲み行く?」と誘ってもらいまして、それで実現。いつでも会えそうですけど、場所があるから行き合える関係って絶対あります。商店街の店同士の関係はそれ。だから箱が無くなれば、もう会えない方が当たり前の関係。

私がテルゾさんに聞いてみたかった事は「店を辞めると決めた判断過程」

 

わたくし、起業する時に、こうなったら廃業すると要件や条件を決めて開業するべきと起業本で読んだので、一応いくつか決めておりました。最初の1年は儲からないもの、と読んでいたので、そんなものかと思いながらも、半年もしたら尋常ではない持ち出し額とスピードに「本当にあと半年で収益が出始めるの??」と不安になりながら、でも1年は様子見だから堪えるべきと見誤り。

持ち出しが痛手になるほど多くなると、辞めたらゼロになると思うから、辞めるのも怖くなる訳です。欲が判断を見誤らせるって本当です。その結果、私は11年目を迎えた訳ですが、あの時辞める判断をしていたら、もしかするともっと心労の無い暮らし向きだったかもしれません(ほらまた、余計なこと考えるw

 

テルゾさん、想像以上に「今を生きる人」でした。
「何でそんなどうでもいいこと考えるの?(意訳」

「やりたいことあるなら、やるにはどうするか考えなよ(意訳」

話を聞きながら「私、こんな風になりたい」と思えるカッコよさでした。話しにくいことにも答えてもらえて大感謝。コロナ苦境3年間を締めくくる、よい出会いになりました。

ちなみに、テルゾさんとは、また近いうちに会えるようなことになりそうで、また飲みに行けそうで、ホッとしております。

 

そして昨晩は、大学からの親友で情けないところも隠さず話せる相手に積もった思いを聞いてもらうタイム。問題はちっとも解決してないけれど、抱えている気持ちはだいぶ納まりました。凄いガス抜き完了。「明日からまた元気出して行きましょう!」とスイッチ入れて深夜帰宅(いつもありがとう


今年の連休の思い出は、そんな感じ(とても幸せ
コロナは終わりと実感できる連休、希望持って粛々と日々を頑張ろうと思います。

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駅前のカラオケ館に行ったのですが、結構部屋が空いていて、都心の繁華街は人出が戻っていても、江古田みたいな住宅地はまだまだだなと再確認。この戻りのタイムラグの間に潰れる小規模事業がこの先も増えるだろうなと予想。しかしそれも年内で片が付くだろうなと予想。結果は年末振り返ろう。